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リンゼイの運命の出会い

 リンゼイは花嫁のベールを取り、髪飾りを外して、きっちりと編み込まれていた髪も解す。

 これで、花嫁らしさは薄くなった。

 そこに、クレメンテから借りた漆黒のマントを装着すれば――。


『どこの女王陛下だ!!』

「は?」

『あ、ごめん、なんでもない』


 とっておきのマントなので、リンゼイの美しさを際立たせる結果となったが、本人は気付いていない。


『まあいいか。とにかく、港街で着替えを買って……セレディンティアまではレンゲで行くの?』

「そう思っていたんだけれど、やっぱり魔物と遭遇したくないから、船にするわ」

『うん、それがいいよ』


 海を行き来する船には、魔物避けの祝福がかけられている。


『やっぱり、魔物は竜に惹きつけられる生き物だからねえ』


 多大な魔力を持つ、最強種の生物――それが竜。

 普段は追いつけない速さで飛んでいるが、人を乗せていたら動きも遅くなる。それを狙って、魔物は襲いかかってくるのだ。


 魔法大国メセトニア最大の港街、サウレン。

 北海に面し、豊富な漁獲量も誇る。魚市場は毎日賑わっていた。

 蜂蜜色の壁の建物が並び、夜は魔石灯に照らされて青白く光る。

 多くの客船と貿易船が行き来し、街は人でごった返していた。

 さまざまな国籍の者達が行き交い、服装はてんでバラバラ。なので、リンゼイの恰好も悪目立ちすることはなかった。

 まず、一行が向かったのは質屋。

 店内は薄暗く、埃臭い。品物が乱雑に置かれた怪しい空気が漂っている。


『リ、リンゼイ、他の質屋にしない?』

「ここしかないって、案内所の人が言っていたでしょう」

『普通の道具屋でも、買い取りはしているし』

「仲介料があって、取り分減るからやだ」

『さようでー……』


 店のカウンターには、五十代くらいの、油断ならないような親父が座っていた。

 入ってきたリンゼイとクレメンテを、胡乱な目で眺めている。


「いらっしゃい」

「どうも」


 一応、返事を返す礼儀をリンゼイは知っていた。

 ルクスはハラハラしながら見守っている。


「これを買い取って欲しいのだけれど」


 リンゼイは机の上に革袋を置く。

 中には身に着けていたベール、白鷲の髪飾り、絹のリボン、手袋に、ダイアモンドの首飾り、真珠の耳飾りなど。

 胡散くさい店主は、ルーペを使って真贋の確認をする。

 婚礼衣装に使われていた品々はどれも一級品。かかった費用は並べられた品々だけで二百五十万オール。ルクスの見立てだと、買い取り価格は百万オールくらいだろうと予測していた。

