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忘れ物に関しまして

 リンゼイの薬を呑んだクレメンテは、すっかり船酔いも解消された。


「やっぱりリンゼイさんのお薬はすごいです!」

「やっぱり?」

「あ、い、いいえ、なんでもないです」


 リンゼイは製薬道具について頭の中がいっぱいだったので、クレメンテの言葉をほとんど聞いていなかった。


「やっぱり、製薬道具は必要よね。なんで、持ってこなかったのかしら」

『買い直すのはちょっと大変だね』


 リンゼイは静かに目を閉じる。そして、すぐに瞼を開いて、問いかけた。


「ルクス、あなた空間転移魔法を使えたわよね?」

『…………やだ』

「まだ、何も言っていないじゃない」

『アレでしょう? どうせ、リンゼイの家に行って、製薬道具を持って来いって言うんでしょう?』

「半分正解。ルクスが転移魔法でアイスコレッタ家まで送って、自分で行くわ」

『う~~ん』


 ルクスは唸る。


『リンゼイのお屋敷まで行くのは大丈夫だけど、部屋とかの指定は無理だよ。アイスコレッタ家は強力な結界があるから、微調整は難しいんだ』

「それでいいわ」

『お父さんとか、お母さんの部屋だったらどうするの? 見つかったら?』

「……」


 リンゼイは眉間に深い皺を寄せる。唇をぎゅっと噛み、何やら迷っている様子だった。

 さすがの彼女でも、両親を前にしたら勝てる気がしないのだろうとルクスは思う。

 ここで、カチャリと音がする。クレメンテガ立ち上がったのだ。


「あ、あの」

「何?」

「私が、リンゼイさんをお守りします。どんな状況でも、切り抜けて、みせましょう」


 しかし、リンゼイは首を横に振る。

 父親は大丈夫だろうが、母親に会ったら絶対に拘束されるだろうと。

 リンゼイの母親は国家魔法師団の、師団長なのだ。


「私の母親『無窮の厄災』って言われている、最低最悪最強の魔法使いで……」


 リンゼイの母親は任務が入ったので、結婚式には参加していなかった。

 けれど、今回の縁組みに関しては大賛成で、娘の嫁入りをそれなりに喜んでいた。


「だから、私を見つけたら、捕まえてどうするか――想像もしたくない」


 製薬道具は必要だ。けれど、危険を考えたら、働いて買ったほうがいい。


『でもリンゼイ、お金稼ぐ方法とか、知っているの?』

「……」


 魔法以外に関しては、まったくの無知。魔法大国メセトニアを出るのも、初めてである。

 お金を稼ぐ方法など、知るわけもない。

 リンゼイは紛うことなき、箱入り娘だったのだ。


 ここで再度、クレメンテが発言する。


「行きましょう。きっと大丈夫です。どうか、任せてくれないでしょうか?」

「クレメンテ、あなた、すごい自信ね」

「大切な物なんですよね? 私、昔から運だけはよくて」

「……」


 クレメンテがどのような表情で佇んでいるのかはわからなかったが、欠片も『無窮の厄災』を恐れているようには見えなかった。

 再度、リンゼイはぎゅっと瞼を閉じる。


「…………わかった」


 リンゼイは強い眼差しを、クレメンテへと向ける。

 そして、ガシっと腕を掴んで言った。


「なんとか、二人で切り抜けましょう」

「リンゼイさんと二人で、ですか?」

「ええ、そう。あなただけが、頑張るんじゃないの。私も、戦うわ」


 クレメンテの動きが停止する。そして、カタカタと、鎧は震えていた。

 ルクスには、感極まっているように見えた。


 セレディンティア国の大英雄、クレメンテ・スタン・ペギリスタイン。

 ずっと、孤独の中で戦っていたのだ。

 手を差し伸べられる立場の者は、皆無だったのかもしれない。そう、ルクスは想像する。


『すごいな、リンゼイは。大英雄にあんなことを言ってのけるなんて。でもそれ以上にすごいのは――』


 リンゼイの実家、アイスコレッタ家の濃い面々。

 両親に十歳年上の兄(二十八歳)、リンゼイ(十八歳)、十歳年下の弟(八歳)という三兄弟である。

 中でも、『無窮の厄災』と呼ばれ、恐れられている母親は次元を超えた変わり者であった。

 人の形をした厄災ってなんだよと、ルクスは内心ツッコミを入れていた。


 セレディンティア国の大英雄と、メセトニア国の厄災。

 どちらが強いのか、気になるところであった。


「じゃ、ルクス、行くわよ」

『え、うん』


 リンゼイとクレメンテはすでに腹を括っていた。

 二人揃って、とんでもない神経をしている。


『いいね、二人共、早々に覚悟が決まっているようで』

「いいから早く」

