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麗人賢者の薬屋さん  作者: 江本マシメサ


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番外編 リンゼイと慈善バザー 中編

 石鹸は完成したので、次は美容液を作る。

 材料は増粘剤キサンタンガム、ヒアルロン酸溶液、保湿液グリセリン保湿剤べタイン、薔薇精油。


『リンゼイ、薔薇は今の時期、咲いていないよ』


 作り置きの薔薇精油があるのかとルクスが質問したが、リンゼイはそんなものなどないと答える。


『だったら、市販の精油を買うとか?』

「誰が作ったのかわからない品を使う訳ないでしょう」

『だよね』


 だったらどうするのか。答えはすぐに判明する。


「ローゼ!」


 リンゼイが呼んだのは、筋肉妖精マッスル・フェアリのローゼ。

 床の上に魔法陣が浮かび、巨大な薔薇の蕾が芽吹く。ふわりと開花した中から、身長二メトルほどの巨体が出てきた。


『お呼びでしょうか、ご主人様』

「ええ」


 すっかり見慣れた筋肉妖精のローゼは突然の呼び出しにもかかわらず、にこやかに応じる。


「あなたの育てている、薔薇の花をわけてほしいの」


 慈善バザーに出す品だと告げると、ローゼは笑みを深めた。


『恵まれない者達への施しを、自らおやりになるなんて、ご主人様はなんて心優しいのでしょう』


 ローゼは胸の前で手を組み、感激しきったように話す。大きな瞳をウルウルと潤ませていた。


『リンゼイの慈善活動は、趣味も兼ねているからね』

「ルクス、何か言った?」

『い~え、なんでも!』

「それで、ローゼ、答えは?」

『もちろん、お分けいたしますわ』

「ありがとう」


 ローゼはふっと姿を消す。数十秒後、両手に大量の花を持って再び姿を現す。


『ご主人様、これで足りるでしょうか?』

「こんなにたくさんもらってもいいの?」

『ええ、もちろんですわ』

「感謝しているわ」

『喜んでいただけて光栄です』


 続けて、薔薇精油作りまでしてくれると言う。

 ローゼは他の姉妹達も呼んで、地下の実験室で精油作りを始めた。

 皆、床の上に正座し、一枚一枚薔薇の花を千切って蒸留器に入れている。


「ルクス、彼女達の手伝いを」

『猫の手じゃ、薔薇の花は千切れないけれど』

「仕方がないわね」


 リンゼイはそう言って、ルクスを持ち上げると首に巻く。


「一緒に行くわよ」

『え、待って、どこに?』

「ヒアルロン酸を持つ、魔物のところに」

『ヤダヤダ! なんか嫌な予感がするから』

「つべこべ言わずに、ついて来なさいよ」

『ヤダ~~~!!』


 こうして、リンゼイとルクスはヒアルロン酸探しに出かけることになった。


 ◇◇◇


 ヒアルロン酸は人工の物と、動物性の物と二種類ある。

 今回、リンゼイが選んだのは、より魔力濃度の高い動物性のものであった。


 嫌がるルクスを連れ、赤竜レンゲに乗って旅立つ。


『リンゼイ、魔物って、どれ狙い?』

鶏冠とさかのあるやつ」

『鶏冠にヒアルロン酸があるんだ~』

「そうよ」


 ヒアルロン酸は保水性が高く、肌にハリを与える。

 魔力を含んだものは、薬品を使って作られた人工物以上の効果があるのだ。


『鶏冠のある魔物っていたかな~』

「この前戦ったじゃない」

『あ!』


 ルクスは封じられた忌まわしき記憶を甦らせる。

 セレディンティア国へ移動中に戦った、中級魔物『石化鶏コカドリーユ』の存在を。


『リンゼイ、あれって滅多に遭遇しない希少レア魔物だよ?』

「一匹見かけたら、百匹はいると思うの」

『なんだ、その理屈は』


 リンゼイは以前、遭遇した場所を目指しているようだ。


『クレメンテ連れて来たら良かったのに』

「昨日、明け方まで飲み会だったから、可哀想で」

『目、死んでいたもんね』


 クレメンテは酒が弱いわけではないが、人付き合いにとことん弱かった。

 長時間大勢の人に囲まれるという苦行を、なんとか耐えたのだ。


『でも、リンゼイが誘ったら、来ただろうけどね』

「だから誘わなかったのよ。無理をさせてはいけないわ」

『おお!』


 リンゼイもついに、人を慮るということを覚えた。

 クレメンテを特別かつ、大事に思っている証拠である。


『ラブラブだねえ、ヒュウヒュウ』

「変なこと言ったら、落とすわよ」

『すみません……』


 順調にいっているように見える夫婦生活であるが、一点だけ問題があった。

 初夜をしていないのだ。


『リンゼイ、もしかして、知らないのでは……?』

「何か言った?」

『イイエ』


 落とされたくなかったルクスは口を閉ざす。

 誰か、リンゼイに夫婦のあるべき姿を諭してくれる人が現われるのを待つしかない。


 ルクスは切なげな表情で、リンゼイの横顔を眺めていた。


 ◇◇◇


 ルクスの魔眼で上空から石化鶏コカドリーユを探した。


『いや、そんな、見つかる訳……』

「いいから探して」

『ハイハイ』


 都合よく発見できるわけない。ルスクはそう思っていたが――。


『あ、見つけた』


 あっさりと石化鶏の姿を発見する。

 大きさは二メトルほど。鶏に似た外見に、蛇の尾を持つ魔物だ。


『うわ、リンゼイヤバいよ! あの石化鶏、なんか追い駆けてる! ……馬車だ!』

「なんですって!?」


 石化鶏コカドリーユは街道を走る、馬車を襲おうとしていたのだ。

