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麗人賢者の薬屋さん  作者: 江本マシメサ


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番外編 リンゼイと慈善バザー 後編

 リンゼイは帰宅後、すぐに美容液作りに取りかかった。

 まず、石化鶏コカドリーユの鶏冠から、魔導釜を使ってヒアルロン酸の抽出をする。

 これで、材料が揃ったので、調合を開始した。

 ガラス瓶に、精製水と増粘剤キサンタンガムをガラス棒で混ぜる。続いて、石化鶏コカドリーユのヒアルロン酸溶液、保湿液グリセリン保湿剤ペダイン、最後に、筋肉妖精マッスル・フェアリ特製の薔薇精油を加えて攪拌した。

 これが、リンゼイ特製の美容液である。

 保存可能時間は二週間ほどだが、リンゼイが魔法を刻んだ瓶の中に入れたまま使うと、三年保つのだ。

 ルクスが魔眼で美容液の品質を確認し、すべて問題ないという結果がでる。

 スメラルドが書いた、美容液の効果と保存期間が書かれたタグを瓶につけたら完成だ。


 洗髪剤は石鹸の材料を使いまわして作ることができる。

 シャンプーに必要なものは石鹸素地に、精製水、薔薇精油。

 リンスはクエン酸、保湿液グリセリン、精製水、薔薇精油。

 この二つは、リンゼイがヒアルロン酸を取りに行っている間に、ウィオレケとスメラルドが作っておいた。


 以上で、慈善バザーの準備は整った。

 問題は当日である。

 売り子はリンゼイとクレメンテの二人であった。

 ルクスは夫婦に接客指導を行う。


『はい、にこやかに、いらっしゃいませ!』

「いらっしゃいませ……」

「いらっしゃいませ……」


 無表情で客を迎えるリンゼイとクレメンテ。ゼロ点の接客であった。


『ダメダメ、二人共、笑顔を浮かべて! 商売に大事なのは愛想!』


 クレメンテは笑顔を作ろうと努力していたが、笑っていない目元にヒクヒクと口元が震えるばかりで顔が攣っているようにしか見えなかった。

 リンゼイは目を細め、口元に弧を浮かべるが、それはにっこりというより、にやりという感じである。


『うわあ、リンゼイもクレメンテもぜんぜんダメ! 怖い、怖すぎる! これじゃ、子どもは怖がるし、大人は近付けないよ!』


 リンゼイとクレメンテの接客技術は絶望的であった。


『スメラルドが店番をできたらいいんだけど……』


 この慈善バザーは、貴族の者達が市民と接することも参加意義の一つとしている。よって、使用人などに接客を任せることは禁じられていた。


「そうだと思っていたよ」


 ルクスの嘆きにウィオレケは返事をする。


「この事態を想定して、これを用意していた」


 仕立屋に注文していた品を、ウィオレケは机の上に出す。

 それは、猫と犬の被り物であった。

 片方は紫色に緑の目を持つ猫、もう片方は金色の毛並みに青い目をもつ垂れ耳の犬。


「姉上と義兄上は、これを被って接客をするんだ」


 リンゼイとクレメンテは、言いつけどおり被り物を装着する。

 愛想の悪い夫婦は、瞬く間に可愛らしくなった。


『いいね。顔が見えなくて』

「でも、気になるのは――」


 ウィオレケがびしっと指差すのは、リンゼイである。


「姉上は被り物をしていても、偉そうだ」

「仕方ないじゃない! 接客なんて、一朝一夕でできるわけないし」

「そうだけど……」


 威圧感のある、猫の被り物の女。なんとも近寄りがたい。


「そうだ。姉上、ルクスを抱いてくれないか?」

「ルクスを? まあ、いいけれど」

『ちょっ!!』


 ルクスはリンゼイに捕獲され、抱えられる。


「うん、いいかも。ルクスを抱いていたら、そんなに威圧感もない。こう、なんていうか、子猫のマスコット的な」

『マスコット扱いとか、止めて!』

「ルクス、我慢してくれ」

『リンゼイに長時間抱かれたままとか、イヤだ~~!』

「ルクス、どういう意味よ」 

『いや、なんか雑に扱われそうで』

「そんなことないわよ」

『世界一、説得力のない「そんなことない」だ……』


 そんなわけで、皆の努力により接客はどうにかなりそうだった。


 翌日、ついに慈善バザーが開催される。

 リンゼイの店は中央広場の一番良い位置になっていた。


「ごきげんよう」


 朝からやって来たのは、主催者であるエリージュ・エレナ・エリスだった。

 まだ、猫の被り物を装着していなかったリンゼイは振り返る。


「あら、あなたは――」

「この前は助けてくださって、ありがとう。お礼をしたかったのだけど、慈善バザーの準備で忙しくて」

「ええ、気にしないで」


 エリージュがきた瞬間、クレメンテは素早く垂れ耳犬の被り物を装着していた。祖母と孫という関係であるが、どうやら苦手な相手らしい。背を向けて、検品している振りをしていた。


