猫妖精ルクスの狙い
リンゼイはなんでも屋で身支度を整える。
動きやすいワンピースに、魔法使いの頭巾付の外套、ブーツなどを購入する。
「中古の道具箱はある?」
「はい、ございます」
道具箱というのは薬草箱同様、異空間に繋がった魔道具だ。
旅をするさい、身軽な状態で行動ができるので、必須アイテムとも言える。
店員はカウンターに三つの箱を並べて見せた。
一つは、青い宝石が散りばめられた手の平くらいの小箱。
もう一つは、シンプルな革の小箱。ベルトに付けられるようになっている。
最後の一つは、金でできた大きめの箱。
「こちらの宝石の箱は一番規模が大きく、この店くらいの空間がございます。六十万オールです。革の物は店の半分くらいの空間で、三十万オール、こちらの金の物は、店の二倍の規模で、百二十万オールですね」
「ふうん」
現在のリンゼイの所持金は百万オール。二十万オールはクレメンテの依頼料として取っておかなければならない。
ワンピースは二万オール、魔法使いの外套は五万オール、ブーツは一万オール。
残りは七十二万オールである。
「じゃ、革ので」
「はい、ありがとうございます」
これで買い物完了かと思いきや、ルクスが待ったをかける。
「何? ここにお菓子は売っていないわよ」
『あ~そうなんだ~。せっかくの旅だから、お菓子はどこかで買いたいよね~~。って、いやいや!! そうじゃなくって、リンゼイ、着替えも買わないと』
「そうだったわ」
『まったく、これだからお嬢様は……』
リンゼイはこれでも伯爵令嬢。すべてのことは、使用人がやってくれたのだ。こんなで、旅どころか、一人暮らしはできるのかと、ルクスは心配になる。
他に、替えのワンピースや下着、手巾などを購入し、残額は六十万オールとなった。
リンゼイは早速、店の奥で着替えた。
贅が尽くされた花嫁衣装と、持参していた私物の靴は、五十万オールで買い取ってもらった。
残高は百十万オールになる。
以上で買い物は完了となった。
お世話になったなんでも屋をあとにする。
◇◇◇
続いて、船の乗車券を買わなければならない。
『乗船券は船着き場にある観光施設にあるって言っていたね』
「ええ」
船で二日乗った先にあるのは、魔法大国メセトニアの国境と、隣国イルマール。言わずと知れた農業大国で、のどかな国である。
人混みを避けつつ、乗船券を買いに行った。
「大人は一人一万オール、猫は五千オールです」
「この子、妖精なんだけど」
「妖精も五千オールです」
リンゼイは顔を顰めつつ、二万五千オールを出す。
動物は別料金とあったが、精霊や妖精については何も書かれていなかったのだ。
その様子を見ていたクレメンテが、背後より声をかける。
「あの、私の船代は、自分で……」
リンゼイはぐるりと勢いよく振り返り、すさまじい剣幕で言った。
「あんたは私を守っていればいいの。あとは何もしないで!」
わかりやすい八つ当たりであった。しかしクレメンテは――。
「はい、わかりました」
実に、従順であった。
あたふたしていたのはルクスだけで、クレメンテは気分を害する様子はない。
乗船時間まで二時間ほど。
「お腹が空いたわ。何か食べましょう」
『いいね』
クレメンテはリンゼイの提案に、コクリと頷く。同時に、カチャリと鎧の音が鳴った。
食堂はルクスが選んだ。
焼きたてパンが食べ放題のスープのお店である。
店員は猫の入店を店員は断ったが、妖精だと言ったら渋々許可してくれた。
『まったく、毛は抜けないし、毎日お風呂にも入っているのに!』
「はいはい」
プンプンと怒っていたルクスであったが、リンゼイがメニュー表を手渡したら、機嫌も良くなる。
「私、よくわからないから、適当に選んで」
『また、そんな適当なことを……』
そんな風にぼやいていたが、ルクスは真剣に選ぶ。
『リンゼイはもっと穏やかになったほうがいいから~、イライラ解消効果のある小魚のスープ! クレメンテはどうする?』
メニュー表を開いて見せたが、置物のようにピクリともしない板金鎧。
『クレメンテ、何食べた~い?』
ルクスはペタペタと、肉球で手甲を叩く。
すると、ビクリと鎧を震わせ、慌てて反応を示した。
