番外編 リンゼイと慈善バザー 前編
リンゼイの薬屋経営は順調だった。
稼いだ金は研究資金に回され、リンゼイもホクホクである。
そんな中で、一通の手紙が届けられた。
「慈善バザー、ですか」
「そうよ」
手紙をクレメンテに突き出しながら、リンゼイは説明する。
『リンゼイ、誰から届いたの?』
ルクスがちょこんと机に跳び乗り、手紙覗き込みながら質問する。
「エリージュ・エレナ・なんとかって人から」
リンゼイがうろ覚えの名前を言った瞬間、ニコニコと話を聞いていたクレメンテの表情が強張る。
『アレ、クレメンテの知り合い?』
「………………いえ」
三十秒ほど、たっぷりと間を置いてからクレメンテは否定した。
不審過ぎる反応に、ルクスはすぐに(嘘だ。これは絶対に知り合いだよ)と思ったものの、リンゼイは気付いていない。
クレメンテは明後日の方向を見ていた。
『まあ、いいや。それで、リンゼイ、参加するの?』
「ええ」
『意外~!』
「だって、慈善事業は貴族の嗜みでしょう?」
『嗜みってちょっと違う気がするけれど』
「嗜みではなく、義務だよ姉上」
リンゼイの物言いに指摘を入れるのは、天才八歳児であるウィオレケである。胸にはメルヴを抱いていた。
「嗜みでも義務でも、どちらでもいいけれど」
「よくない!」
ウィオレケは椅子に座りながら、はあ~~~っと長い溜息を吐いた。
そんな若い苦労人の背中を、ルクスは肉球でポンポンと叩いた。
『ウィオレケ、諦めよう。リンゼイだもの』
「そうだった。姉上に常識を期待したら負けだ」
話は慈善バザーに戻った。
『それで、リンゼイはまた、売れない薬屋さんを開くわけ?』
「失礼ね!」
『事実でしょ』
実は、リンゼイは慈善活動の経験がある。
父親主催のバザーに、何度か出店したことがあるのだ。
「姉上、きちんと行事に参加していたんだね」
『形だけね』
リンゼイが出店していたのは、霊薬を売る店である。回復魔法を得意とするメセトニア国の人には、当然売れない。よって、寄付金を集めることはできなかったのだ。
「でも、ここはセレディンティア国よ。私の霊薬も、そこそこ売れるはずだわ」
「姉上、いったい誰が、慈善バザーで薬なんか買うんだ?」
慈善バザーの客層のほとんどは、家族連れである。
菓子やドレスを解いて作った小物などが人気なのだ。
「姉上、だったら、生活用品とかいいんじゃないか?」
「生活用品?」
「石鹸とか、洗髪剤とか、得意分野だろう?」
「そうね。まあ、それくらいだったら」
薬以外のことであるが、珍しくリンゼイのやる気スイッチがカチリと入ったようだ。
「だったら……そうね。毛生え効果のある洗髪剤とかどう?」
「却下。もっと、髪がツヤツヤになるとか、いい香りがするとか、普通の効果にしたほうがいい」
マニアックな効果のある物は、ウィオレケがきつく禁じる。
スメラルドを交えて話し合った結果――肌がすべすべになる石鹸と、髪が綺麗になる洗髪剤、美容液の三種類作ることにした。
リンゼイとクレメンテは、レンゲに乗って材料収集に向かう。
「まず、石鹸に使う、肌がすべすべになる成分がある、『パルマローザ』からね」
「はい」
クレメンテは久々にリンゼイと出かけるので、嬉しそうにしていた。
パルマローゼは熱帯地方に自生している。薔薇の香りに近いので、ローザの名前が付いているが、実際はそこまで似ているわけではない。
そんな蘊蓄を話しながら、夫婦は大空を駆けて行く。
パルマローゼの自生地である森に辿り着く。開けた場所でレンゲから降り、リンゼイとクレメンテは森の中を進んで行った。
「暑っついわね」
「ですね……」
森の木々は熱射を遮らず、じりじりと太陽が照りつけている。
クレメンテの鎧は、肉が焼けそうなほどになっていた。
「あなた、大丈夫?」
