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天部電界戦線  作者: 焼肉びじ
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第三章 対決と統合 1.七年目のはじめて

 とどめを刺さんと槍を構えたが、淡島の足元が爆砕し花弁が彼を隠した。槍を投擲し、花弁ごと淡島を消し炭にしようとも考えたが、消滅する瞬間を目で確認すべきだと判断しやめた。

 目の前で花弁が渦を巻いて霧散すると、思った通りそこに先ほど戦っていた少年の姿はない。地面には穴が空いており、そこから逃げたと推測できる。その大穴を埋めようともしていないのは、地下には隠し通路が迷路のようになって存在しているからか。


 帝釈天の名を持ち、己を神と自称するどこかの誰かは、そんな風に冷めた頭で結論付けると、近くの瓦礫を椅子代わりにしてゆっくりと腰かけた。

 装備品の欄からたばこを取り出し、さして美味くもなさそうにふかす。


「……何なんだ、あいつは」


 口から出た言葉は、苛立ち交じりの疑問であった。


 たった今まで相対していた少年。大切な幼馴染を――偽りの絆を守るために、命を投げうち魂を燃やしていた少年。

 不快だった。嫌いだ。真っ直ぐ自分を信じ、心を奮い立たせて強大な敵へ立ち向かえる――

 それは、ああ――どれほどまでに……


「何なんだ、あいつは……ッ」


 問いには嫌悪感や不快感が滲み出ている。

 どうしても認められない。許容できない。あの目を思い出すだけで、胸の奥の何かが掻き毟られて仕方がないのだ。


「……くそが」


 しかし、やがて考えても無駄だと悟ったのだろうか、たばこを地面に押し付けて火を消した。

 あの男が癇に障るのは確かだが、しかしやることは変わらない。殺すだけだ。

 文字通り(ちり)も残さず消し飛ばせばいい。


 男は自らのアカウントの持つ力に思いを馳せる。

 圧倒的な火力。

 街一つの天候を変えるほどの環境改変。

 一〇万にも及ぶ莫大な《魂命》。

 電界人に心理的圧迫を加え、畏敬を抱かせる天部にのみ許された特殊スキル《神威》。

 これだけ揃っていれば、負けることなどない。どれだけ意志の力を振り絞ろうと、圧倒的な格の差がある。


 そもそもこの《マスターアカウント・天部》は、そういう名目で作られているのだから。

 意志の力で火力や出力が変化する電界人を制圧するために、人の想像を超える力を搭載されたチートアカウント。当然だが感情や想いの力、信念や覚悟だなどが戦闘力に介入する余地などない。全てはプログラムされ、数値によって証明されるだけの――自我の無い超越者。


「つまらねえ仕事だな……」


 そうだ、本当につまらない。

 もはや結果は分かりきっている。このアカウントはそういうものだ。天部が電界人に負けることがないことは、既に数多のシミュレーションによって証明されている。


「……くだらねえ」


 そして、だからこそ、あの男が気に食わない。

 敗北は必至だというのに、なぜ抗うのか――理解できない、気持ち悪い。


「目障りなんだよ。……必ずお前を削除してやる」


 空を覆う暗雲は依然として好転の兆しを見せず、街をせせら笑うように見下ろしていた。


☆ ☆ ☆


 重力に引かれて暗闇の中を落ちていく。もはや体のどこにも力が入らず、このまま地面に激突でもすれば、オレの《魂命》は瞬く間に消失することだろう。

 結局夢を叶えることなどできず、神様に一泡吹かせることもできないまま、予定調和のように大切な幼馴染を殺されて、世界は明日も回り続けるのだろう。


「――ふ、――け、……な……」


 声を絞り出そうにも疲労や苦痛でそれどころではない。装備品から回復薬を取り出すこともできず、オレは意識を失って――――……


☆ ☆ ☆


「………!」


 どこか遠くで、誰かが叫んでいた。


「……ッ。――くん! ……ッ! あ……くんっっ!」


 耳にキンキン響いてうるさいはずなのに、聞いているだけで心が澄んでいくような、そんな声だった。


「――くんっ! あっくんッッ!」


 だが、その声の安らかさに甘えてなおも深い眠りに着こうとするオレを、彼女の悲痛な呼びかけが引き留める。闇の奥へと沈もうとしていたオレの意識を、たえ姉が無理やり引き上げた。

