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乗船――だがしかし!

 なんとか出港に間に合った。

 リンゼイとルクスを抱えて全力疾走したクレメンテの息は乱れておらず、平然としていた。


『ひゃ~~、ギリッギリだね!』

「はい、なんとか、間に合いました」

『リンゼイの足だったら、間に合わなかったかもね』


 リンゼイを抱え、ルクスを背負ったまま、クレメンテは安堵の息を吐いていたが――。


「ねえ、下ろして」

「あ、はい。すみません」


 リンゼイは下ろされる。が、膝がかくんと抜け、その場でふらついた。


『うわっ、リンゼイ!』

「リンゼイさん!」


 クレメンテはリンゼイの腰を支え、転倒を防いだ。


「あ、ありがとう」

「いえ……」


 さすがのリンゼイも、街中での大魔法の発動と、乗船ギリギリの二つの事件は肝が冷えたようだった。


『リンゼイ、船室まで連れて行ってもらいなよ。海は荒れているし』

「大丈夫だって」

『せっかくお金払っているんだから、使わなきゃ損だよ。そんなわけだから、クレメンテ、お願いね!』

「はい、お任せを」


 リンゼイは誰かに頼る――というよりは、異性に頼る術を知らない。ルスクが間に入って、緩衝材となる。


「では、行きましょうか」

「……」


 クレメンテはリンゼイの腰を支えたまま、歩き始めた。


『クレメンテ、これ、リンゼイの乗船券!』

「あ、はい」


 ここで、クレメンテはリンゼイの部屋の番号を確認する。


「これは……」

『どうしたの?』


 ルクスは通路の手すりに跳び乗り、リンゼイとクレメンテの乗船券を覗き込む。


 リンゼイの船室は三百六号室。

 そして、クレメンテの船室も、三百六号室だったのだ。


『うわっ、リンゼイってば、適当に買ったんだ!』

「なんなの?」


 状況に気付いていないリンゼイは、ルクスに問いかける。


『リンゼイ、クレメンテと部屋わけなかったの、わざと?』

「何が?」

『だ~か~ら~、リンゼイとクレメンテの部屋がね、一緒になっているの!』

「はあ!?」


 隣国イルマールまで二泊、船で寝泊まりをしなければならないのだ。

 なのに、リンゼイは適当に乗船券を買ったので、部屋が一緒になっていた。


「あ、あの、リンゼイさん、私、他に部屋が取れないか、聞いてきます!」

「え、あ、きゃっ!」


 クレメンテは片手でリンゼイを抱き上げ、空いている手でルクスを抱き上げると、早足で三階の客室まで上がっていく。

 部屋のソファにリンゼイを下ろすと、一礼して素早く部屋から出て行った。


「…………な、なんなの、あの人」

『すごい行動力だよね。あと怪力』


 リンゼイは目をパチクリとしながら、クレメンテが閉めた扉を眺めていた。


 ◇◇◇


 クレメンテは三時間ほど、帰ってこなかったのでルクスは魔眼を用いて船内を探した。

 すると、甲板で発見される。


『リンゼイ、どうする?』


 放っておけと言いそうだなと思ったが、一応、聞いてみた。


「回収に行くわ」

『お、まじですか。もしかしたら、迷子さんになっているかもしれないしね!』

「ふざけてないで行くわよ」

『は~い』


 リンゼイらが乗船したのは客船バルトリンガー号。乗客は貴族がメイン。

 廊下ですれ違う人々は、華やかな装いの者が多かった。

 船内にはレストラン、プール、劇場、酒場、商店、温泉、図書室、賭博場など、さまざまな施設もある。

 リンゼイは目もくれずに、ズンズンと進んで行った。


「美しいお嬢さん、どうか私と――」

「うっさい!」


 リンゼイは先ほどから、何人もの男性に声をかけられていた。

 十五人目ともなれば、この反応である。


『う~~わ~~』

「忙しいのに声をかけてくる人のほうが悪いのよ」

『まあ、相手がリンゼイだったのが、悪かったよね。そういうことにしておこう』


 リンゼイは歩調を速め、甲板へと急いだ。


 客船は七階建てなので、甲板に上るまで一苦労である。

 リンゼイはゼエハアと息を切らしながら、甲板へ出た。


 クレメンテは――いた。

 全身鎧に覆われた姿は、甲板の上でも悪い意味で目立っている。

 なぜが椅子に腰かけずに、膝を抱えるような姿でちょこんと座っていたのだ。


 貴族の子どもが指を差していたが、乳母か侍女か、近付かないよう手を引いている。

 リンゼイは盛大な溜息を吐き、クレメンテのもとへと接近した。