 しかしながら、店主はすぐに鑑定を終えて、想定外の価格を言ったのだ。


「まあ、全部で五十万オールだな」

「はあ!?」


 ルクスより鑑定額を聞いていたリンゼイは、額に青筋を立てながら憤る。


「それ、ベールだけで、三十万オールなんだけど!」


 ベールは銀糸蜘蛛の糸を使って作られた、贅の尽くされた一品だったのだ。

 それを、店主はたった三万オールの価値を付けていた。


「そうだな。今着ているドレスと、マントが一緒ならば、百万オール出してやろう。ドレスを今ここで脱ぐならば、十万オール足そうか」

「ぎったぎったにしてやる」

『リンゼイ、ちょっと落ち着こうか!!』


 店主の尊大な態度に、リンゼイは指をボキボキ鳴らしながら、物騒な宣言をした。

 ルクスが即座に止めに入る。

 リンゼイの荒ぶりよりも後ろから背筋が凍るような殺気を感じ、すべての毛が逆立ったが、ルクスは気付かなかった振りをした。


 とりあえず、店から出ることにする。


 先ほど、凄まじい殺気を放っていたクレメンテは、元の大人しい全身鎧男となっている。

 しかし、確実に質屋の男に殺気を向けていた。

 ルクスはぶるりと震える。


『え~っと、では、気分を入れ替えまして、二軒目に行きますか~』


 仲介料を取られてもいいので、道具屋で買い取りしてもらうことに決めた。


 向かった先はなんでも屋。

 服や鞄、宝石に時計と、ありとあらゆる品々が並んでいる。

 先ほどの質屋とは違い、店内は明るく、清潔だった。

 店の奥から、上品な身なりの中年女性が笑顔で迎えてくれた。

 依頼した鑑定も、丁寧にしている。

 三十分後――。


「お待たせいたしました。手数料が五万オール引かせていただきまして、百十万オールになります」


 リンゼイはふんと鼻を鳴らした。それは、質屋の店主への怒りだった。

 ルクスは慌ててカウンターに跳び乗って店主に弁解する。


『すみません、さっき裏通りの質屋で騙されそうになって……』


 これらの品々を五十万オールで買い取りされそうになった旨を話すと、心優しい店主は同情してくれた。


「あそこは数年前に代替わりして、評判が地に落ちた店なんですよ」

『あちゃ~~、そうなんですね』

「ええ。観光客など、よく騙されるようで……」

『なるほど』


 話をしながら、店主は鑑定書を書く。

 婚礼衣装の女性という事情を察してくれたからか、全体的に色を付けて買い取りしてくれたようだった。

 ルクスはちらりと、店に入ってからまったく気配がなかったクレメンテを振り返る。

 なんだか、居心地悪そうにしていた。

 疑問に思い、いろいろと魔眼で探ってみる。すると、とんでもないことが発覚した。


 氏名:クレメンテ・スタン・ペギリスタイン

 所持金:十オール


『……んん?』


 もう一度、確認する。

 しかし、間違いなくクレメンテの所持金は十オールだった。


 チョコレートが一箱五十オール。

 ビスケットが一箱三十オール。

 飴玉が一つ十オール。


 クレメンテは、飴玉一個しか買えないお金しか、所持していなかったのだ。


 総資産額は四百九十億オール。いくつもの爵位を持ち、城や屋敷を所有する大英雄の所持金が、たったの十オール。

 ルクスは震えが止まらない。


「ルクス、どうしたの? 寒い?」


 何か猫用のマントでも買おうかと、リンゼイは声をかける。


『えっ、リンゼイ優しい……。じゃなくて、前金! まず、クレメンテに前金を払おう』

「そうね」

『た、助けてくれたから、色を付けてよね!』

「わかっているわ」


 リンゼイはクレメンテを呼び寄せる。

 ルクスはハラハラと見守っていた。


「あなた、依頼料はいくら欲しいの?」


 大英雄にこの態度である。

 クレメンテよりどういう反応が返ってくるかわからずに、ルクスはガタガタと震えてしまった。


「すみません、護衛の依頼は初めてでして、どれくらいが相場なのか……」


 その発言以降、クレメンテの活動は停止する。動かなくなり、店にある板金鎧の置物のようになってしまった。

 クレメンテをじっと睨みつけていたリンゼイだったが、ルクスの顔をちらりと見た。


「ねえルクス、護衛の相場は?」

『あ、うん、そうだね。え~~っと、前金は、十万オールくらいにして、あとから二十万オール、くらいでどうだろう?』

「え、そんなに払うの?」

『いや、クレメンテの能力給で言ったら、破格の金額なんだけど』


 リンゼイは眉間に皺を寄せ、ルクスの耳元でヒソヒソ話をする。


「あの人、そんなにすごい人なの?」

『いや、すごいどころじゃなくて、やばいくらいすんごい人だよ』

「ふうん」


 店主は十万オール金貨を十一枚持って来て、革袋に入れて手渡した。

 リンゼイはお礼を言って受け取る。


「旅支度もここでさせていただくわ」

「はい、是非!」


 まず、前金だと言って、リンゼイはクレメンテに十万オール金貨を一枚差し出した。