 閉ざされていた瞼が開き、視界に光が灯った。

 そんなオレの視界に最初に飛び込んできたのは、当たり前というかなんというか、涙で顔をくしゃくしゃにしたたえ姉の端正な顔だった。


「あっくん! あっくんだ! よかった、目が覚めた! 良かった、本当に、本当にぃ……。よかったぁ……!」


 緩慢な動きで顔を向けようとしたところで、たえ姉が俺の首に腕を回して抱き着いてきた。起きたばかりで動くことができないオレは、まるで存在を確かめるかのように頬ずりしてくるたえ姉にされるがままになっていた。


「死ぬかと、ほんとに死ぬかと思ったよこのばか! 許さない、絶対に許さないからな!」


 まさか、これを否定することなんて俺にはもうできない。彼女との触れ合いを、無碍にする行為を、できるはずがない。


 だって、だって――


「たえ、姉……」


 声が震えそうになるのをなんとか抑え付けて、必死に平気なふりを取り繕って、すぐ近くにいるたえ姉を力の限り抱きしめた。腰に手を回して、その存在を魂の底まで感じ取れるように。


「ふぇ、ふえっ? あ、あっくんッ? あ、えと。え、な。なに……ッ?」

「たえ姉。たえねぇ、たえ姉ェ……っ!」

「~~~~~~~っ!? ッっ??? ……っ!?」


 腕の中でたえ姉が硬直していることにも気づかず、ただ彼女の全部を感じたくて、抱きしめる。ここにいることを確かめる。腕の中にぬくもりがあることを確かめて……そして、まるで母に甘えるように、その存在に縋りついた。


「んんっ! んんっ! ああー、ああー! ああああああああーーーっ!」

「どわッ!」

「ふにゃぁ!」


 そんな風に二人で抱き合っている近くで、凄まじくわざとらしい咳払いが聞こえてきた瞬間、自分たちが何をしていたのかをようやく自覚した。顔を真っ赤にしたまま、磁石が反発するかのように両者後ろへ飛んで、向かい合って正座する。


「人に助けられてもらっておいて、良い~度胸だなぁああああ、天津淡島ぁ?」

「……いや、あの」

「なあ七識たえ。誰がお前の幼馴染を助けてやったんだァ? んん~?」

「ええと、その……」


 何故だろうか、凪奈がかつてないほどキレていた。正直、初めて出会って、殺し合った時の百倍くらい怖い。

 青筋を浮かべ、拳をぽきぽきと鳴らす姿は鬼のそれ。普段は隠されている八重歯が牙のように見えた。


「……まあいい。今日は特別許してやろう。……助けたのは私なのに」


 最後にぼそぼそと付け足した声は小さすぎて聞こえなかった。


「とにかく」


 空気を入れ替えるように凪奈が手を叩くと、暗闇で満たされた空間に光が灯る。

 ぽつ、ぽつと控えめな明かりが連続し、その広大な空間の全容を浮かび上がらせた。


「ここは城が落ちた時に使うことにしていた秘密基地のような場所だ。私たち井伊女傑陣の構成員はもちろん、阿修羅街の外へ避難することができなかった市民も匿っている」


 果てなどないように見える秘密の基地には、数えきれないほどの人々が身を寄せ合っていた。老若男女、怪我の有無にかかわらず、多くの人がこの地下空間で怯えている。


「……っ」


 自分ではどうにもできない脅威を前にして、何もできない。……いつもなら、そんな彼らを心の中で糾弾するはずなのに、今のオレは怯える彼らに対しそんな思いを抱けなかった。