「はい、平気です」
「そんなわけないでしょう」
勝手にそう言い切ると、リンゼイは熱を遮る魔法をクレメンテにかけた。
「あ、ありがとうございます」
「痩せ我慢はカッコ悪いから」
「はい。次から、詳細を報告するように致します」
ツッコミ不在の中、散策は続いて行く。
森の最深部に差しかかる時、リンゼイらは魔物に遭遇した。
「リンゼイさん、下がってください!!」
飛び出してきたのは、体長二メトルほどの牙豹。立派に突き出た牙と、金色に輝く毛並みに黒い斑がある魔物だ。
どうやら縄張りに踏み込んでしまったようで、鋭い爪を突き出しながら襲いかかってきた。
クレメンテは魔剣オスクロを引き抜き、爪を弾く。キィン! と音が鳴った。
牙豹の爪は金属のようだった。
しかし、大英雄クレメンテの敵ではない。
爪を魔剣で受け流したあと、再度振り上げた剣は綺麗な弧を描き、牙豹の首を刎ねた。
リンゼイの出る幕はなく、あっという間に討伐してしまった。
「お疲れ様。怪我はなかった」
「はい。異常なしです。どこも、痛む場所はありません」
「そう。よかったわ」
先ほどリンゼイに注意されたので、いつもより詳細に語る。
一瞬、霊薬を手にしていたリンゼイが残念そうな表情を浮かべたが、幸いなことにクレメンテは気付かなかった。
「これ以上、魔物に遭わないうちに、先を進みましょう」
「はい」
その後、パルマローゼを採取して、帰宅を果たす。
◇◇◇
『リンゼイおかえり~! お土産は?』
「パルマローゼは採れたわよ」
『南国の果物は?』
「あるわけないじゃない」
『ええ~~』
どうやらその森には幻の果物があったようで、ルクスはガックリとうな垂れた。
「何よ、それ」
『あったら、よろしくねって、お願いしたじゃん!』
「ごめんなさい、聞いていなかったわ」
出発前は、地図を確認することに夢中だったのだ。いつものリンゼイである。
ルクスはがっくりとうな垂れていたが、頭の中に思い描いていた果物が目の前に差し出された。一瞬、ルクスの願望が幻となって出てきたと思ったが、違った。
「あの、この果物でしょうか?」
『え!?』
クレメンテが差し出したのは、拳大の紫色の果物である。どうやら森の途中で発見し、水分補給用に持ち歩いていたらしい。
『こ、これ!!』
「よろしかったら、どうぞ」
『わ~ん、ありがと~』
出発前のルクスの話を、クレメンテは聞いていたようだ。
リンゼイ以外の他人には興味のないクレメンテであったが、結婚を経て変わりつつあった。喜ばしいことである。
そんなルクスの盛り上がりは気にも留めず、リンゼイは調薬モードになっていた。
さっそく、採ったパルマローゼを精油にする。蒸留器で蒸して、有効成分を抽出させるのだ。
それが終わったら、石鹸作りに取りかかる。
スメラルドと協力して、作るのだ。
まず、苛性ソーダを量る。耐熱ボウルに精製水を入れ、苛性ソーダをゆっくりと混ぜていく。苛性ソーダは水分と反応し、高温になっていくのでしばし冷ます。
石鹸のうるおい成分となるオイルを、ソーダ液と温度にしてガラス棒で混ぜ合わせる。その後、泡だて器で攪拌した。
最後に、パルマローゼの精油を垂らした。
細長い型に入れて、トントンと空気を抜く。
その様子を眺めていたスメラルドは、ニコニコと微笑みながら言う。
「お菓子作りみたいですねえ」
『リンゼイの趣味がお菓子作りだったら、どんなによかったか』
当の本人は石鹸作りに集中しているので、ルクスのぼやきは聞こえていなかった。
風魔法で乾燥させたら、石鹸の完成だ。ナイフで切り分けたあと、スメラルドが可愛らしく包装した。
『いいねえ、慈善バザーっぽい』
「評判がよかったら、商品化しましょう」
『お、いいねそれ』
慈善バザーは商品の反応を見る、良い機会になりそうだった。




