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最終話 そして、二人は――

『クレメンテ、お~い、クレメンテ』


 リンゼイに膝枕された状態のクレメンテの頬を、ルクスはペチペチと肉球で叩く。


『お願い、リンゼイが叩いた頬の痛みを思い出して……!』


 クレメンテの頬は手形がくっきりと残り、真っ赤になっていた。


「姉上、酷いな。なんでクレメンテを叩いたんだ」

「なんか、頬の辺りに黒い靄みたいなものが視えたのよ」

「靄?」

「そう」


 クレメンテの命を啜ろうと、悪い魔力が集まって来ていたのだ。

 そうとは知らずにリンゼイは靄を追い払おうと、クレメンテの頬を渾身の力で叩いた。


『すごい、リンゼイ……人には視えない靄に気付くなんて……』


 しかも、叩くだけで祓ってしまったのも、驚くべき点だろう。魔法歴史上、ありえないことだった。


 今までそういうものが見えていたのかとルクスが質問すると、リンゼイは首を横に振る。

 今日初めて視えたらしい。


『愛の力ですわ』


 筋肉妖精マッスル・フェアリのローゼは涙を指先で拭いながら、しみじみと言う。

 周囲の姉妹達も、コクコクと頷いていた。


『……まあ、うん。そうだね。愛の力だ。たぶん』


 深く考えることときりがないので、ルクスはそういうことにしておこうと思った。


 人が悪しき靄を感知する。それらのことは魔法使い達が喜んで研究の材料にしそうなものであるが、マリアとゼルは揃って聞かなかった振りをする。

 元より、靄を視ることができるモンドは、リンゼイにそのことは誰にも言わないようにと、釘を刺していた。


 クレメンテはいまだ意識がはっきりしていないのか、仰向けのまま寝転がっている。

 リンゼイはクレメンテの肩を叩いた。


「いいから、早く起きなさい」

「あ、はい」


 先ほどまで大怪我をしていたとは思えないほどの、素早い動きで立ち上がった。


「リンゼイさん……」


 クレメンテの前に立っていたリンゼイは、誰もが想像していなかった行動にでる。深々と、頭を下げたのだ。


「クレメンテ、ありがとう」

「え?」

「迎えに来てくれて、ありがとうって、言っただけ」


 クレメンテはポカンとしていた。

 そんな彼に、リンゼイは手を差し出す。そして、笑顔を浮かべて言った。


「帰りましょう、私達の家へ」


 クレメンテは大きく頷き、リンゼイの手を取った。


『これで、一件落着だね!』

「待て、リンゼイよ」


 引き止めたのはマリアだった。

 また、魔力を大量に消費する生活に戻るのかと問われる。


「大丈夫よ」

「それは、強がりだ」

「強がりなんかじゃないわ。本当に、大丈夫なのよ」

「なんだと?」


 リンゼイはポケットからある品を取り出して、マリアに見せた。

 それは、手のひら大の水色の水晶。マリアの竜の竜玉である。


「これがあったら、魔力不足なんてならないから?」

「竜玉はあげたんじゃない! 貸してやったんだ!」

「結婚祝いにぴったりでしょう?」

「結婚は、許していない!」


 リンゼイはパッとクレメンテから手を離し、今度は腕を絡める。


「私、この人じゃないとダメなの」

「だが――」


 まだ、止めようとしていたマリアを、モンドが止める。


「もういいでしょう。認めてあげなさい」

「なっ!?」

「遠方はるばるやって来て、リンゼイの一番の幸せのために身を引くことや死ぬことすらできる青年の、どこに不満があるんですか?」


 ここで、ウィオレケがずばりと指摘する。


「母上は寂しいから、姉上をお嫁にやりたくなかったんだよ」

「まあ、そうだろうね」


 ゼルも同意した。


「寂しいって、母上はずっと仕事で、私とぜんぜん会えなかったじゃない」