『はいはい』


 ルクスは集中し、空間と空間を繋ぐ。

 床に魔法陣が広がり、呪文が浮かんだ。淡く発光し、術式は完成する。


『クレメンテ、肩借りてもいい?』

「はい、どうぞ」


 ルクスはクレメンテの肩に乗り、襟巻きのような恰好を維持する。


『私は無関係の、襟巻猫妖精ってことで』

「安心しなさい、ルクス。捕まる時は、もれなく全員一緒だから」

『やだ~~!!』


 リンゼイとクレメンテは、離れて着地しないよう、手を繋ぐように言われた。


「て、手を、ですか?」

『うん、異空間で迷子になるのは、危ないからね』

「ぼけっとしていないで、さっさと行くわよ」


 リンゼイは躊躇う様子を見せているクレメンテの手をぎゅっと握り、魔法陣へと一歩踏み出す。

 手を引かれて、クレメンテも飛び込む形となった。


 ◇◇◇


 メセトニア国、五本の指に入る大貴族、アイスコレッタ家。

 郊外に大きな屋敷を構え、四名の家人と、百五十名の使用人、十五名の弟子が暮らす大邸宅である。


 真っ赤な絨毯が敷かれた廊下に、リンゼイ達はガシャン! という大きな物音と共に落下した。


「痛っ!」


 床に激突しそうになったリンゼイを、守るようにクレメンテが抱きしめる形で着地となった。が、鋼よりも堅い、板金鎧を下敷きにした状態で落ちたので、リンゼイは痛がっていた。


「す、すみません」


 クレメンテは床に伏したまま、平謝りである。

 物音を聞く付けた使用人が、慌てて駆けてくる足音が聞こえた。

 リンゼイは慌てて起き上り、クレメンテの手を引くと、近くにあった部屋に入る。

 しかし、そこの部屋は――。


「姉上?」


 扉を背に、はあと溜息を吐いたリンゼイの前にいたのは、八歳となる弟、ウィオレケであった。


「どうして姉上がここに? なんで、挙式から逃げたの? それに、その鎧の人は誰?」


 続けざまにされる質問。 

 リンゼイは咄嗟に、弟の体を抱きしめ、耳元で囁いた。


「ちょっと事情があるの。協力してくれる?」

「……理由に納得したら」


 話のわかる弟だった。

 リンゼイはチラリとクレメンテを見る。コクリと、頷いたのを確認し、事情のすべてを話した。


 リンゼイはその場にしゃがみ込み、椅子にも座らずに話し始めた。


「――というわけ」

「やっぱり、そうだったんだ」


 今回の事件について、腑に落ちたとウィオレケは呟く。


「姉上は勝手な人だけど、道理に外れたことはしない。まあ、結婚式から逃げるのは非常識だけれど、レクサス・ジーディンはそれをするだけのことをした」

「ウィオレケ……」


 リンゼイの弟、ウィオレケは八歳の少年であるが、落ち着いており、大人びた性格をしている。


『うん。なんていうか、ウィオレケのほうが大人だよね』

「なんでそうなるのよ」

『自分の胸に聞いてみるといいよ』


 リンゼイとルクスがいつものやりとりをしている間、ウィオレケはクレメンテを観察する。


 全身鎧姿の、普通ではない男は、床に正座して、気配をなくしていた。

 無視できない存在だったのか、すぐさま質問をする。


「姉上、この人は?」

「通りすがりの冒険者。名前はクレメンテ」

「ふうん、クレメンテ、ね」


 ウィオレケは手を差し出し、握手を求める。

 クレメンテは手甲を取って、小さな手を握った。


「クレメンテさん、姉上に付き合うの、大変だったでしょう」

「いえ、そんなことは」


 ぶんぶんと、大袈裟なまでに首を横に振っている。嘘には見えなかった。

 ウィオレケはクレメンテの発言に驚き、ルクスを見た。


『クレメンテ、すごい人なんだ。リンゼイのとんでも行動に、ついて行っちゃうの』

「そっか。だから、姉上はレクサク・ジーディンの追跡を逃れることができたんだ」

『そうなんだよ』


 ここで、すべての事情を把握したと、ウィオレケは言う。


「で、姉上はセレディンティア国に行ってどうするの?」

「薬の研究を続けるわ」

「収入は?」

「薬を、売って、どうにか」

「ふ~ん」


 ウィオレケはしばし、物思いに耽っていた。

 リンゼイは余計なことを言わずに、回答を待つ。


「いいよ、父上と母上には、黙っていてあげる。それと、製薬道具を姉上の部屋から持って来てもあげるよ」

「ウィオレケ!」


 リンゼイはウィオレケの体をぎゅっと抱きしめた。

 よかったと安堵していたが、想定外の条件が示されることになる。


「――その代わり、僕も姉上と一緒に連れて行って」


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