「あら、あなた」


 エリージュはクレメンテに声をかける。ビクリと、丸めていた背中がいささか大袈裟に震えた。


「背中に、鳥の羽根がついていてよ?」


 クレメンテは慌てて背中を払う。鳥の羽根はすぐに取れて、風に乗ってふわりと飛んで行った。


「あ、ありがとう、ございます」

「いえいえ」


 クレメンテは振り向かずに、体を僅かに逸らした姿勢のまま礼を言った。

 エリージュは笑みを浮かべている。

 相手が誰だかわかっていて、絡んでいるように見えた。


 そろそろ、慈善バザー開始の時間であった。


「お邪魔したわね。それでは、またあとで」


 そう言って、エリージュは去って行った。クレメンテが盛大にホッと安堵していたのは言うまでもない。


 その後、だんだんと客が集まって来る。猫と犬の被り物を装着したリンゼイとクレメンテの店は、子連れの注目を集めた。

 スメラルドが用意した猫のクッキーを渡すと、子どもは弾けんばかりの笑顔を浮かべる。


「小さい猫ちゃん、カワイイ」

『にゃ~~ん』

「あ、返事をしてくれたよ!」


 ルクスも猫の振りを頑張っていた。


 市販品よりも安価な美容液や石鹸、洗髪剤は飛ぶように売れた。

 開店一時間ほどで完売してしまう。

 そのあとは、リンゼイとクレメンテはビラ配りや、寄付の受付などに立ち、運営の手伝いも行った。

 慣れないことで周囲ぎこちない様子であったが、バザーの雰囲気を楽しんでいる人々は気にも留めていなかった。


 夕方――慈善バザーは大盛況で幕を閉じる。

 リンゼイとクレメンテはくたくたになっていた。

 被っていた猫を脱ぎ、リンゼイはふうと息を吐く。クレメンテも被り物に手をかけたが、ピタリと手が止まった。


「ご苦労様」


 夫婦のもとに近付き、声をかけたのはエリージュである。

 一日中動きっぱなしである彼女は、若夫婦よりも疲れていなかった。


「あなた達のおかげで、慈善バザーは盛り上がったわ」

「それほどでも」

「あら、謙虚なのね」


 今まで、貴族と庶民の接し方について、課題の一つとなっていたらしい。

 尊大な態度で接する者も多く、トラブルの種になっていたとか。

 しかし今回、被り物を装着することによって、身分の違う者達の間にあった壁はなくなったように見えたらしい。


「あなた達の被り物、今度から使わせていただいても?」

「ええ、もちろん」

「ありがとう」


 実は、今回でエリージュは慈善活動を引退するらしい。これからは、別の者がサロンやバザーを運営するという。


「十年もしていたら、十分かしらと思って」


 リンゼイは素晴らしい活動であったと労う。クレメンテは隣でコクコクと頷いた。


「わたくし、やりたいことを見つけましたの」

「それは?」

「あなた達の活動を、支えたいと思って」

「私達の……?」

「ええ」


 サロンなどで、リンゼイの様子を見かけることがあったらしい。しかし、その不器用さに、眉を顰めることもあったのだとか。


「あなた、もったいないわ。もうちょっと上手く立ち回ったら、薬の良さも伝わるのに」


 社交界にはルールがある。自由奔放にふるまうわけにはいかないのだ。

 エリージュは、リンゼイに社交界で上手く付き合うコツを教えてくれると言う。


「本当?」

「ええ、あなた達のしていることが、とても面白そうだと思って。手伝わせていただけたら、嬉しいわ」


 リンゼイは差し出したエリージュの手を握った。


「ありがとう。エリージュ、あなたがいたら、心強いわ」

「よろしくね」

「ええ」


 エリージュはチラリと、クレメンテを見る。


「そこの犬の旦那様も、よろしくね?」


 クレメンテは祖母との同居が決まり、頭を抱えている。

 その様子を見たエリージュは、広げた扇の中で楽しげに微笑んでいた。


『これは、大変なことになったぞ!』


 事情を知るルクスも、戦々恐々となる。


 こうして、リンゼイの薬屋事業に新しい仲間が加わった。


 その後、エリージュは社交界の影の権力者から、夫婦を守ってくれた。


 ちなみに、彼女が皇太后であることが発覚したのは、三年後の話である。

 彼女はとんだ食わせ者だったのだ。


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