 それどころか、彼らに強い共感さえ覚えてしまう。

 唾棄すべき感情だというのに、それを下らないものだと無碍にできない。……意味が、分からなかった。


「ここでは人の目もあるから気を付けろよ。とまあ、冗談はここまでにしておいて、だ。……天津淡島、少し話を聞かせてもらおう」

「あ、ああ」


 話というのは天部のことだろう。奴の力、正体、神という存在の意味や、地上にはまだ人間が残っていたことなど……たえ姉のことは伏せたうえで、たえ姉と凪奈にしか聞こえないよう、極力声を落として説明した。

 衝撃的で信じがたい真実の連続だったはずだが、凪奈は全て信じていた。


「もともと、この世界がまともなものだとは思っておらんかったしな。人類が絶滅してから八百年も電脳世界が存続していること自体、どう考えても異常だろうが」

「それもそう、だな」

「それにしても、神というのがそういう意味とはなあ。この世界を創造し、管理していることを考えると、言い得て妙というか、上手い例えだ」


 凪奈はオレなどよりも遥かに冷静に事態を受け止め、取り乱すことなく思案している。もっとも、彼女の場合は驚愕よりも納得が勝ってしまうというのもあるのだろうが。


「それで、どうするつもりなんだ?」

「……? 何がだ?」

「何がだ、ではないだろう。あの神のことだ。はっきり言うがあんなもの勝てる気がせんぞ。奴らの言葉を用いるなら『チート』というのか。天候を変えるほどの事象改変、大地から雷を噴水の如く生み出して、掠っただけで《魂命》を一〇〇〇近く削る神槍。これ、無理だろ?」

「……それは、分からねえだろ。やってみなきゃ」

「……あっくん」


 凪奈に反論しようと口を開いたところで、後ろからたえ姉がくいっ、と服の袖を引っ張った。


「あっくん、もう……そんな風に、強がるのはやめるんだ……」

「――っ、オレは、強がってなんて」


 何故だろう。そんはなずがないのに、彼女の言葉は的外れもいいところであるはずだというのに、心臓がどきりと跳ねた気がした。


「オレは――……」

「想いの力を信じてる? うん、そうかもね。でも、ね……それを信じられるからって、実践できるかどうかは、別問題だ」

「――――ッ」


 拳を握るが――、力が抜けてしまう。

 彼女の言葉が、嫌に胸の奥に響いてきたのだ。


「それに大丈夫さ。あっくんのことはわたしが守る。何も心配しなくてもいい。君は、わたしのそばにいればいい。想いの力とかそういうの、君には似合っていないから」

「でも、」

「行かなくていい、わたしがそばにいる。戦わなくていい、わたしが甘えさせるから。君は幸せに、私の近くで幸せに生きていればいいんだ」

「そうじゃ、ないんだよ……!」

「いいんだ」

「違うっ! よくないッ! たえ姉は、たえ姉は何も分かってないッ」

「分かってなくてもいい。わたしはね、あっくんが生きてそばにいてくれさえすれば」


 彼女の言葉には確信に満ちていて、オレへの愛が溢れていた。

 だけど、どうしてだろう。

 彼女の言葉は酷く危うい気がする。どこかへ誘導されているような、そんな気がする。


「たえ姉は、怖くないのか……?」

「何がだい?」

「死ぬかも、知れないんだぞ……。街を、あんな風にする化け物だぞ。たえ姉は……たえ姉はあいつに命を狙われてるんだぞ!? オレが守らないと、殺される……なのにそんなこと言って! 怖く、ないのかよ……ッ?」