『クレメンテは何食べる?』
「あ、その、リンゼイさんと同じ物で!」
主体性のない返しをしてくれた。
ルクスは再度、メニュー表に視線を落とす。
『クレメンテは力付けたほうがいいから、お肉のスープにしよう』
「はい、ありがとうございます」
ルクスは根菜類と燻製肉のスープに決めた。
『あの~、すっみませ~ん!』
店員を呼び、注文した。
ルクスはチラリとクレメンテを見る。依然として、背筋を伸ばして座った板金鎧の置物のようだった。
果たして、素顔はどうなっているのか。気になるところである。
見目麗しい王子に一目惚れをして、ロマンスが始まったりすることもあるかもと期待をしたが――相手は薬馬鹿のリンゼイであった。
魔法学校で嫌がらせを受けたこともあって、すべての異性に対する印象はもれなく最悪。
クレメンテに対しても、弱みは見せないようにしているからか、常に上から目線である。
しかし、どうにか態度を改めさせなければと、ルクスは思う。
けれど、相手がセレディンティア国の王子で、大英雄であるということは伏せたほうがいい。なぜならば、リンゼイは面倒だと判断し、契約を破棄する可能性があった。
ルクスは妖精で、リンゼイとは契約で結ばれた関係であったが、長年の付き合いから、かなり肩入れしていた。
幸せになってほしいと思っているのだ。
そのためには、どうにか男性に対する意識を変えてほしい。
運よく、護衛となったクレメンテは、リンゼイの意志を尊重し、不遜な態度にも気分を害する様子もない。
もしかしたら、リンゼイは変わるかもしれないと、ルクスは考える。
しかし、クレメンテという男は慎ましいと言えば聞こえがいいが、悪く言ったら存在感がなく、大人しい。
果たして、リンゼイに影響を与えるまでの関係になれるのか。
ルクスは見守りつつ、おかしな方向へ向かおうとしたら、やんわりと正すくらいしかできない。
まずは、興味を持つところから、始めなければならなかった。
ルクスはまず、気になっていたことを指摘してみた。
『クレメンテ、食事をする時は、兜を外すよね?』
「あ、これは、口元の部分が外れるようになっていまして……」
カチャリと、口元を覆う部位を上にずらした。
唯一見えた唇だが、薄いという印象だけでどういう容姿であるかは読み取れない。
『え~っと、兜取らないんだ』
一応、突っ込んで聞いてみる。
「はい。よく、顔付きが怖いと言われまして、隠しておいたほうがいいのかなと」
『あ、うん、そうなんだ』
セレディンティア国の大英雄といえば、有名人だ。
見つかったら騒ぎになるので、常に兜を被っているのか。本人が語らないので、不明のままだ。
謎多き男、クレメンテ。
どうだ、気になるだろうとリンゼイを見る――が、買ったばかりの道具箱を眺めるので忙しいようだった。
ルクスはがっくりとうなだれる。
育ちの良い二人は、優雅にスープを食べる。
傍から見たら、お似合いに見えるのだが……。
『リンゼイ、クレメンテって面白いよね! 兜を付けたままで食事をするなんて』
「別に、面白くもなんともないわ。人にはいろんな事情があるのよ」
『あ、うん』
彼女にしては珍しく、正論だった。
それでも、ルクスは考える。どうすればクレメンテに興味を持つのか。
『二人をくっつけるのなんて、無理かも……』
「ルクス、何か言った?」
『い、いいえ~、なんでも』
はあと盛大な溜息を吐いた。
昼食の支払いはリンゼイがする。クレメンテはひたすら申し訳なさそうにしていた。
「すみません、食事代くらいは、私が……」
「いいってば」
「はい」
大英雄に食事を奢る元伯爵令嬢の図。
ちょっと面白いなと思うルクスであった。
◇◇◇
船の出発まで三十分ほど。
船乗り場の近くにある売店でお菓子を買い、列に並んでおこうという話になった。
「ルクス、お菓子はさっさと決めてね」
『了~解!』
「クレメンテ、あなたも買っていいから」
「…………ありがとう、ございます」
クレメンテにもお菓子を勧める寛大なリンゼイ。
ルクスはウキウキ気分で売店まで向かっていたが――。
「リンゼイ・アイスコレッタ!! 見つけたぞ!!」
行く手を阻むのは、リンゼイの元婚約者であるレクサクであった。