『家にリンゼイがいなくて寂しいってのは、わかる気がするけどね』

「あら、あなたも寂しかったの?」

『ちょっぴりね』


 リンゼイはクレメンテから離れて、ルクスを抱き上げる。

 手を掴んで、肉球をぷにぷにしていた。


「マリア、いい加減、子離れしてください」

「……」


 マリアは一人むくれていた。ここでクレメンテが一歩、前に踏み出す。


「お義母様。私は、リンゼイさんを絶対に幸せにすることを、誓います」

「ぐ、具体的には?」

「魔法使いの協会を、セレディンティア国に作ろうと思っています」


 クレメンテには使いきれないほどの財産を用いて、若き才能のある魔法使いを支援したいと話す。

 ゆくゆくは、セレディンティア国にも魔法の技術を広め、便利な生活を送れるように頑張りたいと告げた。


『そっか、クレメンテ。リンゼイのために、いろいろ考えていたんだ』


 そうしたら、リンゼイの霊薬研究の発表する場もできる。

 ゼルはクレメンテの話に感心していた。


「なるほど。我が国でも、魔法使いの貧富の差は問題になっている。研究にはお金がかかりますし、全員が全員、満足に活動できているわけでもない」


 それは、メセトニア国とセレディンティア国の友好にも繋がりそうだ。

 ゼルは是非ともその話を進めたいと、クレメンテに握手を求めていた。


「マリア、もう、反対する理由はなくなりました。あとは、あなたの我儘になります」

「うっ、でも、でも……」


 ここでリンゼイがマリアのもとにやって来る。

 悔しそうに顔を逸らす母親を、ぎゅっと抱きしめた。


「母上、落ち着いたら、遊びに来るから」

「そんなの、必要ない」


 マリアはリンゼイの肩を押して離れること、クレメンテをビシッと指さした。


「待つのは嫌いだ。だから、セレディンティア国の家に押しかけて、いびり倒してやる!」


 それは、二人の結婚を認める言葉でもあった。


 クレメンテとリンゼイは顔を見合わせ、手と手を取り合う。


「姉上、義兄上、おめでとう」

『オメデトウ!』


 ウィオレケとメルヴが祝福する。リンゼイはしゃがみこんで、弟の体を優しく抱いた。


「心配かけたわね」

「本当に、叫び過ぎて、喉が枯れるかと思った。でも、もう大丈夫」


 リンゼイから離れ、ウィオレケは晴れやかな笑みを浮かべながら言った。


「僕、ここに残るから」

「え?」

「いろいろと、勉強不足だって、わかったんだ」


 たくさん勉強して、ゆくゆくはリンゼイとクレメンテの店を手伝いたい。ウィオレケは将来の夢を語る。


「そのためには、学校を卒業しなきゃいけないから」

「ウィオレケ……」

「メルヴもいるから、寂しくないよ」


 メルヴは腰に手を当て、胸を張る。まるで、ウィオレケのことは任せてと言っているようだった。


「ばいばい、姉上、義兄上、ルクス」

『そ、そんな~~、ツッコミ手が減るなんてええ~』

「僕は母上と一緒にいてあげなきゃいけないから」


 可愛いことを言う息子にきゅんとしたマリアは、ウィオレケを抱きしめる。

 感動的な親子の姿に見えたが――。


「ぐえっ、母上、苦しっ」

「こら、マリア、あなたは、力加減を知らないのですか?」


 賑やかな様子を見て、アイスコレッタ家はリンゼイがいなくても大丈夫そうに見えた。


『じゃ、帰りますか』

「ええ、そうね」

「ルクスさん、よろしくお願いいたします」


 ルクスはセレディンティア国へ転移魔法を展開させる。

 ウィオレケは手を振って、見送った。


「姉上、義兄上とお幸せに!」


 その言葉を最後に、景色はくるりと変わる。


 次の瞬間に、リンゼイとクレメンテの薬屋の前に帰って来た。


 やっとのことで、二人は帰って来た。