「……っ、――――。うん。あっくんがそばにいてくれれば、怖くなんてない」


 数秒の間があったものの、彼女の返答は変わらない。今も昔も変わらず、私が守る、何もしなくていい。甘えていいんだ――そんな毒々しい砂糖のような言葉は変わっていない。

 それがたとえ、自分の命がかかった事態であろうとも。逃げるか、あるいは奴を倒すかしないと殺されるかもしれないのに、たえ姉は自分の命よりもオレを選ぶ。

 俺と一緒にいることを選んでしまう。

 それを、ただの愛情と信じることは、もう……オレにはできなかった。

 七識たえの素性を、真実を知ってしまった以上、彼女の言葉を真っ直ぐ疑いもなく受け取ることなど、できるはずもない。


 彼女は歪んでいる。その愛は偏執的で、真っ当なそれではないのだ。

 七年も一緒に暮らしてきて、ようやくそんなことに気が付いた。


「……ッ、凪奈、すまない」

「…………、ああ。分かった。少し席を外す。あっちへ行けば地上に出られるし、そこなら人もいないだろう」


 気を遣ってくれたのだろう、凪奈はそれだけ言って離れていき、部下の少女たちと共に何やら話し始めた。


「たえ姉」

「どうしたんだい?」

「少し、外の空気を吸いに行こう」


 未だ痛む体を持ち上げて、オレはたえ姉の手を引いて外へ出た。


☆ ☆ ☆


 彼女の手を握る。

 手を握って、誰もいない場所へ向かう。


「あのっ、あっくん? いったいどこへ?」

「行っただろ。……外の空気を、吸いに」


 軽く上り坂になっている暗い道を歩いて行く。道はほとんど整備されておらず、ほとんど洞窟と言って良かった。あの隠れ家も、おそらく洞窟内にあった空間を改造したものだろう。


 しばらく無言で進んでいくと、やがて雨の音が届いてきた。地を穿つ雷の轟きも一緒だ。

 光が見えて……そして出口らしきところまで来た。市街から少し外れたところにある洞窟の入り口だった。


 二人立ち止まり、手を繋いで景色を眺める。


 酷いものだった。家屋は倒壊し、至る所で煙が上がっている。豪雨によってほとんどの火は消されているものの、未だちらちらと赤く光るものが見え隠れする。

 太陽が暗雲に覆われ光が届かないため、まるで夜のように暗い。

 それらを前にして、オレはその場にゆっくりと腰を下ろした。つられてたえ姉も、少しだけ、今までよりも距離を近づけてオレの隣に座り込む。

 ただ、彼女のぬくもりを感じながら、何気ない風を装って口を開く。


「オレたちが」

「うん?」


 こちらを覗き込んでくるたえ姉の瞳はとても綺麗だ。ずっと見ていれば吸い込まれそうなくらい、俺への愛で満ちている。オレはその誘惑に負けないよう、あくまでも落ち着いた口調で言葉を選んでいった。


「オレたちが出会ったのも、こんな感じで、ひどい雨だったよな」

「あっくん……?」


 オレの雰囲気が変わったことに気付いたのか、たえ姉が訝しげに名を呼んでくる。オレはそれに答えはせず、遠くの空を見ながら続ける。


「覚えてないか? オレが家の前で倒れていて、たえ姉が助けてくれたのを」

「……覚えているに決まっているだろう? わたしが君と出会った日で、君がわたしに名前と全部をくれた日だ」


 ああ、やっぱりそうなんだな。

 たえ姉にとっては、あの日が始まりで。

 あの日からずっと一緒にいるオレだけが、きっと彼女にとって全てなのだろう。


「君はね、私に色んなものをくれた。まずは名前だ。そして住む場所に、料理。それと日常と、平和とか。あとはそうだね……家族とか。ああ、まだあるよ――」


 にっこりと、嬉しそうに笑って彼女は言う。


「誰かを愛することの幸せを、教えてくれた。あっくんはわたしに、本当にいろんなものを届けてくれたんだ。だからわたしはね、本当にあっくんに感謝……してるんだ」


 そして最後に、そう付け加えた。

 オレがいたから、誰かを愛するということを知れた。

 それが何よりも嬉しくて、それ以外は何もいらない。


「だから、わたしの全部はあっくんから貰ったものだから、だから……だから」


 自分が命を狙われていることなど承知の上で、なおオレを優先する。オレとの時間を優先する。自分のそばにいてくれと、そう言うのだ。

 だが、それは酷く矛盾している。支離滅裂の論理で、破綻した願いだということに気付いているのだろうか?