「ありがとうございます。助かりました」

「ええ。これから、よろしく頼むわね」

「はい、命を懸けて、頑張ります!」

「いや、別に命は懸けなくてもいいから」


 大英雄の命を懸ける発言を、あっさりと跳ね退けるリンゼイ。

 二人のやりとりを、ルクスは生温かい視線で見守っていた。

 一人ではツッコミが追い付かない状況だったので、役目を放棄したのだ。


『クレメンテ、セレディンティアまでって、どのくらいの道のりだっけ?』

「船で二日、隣国のイルマールが陸路を馬車で三日、そこから再度船で一日半、シュルトコ国の陸路を五日ほどでセレディンティアに着くかと」

『なるほどねえ、結構遠いなあ』


 この長い道のりを、リンゼイが耐えきれるのか。ルクスは不安になる。

 クレメンテが商品を見ている隙を見て、こそこそと話しかけた。


『ねえ、リンゼイ、どうしてセレディンティアなの? 正直、魔法に理解はないし、メセトニアよりも不便なところだと思うんだけど』


 メセトニアの文明の影響が強い、他国でも研究はできるのではないのかと聞いてみる。


「セレディンティアはメセトニアと国交がないから、身柄を引き渡せとも言えないだろうし、それに、会いたい人がいるの」

『会いたい人~~?』

「そう」


 その昔、リンゼイは薬の臨床試験を戦場で行っていた。


『ゲッ、リンゼイってば、たまにレンゲに乗ってどっかに行っているなって思ったけれど、まさかセレディンティアの戦場に行っていたなんて』


 それは、十五年来の付き合いのあるルクスも知らないことだった。


『メセトニアに検体がいないからって、えげつないことを……』

「きちんとルクスの魔眼で、間違いない品だって、わかっている物を試しただけだから!」

『そうだけどさあ……』


 リンゼイは戦場で、怪我人相手に薬を試していたのだ。


『私が鑑定するだけじゃ、物足りなかったんだ』

「だって、作るだけが楽しみじゃないから」

『まあ、そうだけど』


 作ったら効果が見てみたい。リンゼイはそう思ってセレディンティアの戦場に降り立っていたのだ。


「で、一回だけ、大霊薬マグヌス・エリキサを作ったことがあったでしょう?」

『三年前だね』


 ありとあらゆる怪我や病気を治すと言われている万能の妙薬――大霊薬マグヌス・エリキサ

 それを当時十五歳だったリンゼイは作ったのだ。


「それをね、試しに行ったの」


 最強の霊薬だ。なので、とっておきの死にかけで試そうと、リンゼイは思った。


『もうね、私はなんとも言えないよ』

「何が?」

『リンゼイがとんでもない薬馬鹿ってこと』


 ルクスの発言も、リンゼイは気にも留めない。


『それで、とっておきの死にかけを見つけたんだ』

「そう」


 戦いが終わった戦場はどこを見ても、死体しかない。

 けれど、リンゼイは探し出した。素晴らしい検体を。

 他の死体と重なり合う中で、その人物は辛うじて生きていた。

 男の足は腿から千切れ、腕は取れかけている。全身血まみれ、矢は十何本と刺さり、腹部は串刺しとなっていた。


「死んでると思うでしょう? でも、その人、奇跡的に生きていたの。運命だと思ったわ。あの人だってね」

『うん、まあ、うん……』


 リンゼイは喜んで駈け寄った。

 けれど、想定外のことが起きる。

 検体と決めた男が、治療を拒否したのだ。


「もう生きるのが辛いから、死なせてくれって言われたの」

『で、どうしたの?』

「説得したわ。それで、最終的には飲んでくれると」

『なんて言ったの?』

「忘れた」

『そう』


 結果、男は大霊薬マグヌス・エリキサを飲むことを受け入れた。


「それで、わくわくしながら見守ろうと思ったんだけど、遠くからセレディンティアの兵士がやって来て……」


 不法侵入状態だったリンゼイは、慌てて戦場から去る。

 せっかく苦労して作った大霊薬マグヌス・エリキサであったが、効果を目にすることができなかったのだ。


「だから、私、セレディンティアに行って、その人が生きているか、確認したいの」

『あ~、なるほど~、そういうことね』


 わずかにロマンスを期待してしまったルクスであったが、安定安心のリンゼイらしい理由だった。


『見た目とか覚えてる?』

「う~ん、兜を脱がせたんだけど、顔全体が腫れていて、酷い有様だったのね。金髪に青い目ってことくらいしか」

『そっか~~』


 名前も知らないどころか、相手の容姿や名前も知らない。途方もない話であった。

 ただ一つ、セレディンティア国の象徴たる白獅子の紋章が鎧に刻まれていたことだけがヒントなのだ。


『見つかるといいね』

「ま、あんまり期待はしていないけれど」


 本気で探そうと思っていないところが、リンゼイらしいとルクスは思った。

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