 スメラルドとイルが出迎えてくれる。


「おかえりなさいませ~」

「おまちしておりました」


 大歓迎を受け、クレメンテとリンゼイは顔を見合わせたあと、ただいまと言った。


 ◇◇◇


 翌日より、薬屋は再開となる。

 無理しないを目標に、営業することになった。


 まず、薬や化粧品の量産は筋肉妖精の姉妹達が担ってくれるようになった。


『ふん!』

『ぬん!』

『そぅい!』


 地下の工房では、今日も筋肉妖精の野太いかけ声と、花の蜜のような汗が飛び散っていた。


『……リンゼイの化粧品、妖精って名前が可愛いって評判だけど、作っている様子を貴族のお嬢様達が見たら、失神してしまうよね』


 ルクスは創薬工房をこっそりと覗きながら呟いていた。


 薬屋の店頭には、スメラルドとイルが立っていた。


「いやっしゃいませ~~、あら~~、メリスン家の奥様、お久しぶりです~~」


 ゆる~いスメラルドの接客の評判は上々。

 見目麗しいイル目当てに来店してくる客もいた。


「あ、スメラルド嬢、そちらの荷物は、わたくしが」

「あら、ありがとうございます~」


 同時に手を出したので、手が触れ合ってしまった。

 イルは顔を真っ赤にしている。スメラルドは、口に手を当てて「うふふ」と微笑んでいた。


 二人はなんだかいい雰囲気だった。


 クレメンテとリンゼイは相変わらず。

 さまざまな地方へ薬草採集に行き、魔物相手に暴れていた。


 今日も森の中で、黙々と薬草を摘んでいた。

 途中で、湖のほとりで休憩する。


 静かな湖の水面を眺めながら、リンゼイはぽつりと呟く。


「クレメンテ。いろいろ、付き合ってくれて、ありがとう」

「いえ、私は、好きでやっているので」


 薬草摘みなど、地味な作業は得意だと話す。


「うん、でも、私の夢を応援してくれる人は、あなたが初めてだったから。それに、こうやって、一緒にいれることが、なんだか嬉しくって」

「リンゼイさん」


 クレメンテは言う。これから、たくさん霊薬について研究して、新しくセレディンティア国に出来た協会の中で、発表をしようと。


「ええ、そうね」

「はい」


 その後、二人はしばし見つめ合い、先に照れて耐えきれなくなったクレメンテが顔を逸らす。

 その様子が面白かったのか、リンゼイはくすりと笑った。


「あの、何か、面白かった、ですか?」


 クレメンテはさっと顔を逸らしながら、話しかけてくる。向けられた頬に、リンゼイはキスをした。


「――なっ!」

「隙だらけだったから」


 クレメンテは今まで以上に顔を赤くして、その場に倒れ込んでしまった。


「ちょっと、大丈夫な――きゃあ!」


 どうしたのか、顔を覗き込もうとしたリンゼイも、足元を滑らせて転倒しそうになったが――素早く起き上がったクレメンテが抱き止めた。


「危な――かったです」

「ええ、ありがとう」


 クレメンテはリンゼイを抱き抱える体勢となった。

 再度、二人は見つめ合う。


 今度は、顔を逸らさずに、胸の中に秘めていたことを口にした。


「リンゼイさん」

「何?」

「私は、あなたのことを、お慕い申しております」


 その言葉を聞いて、リンゼイは嬉しそうに目を細める。

 ぐっと接近して、耳元で囁いた。


「私も、クレメンテのことが好きよ」


 クレメンテは、耳まで真っ赤にさせていた。


 見つめ合った二人は、互いの気持ちを封じるように、唇と唇を重ね合わせる。

 ようやく、クレメンテとリンゼイは、愛を確かめ合うことができた。


 これからも、夫婦の生活は続く。

 たくさんの、優しい人達に見守られながら。


 麗人賢者の薬屋さん 完


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