 レンゲでは接近できない。

 リンゼイは道具箱の中から、空板スカイボードを取り出した。


『ゲッ、リンゼイまさか』

「そのまさかよ」


 リンゼイは空板スカイボードをレンゲの背に乗せ、立ち上がる。板の上に乗って、尻尾へ向かって滑るように飛翔した。


『ギャアアアア!』

「うるさいわね。乗るの、初めてじゃないでしょ?」

『いや、今回、首に巻かれているだけだし!!』


 前回ルクスは鞄の中に入っていたのだ。

 今回は剥き出しの身で乗ったので、恐ろしさは倍以上である。


「緊急事態だから我慢して」

『ヒエエエエ……』


 リンゼイは高度を下げながら、異空間より杖を取り出す。

 先端に水晶クリスタルが付いた、自慢の魔法杖である。


『あっ、ヤバそう!』


 ルクスがそう叫んだ瞬間、馬車が傾く。

 無理な速度で走ったからか、車輪が外れてしまったのだ。

 車体が傾いた瞬間、リンゼイは魔法を発現させる。

 地上から突き出した氷魔法で、車体を支えたのだ。


 なんとか救出に成功したが、石化鶏コカドリーユが追い付きそうになる。


 リンゼイは杖に彫ってある呪文を指でなぞった。これは、詠唱時間短縮の効果がある。

 早口で呪文を唱えると、魔法陣が空中に浮かび上がり、炎の玉が作り出される。


 三発続けた放たれた炎の玉は――石化鶏コカドリーユの胴に当たって勢いを削ぐことに成功した。


 石化鶏コカドリーユはギロリと、リンゼイを睨んだ。


『ヒエッ!』


 リンゼイは怯まずに、地面スレスレを空板スカイボードで滑っていく。

 石化鶏コカドリーユは体を捻り、蛇の尾で襲いかかる。


 リンゼイは杖で、蛇の横っ面を叩いた。


『ヒエエ、物理攻撃は止めてえ~~!!』


 ルクスの悲鳴が街道に響き渡る。

 石化鶏コカドリーユはバサリと翼を広げ、飛び上がった。爪の鋭い足を突き出して来る。


『グエエエエ!!』


 リンゼイはくるりと弧を描くように杖を回し、呪文を唱えた。


 ――大爆発エクリクシス!!


『あ、待って、ヒアルロン酸の素材!』


 魔法が発現する前に、慌ててルクスが結界を張る。


 リンゼイの大魔法が、石化鶏コカドリーユの体を燃やし尽くした。

 ただし、鶏冠を除いて。

 ルクスのおかげで、難を逃れる。


『あ、危なかった』

「あら、ありがとう」

『うん……』


 いろいろと言いたいことはあったが、疲れて返事をすることしかできなかったのだ。


 その後、馬車から下りた御者がリンゼイのもとへ駆け寄ってくる。


「あ、あの、魔法使い様、ありがとうございます!」

「いいえ、いいのよ」


 どうやら、馬車は高貴なご婦人が乗っていたようで、感謝をされた。


「主人が礼をしたいそうで、お名前をうかがっても?」

「名乗るほどの者ではないわ」


 リンゼイは素っ気ない反応を返す。

 今は石化鶏コカドリーユの鶏冠を切りわけることで忙しいのだ。


 困惑する御者に、ルクスが話しかける。


『私達、この魔物を討伐するために、ここに来たんです。なので、お気になさらず』

「しかし……」


 そんな話をしていると、一人の女性が供を引き連れてやって来る。


 年頃は五十代後半くらいか。菫色のドレスを身に包んだ、金髪碧眼の威厳たっぷりの女性である。


「どうかなさって?」

「いえ、それが――」


 ルクスはひと目で、その女性がただ者ではないと思った。

 失礼だと思いつつも、女性を魔眼で視る。


 名前:エリージュ・レイナ・マリー・エリナ・エリス・エスターライヒ

 年齢:65

 身分:王太后、エリージュ・エレナ・エリス(※偽りの身分)


『うわっ!!』


 想定以上の大物に、ルクスは目を剥いた。

 王太后ということは、クレメンテの祖母になる。

 さらに、エリージュ・エレナ・エリスという偽りの身分にも覚えがあった。

 慈善バザーの主催者である。

 クレメンテはなぜか、他人の振りをしていた。実際には祖母と孫だったのだ。


 リンゼイの姿に気付いたエリージュは、笑みを浮かべて話しかけた。


「あら、あなたが助けてくれたのね」


 リンゼイはその声に反応し、立ち上がる。


「……どうも」


 リンゼイは一度、貴族夫人の茶会で顔を合わせたことがあったようだ。


「エリージュ・エレナ・エリス様、だったかしら?」

「ええ。エリージュで構わないわ」


 珍しく、リンゼイは名前を憶えていた。奇跡的だと、ルクスは思う。


「ありがとう。あなたのおかげで、助かったわ」

「偶然通りかかったものだから」

「偶然?」


 リンゼイは石化鶏コカドリーユの鶏冠を指差しながら説明した。


「この魔物の鶏冠で、美容液を作るの。慈善バザーに出そうと思って」


 魔物から作った美容液だなんて、言わないほうがいいだろう。ルクスはハラハラしていたが――。


「まあ、魔物の美容液ですって? 素晴らしい活用法があるのね」


 エリージュは驚いたものの、嫌悪感を示すことはなかった。

 ルクスはホッとする。


 そのあと、レンゲを使って壊れた馬車を近隣の街まで送った。

 別れ際に、エリージュはリンゼイの手を握り、今一度感謝の意を示す。


「ありがとう。本当に助かったわ」


 このように感謝をされていることに慣れていないリンゼイは、恥ずかしそうに頬を染め、照れた様子を見せていた。


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