「だからさ――」


 七識たえが命を狙われているというのなら、そのそばにいる人間もまた、同じように被害を受けることになる。奴に見つかってしまえば、七識たえと共にいる天津淡島は必ずもう一度あの神と対敵することとなるのだ。


 そうなれば、結局は元の木阿弥だ。

 オレはたえ姉を守るために戦い、たえ姉は戦いに巻き込まれないように引き離される。


 そしておそらく、今度こそ二度と会えない。

 同じことを繰り返したところで、オレはきっと負けるだろう。何かを変えないと――


 何のために戦うのかを、今一度見極めなければ、オレは必ず殺される。

 たえ姉はそれが分かっていない。オレと一緒にいたいという想いが先行して、問題を先延ばしにしている。

 甘い言葉で引き留めて、オレを縛り付けようとしている。


「だから――」

「たえ姉」


 彼女の言葉を遮るようにして、オレはゆっくりと口を開いた。

「オレはもう一度あいつと戦ってくるよ。だから、そのためにたえ姉の力も――」

「嫌だ――断る」


 オレの言葉を、たえ姉は最後まで聞くことなく切ってしまった。


「もう一度戦う? だからそのために力を貸してくれ? 馬鹿じゃないのかい? そんなこと許すわけないだろう」

「なっ――」

「勝てるわけがないんだ。あれは神様だよ。何のために戦うのか知らないけれど、これ以上あっくんが傷つくようなことに加担する気はないよ」

「まっ、待ってくれたえ姉! そうでもしないと、だって……ッ。狙われてるのはたえ姉なんだぞッ! 戦わないと、勝たないと殺さるかも、」

「だったらそれでいいよッ! これ以上あっくんが傷つくくらいなら、わたしが殺される」

「何言ってんだよッ! そんなのオレが許さねえ! それに、奴に勝てる方法だってないわけじゃないんだ! 諦めなきゃ――」



「またそれかよッ! そんな上辺だけの言葉、もう聞きたくないよこの嘘つきィッ!」



「はっ――?」


 たえ姉なら絶対にしないような絶叫を聞いて、オレは数秒固まってしまった。

 殺意すら滲ませてオレを睨みながら、彼女は己の身を切り刻むようにしてさらに叫び散らす。


「想いの力? 信念? 覚悟? ……ああ、信じてるんだろうさ。でも、何でそれを信じるようになったかなんて、自分でも分かってないくせに! 何でそんな風になったのかもしれないくせに、何かを守れるわけがないだろう!」

「何を言ってるんだよ。別に動機や理由なんざいらないだろっ! それに今はそんなことはどうでもいいんだ! 大切なのはたえ姉が狙われてることで、戦わないと殺されるんだぞッ!」

「だったら殺されてやる! あっくんが殺されるくらいなら、わたしが自分であいつの前に言って殺されてやる! わたしはやるぞ……わたしにとって君の命は、わたしの命よりも遥かに重いんだ。君が殺された世界なんかに興味はないね」