「――ねえ!」

「は、はい!」


 ぼんやりしていたからか、近付くリンゼイに気付いていなかったようだ。

 声をかけるとビクリと体が震え、鎧がガシャンと軋んだ音が鳴った。


「あなた、なんで帰ってこないのよ!」

「あ、えっと、船室が、取れなくて……」

「そういうの、わかった時点で報告すべきでしょう? 社会の常識なのに」

「す、すみません」


 王族であり、大英雄でもあるクレメンテに社会の常識について説教するリンゼイ。

 ルクスは内心戦々恐々としていた。

 クレメンテの不興を買ったら、大変なことになる。

 しかし、なぜか彼はリンゼイに従順だった。


『謎だ!!』


 突然叫んだルクスに、リンゼイは訝しげな視線を向ける。


「何?」

『な、なんでもないっす』


 リンゼイはクレメンテに追及を続けた。


「で、なんでそこに座っているの!?」

「実は、迷子になりまして……」

「はあ!?」


 クレメンテはいろいろと動き回った結果、迷子になっていたのだ。頑張って部屋に戻ろうとしたのに、甲板に出てしまったと白状する。


「船員にでも聞けばよかったのに」

「そう、思ったのですが、船が揺れて、酔ってしまって、その、動けなくなり……」


 クレメンテは船内で迷子になり、挙句、船酔いをして動けなくなっていたのだ。

 はあと、リンゼイは息を吐いて、クレメンテの前に膝を突く。


「え、あの、リンゼイさん?」

「ちょっと黙っていて」

「……」


 額と頬、口元と、指先で触れていく。とはいっても、クレメンテは兜を被っているので、直接触れるわけではなかったが。

 リンゼイはぼそぼそと、呪文を口にする。


 ――汝、祝福す、不調の因果を、癒しませ


 パチンと静電気のような音が鳴り、小さな魔法陣が一瞬浮かんで消えた。


「――あ」

「これで、ちょっとは良くなったでしょう」

「は、はい。ありがとうございます」


 リンゼイが施したのは、低位の回復魔法。


『リンゼイ、まともな回復魔法使えないからね!』

「相性が悪いのよ」


 つんと、顔を逸らしながら言う。

 ルクスは尻尾を振りながらクレメンテに近付き、謝罪を口にした。


『クレメンテ、ごめんね~、リンゼイ、さっきのしょぼい魔法が最大の回復魔法なんだ』

「いいでしょう、人には向き、不向きがあるんだから!」


 クレメンテは感極まっているように――見えた。

 鎧がカタカタと、小刻みに震えている。


「クレメンテ、帰るわよ」

「あ、はい」


 そうぶっきらぼうに言って、クレメンテの腕を引く。

 二人の後ろ姿を見ながら、案外お似合いかもしれないと、ルクスは思った。


 ◇◇◇


 部屋に帰ると、リンゼイは外套を脱いで、腕まくりする。


『や、やめて、クレメンテを折檻しないで~~』

「何言ってんのよ、そんなこと、するわけないでしょう!?」

『じゃ、何するの?』

「酔い止めを作るのよ」

『あ、なるほど~~』


 リンゼイの得意とするのは、回復魔法より薬を煎じることだった。

 暇を見つけては薬草などを採取して収納していた薬草箱を、道具箱から取り出した。

 テーブルに並べられた薬草は、胃の不調を整える香水木ベルベイユ胡椒薄荷ペパーミント、鎮静効果のある加密烈草カモマイル


「……って、道具がないのよね」


 薬の調合には、製薬道具が必要なのだ。リンゼイはそこまで準備していなかった。


『家出、準備万端じゃなかったんだ』

「まあ、キレたら逃げようくらいの心構えだっただけだし」

『そっか』


 薬草などをすり潰す『薬研やげん』、堅い木の実を潰す『石臼』、薬品をすり混ぜる『乳鉢』、薬の成型をする『製丸器』、『ガラス管』、『蒸留器』、『天秤』など、挙げたらきりがない。


『それ、買ったらいくらくらい?』

「軽く五百万オールはすると思う」

『リンゼイの部屋に、私物の器具があったよね。あれ、どうしたの?』

「誕生日にねだったのよ」

『あ~、なるほど』


 なんで持ってこなかったのかと、ルクスは呆れながら尋ねる。


「だから、婚約破棄するつもりはなかったんだってば」

『でも、毒草とかナイフとか持ち歩く前に、そっちを持って行けばいいのに』

「毒草とナイフは護身用だから」


 材料はある。けれど、製薬道具がない。

 リンゼイはしかめっ面で、薬草を見下ろしていた。

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