「――っ、何でそうなるんだよッ! ふざけるなじゃねえッッ!」

「ふざけてなんていない! ……それとも何だい? またさっきみたいに、わたしの気を失わせて、ひとりで勝手にあの神様のところへ戦いに行くつもりかい?」


 ああ、それも考えていた――口には出さずとも、目を見ただけで思考を読まれたのだろう。その瞬間に、たえ姉の瞳に狂気が浮かんだ。


「そんなことをやって君が殺されてみろ……。わたしは、思いつく限り最低の方法で自分を殺してやる」


 口の端を釣り上げて、侮蔑と愉悦が混ぜ合わされた笑みを張り付けた。初めて見るひび割れ歪んだ狂笑を前にして、オレは初めて彼女に恐怖を抱いた。


「何が良い? どんな方法で死ねばあっくんは悲しむかな? 縄で首を縛ろうか? 体に重石を付けて海底にでも沈もうか? ああ、強姦されて塵のように扱われた挙句、死んだ心で自殺するのもいいかもね? どうする? それでも行く? わたしはやるよ。あっくんが勝手に死ぬなら……君がわたしにとって世界で大切なものを壊すっていうのなら、その何倍も残酷な方法で、君にとって大切なものを、わたしが壊してやる。ハハッ、ハ。アはハ。あはははははははははははははははははははははははははははははは!」

「いい加減にしろよッ! そんなこと絶対させないっ!」

「だったらわたしを見捨てるんだねッ! どうせ殺されるならわたし一人だ。君も殺すって言ってたらしいけど、そんなことは知らない。どうせ悪いのはわたしなんだろう? だったら、」

「ふざけるなッッ!」

「――――ッ、ふざけてるのはどっちだっ! ビクビク震えて勝算の無い戦いに向かおうとしてる。自分のこともよく分かってないのに、想いの力も心の強さもあるもんかッッ!」

「何なんだよッ、クソっ! 自分だってその愛が本物かどうかも分かってないくせにッ!」

「なッ――」


 今度はたえ姉が面貌に教学を浮かべる番だった。

 失言――しかしもう遅い。放った言葉を取り消せないし、何よりオレの口は止まってくれなかった。


「あんたの命は借り物なんだよ! オレが間違えて拾ってきただけだ! 間違えて屑箱に道を開いて、その結果たえ姉の魂の一部をこの現世に持ち込んでしまった……。たえ姉は、オレが不完全に生き返らせた、だけなんだよ……」

「だから……だからわたしの気持ちは偽物だと?」

「あ、ああ……ッ」


 もう後戻りはできない。こんな形で事実を伝えるつもりなんてなかったのに……こんな、存在を否定するようなやり方、絶対に嫌だったのに……

 後悔するオレの耳に、届いたのはしかし――


「そんなこと、どうでもいい……」

「え……?」


 そんな、身もふたもない返事だった。

 思わず聞き返したものの、たえ姉には聞こえていないようで――


「言っているだろ……今わたしが言っているのは、あっくんを死なせないこと。神様と戦うなんてそんなこと、絶対に許さないって……。そのためなら――」


 ヒヒッ、と引き攣った声を漏らし、ぞっとするほど美しく、爬虫類のように嫌悪感を与えてくる(ひず)んだ笑みで、



「君の腕や脚くらいは、潰してしまおう」



 直後のことだ――腹に鈍器を叩きつけられたが如き衝撃が広がった。


「ごぶッ――!」


 体が宙に浮き、遅れて激痛が全身へ伝播する。ゆっくりと時間が流れているかのような錯覚があって――


「アはっ」


 軋んだ微笑と共にオレの体は風を切って凄まじい速度で吹き飛ばされていた。地面に激突する直前に手をついて跳躍――制動を上手く取って地面に着地する。

 全身を冷たい雨が叩く中、オレはゆっくりと視線を洞窟の法へと向けた。


「たえ、姉ェ……ッ」


 全身に炎や水、雷や砂や風といった、様々な『災害』を纏った少女が、その面貌に狂った愛の笑みを浮かべ、洞窟からゆっくりと外へ出た。

 両手をゆっくりと左右へ広げて、豪雨の下に己が身を差し出す。


「行かせないよ。わたしの愛が本物かどうかなんてどうでもいい。君が生きていることこそが大切なんだ。だからそのために――守るために、わたしが君を壊し尽そう」

「それで……何の解決になるんだよッ!?」

「言葉はいらないよ。君を壊して君を守る。それが嫌なら――あっくんも本気で来るんだねッ!」

「――ッ、クソッ! そっちがその気なら、オレも覚悟を決めてやるッ!」


 こうして、最悪の戦いが幕を開けた。


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