ゼル・アイスコレッタ
リンゼイの父、モンドは筋肉の檻の中に囚われていた。
腕を組んだ状態の筋肉妖精に囲まれ、薔薇園を進んで行く。
「この人達、本当になんなんですか? セレディンティア国の正規兵なんです?」
「違います。彼女らは、花の妖精です」
「か、彼女ですって!?」
先ほどから何度問いかけても、クレメンテとウィオレケは交互に同じ答えしか返さない。
明らかとなった新たな事実が、この女装した筋肉質な集団が、女性であるということ。
よくよく見てみる。
近くにいた百合の花を胸に飾った者と目が合って、ビクリと体を揺らす。
歩いていた時は鋭い目付きであったが、視線が交わると慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
どう考えても、不可解な存在だった。
理解できないそれらの生き物を、どう呼ぶべきか、モンドはよく知っていた。
「まさか、本当に妖精なのですか?」
雄々しい花の化身、筋肉妖精。
太い腕に腿、握られた拳はごつごつしていて岩のよう。軸のぶれない歩みは戦士のものである。
「これが、妖精……。妖精……!?」
妖精はいい。気にしたら負けだと思う。
それよりも気になる存在は、リンゼイの夫になりたいと望むクレメンテの存在である。
クレメンテ・スタン・ペギリスタイン。
セレディンティア国の第三王子で、いくつもの爵位と多大な資産を持ち、先の戦争で大いなる功績を残した大英雄である。
そんな人物がなぜ、リンゼイに惚れた?
それなりに娘を可愛いと思うモンドであったが、それは親の欲目だと思っていた。
リンゼイは確かに美しい。しかし、社交界に出たら、同じくらい美しい娘はたくさんいる。
賢いほうだが、人間力はどこまでも低い。性格は最悪の部類だ。
薬学に傾倒し、供も連れずに一人で外に出かけることもあった。主な目的は薬草集めであったし、高位妖精の気配を近くに感じていたので守護されているのだろうと思い、モンドは長年放置していた。
しかし先ほど初めて目にした高位妖精ルクスは、なんともユルい存在であった。もっと厳かな存在だと思っていたのだ。
モンドは頭を振る。
まず、理解できる情報の整理からすることにした。
クレメンテを横目で見る。
一番の発見は、彼が正統派の英雄ではないこと。
普通、英雄とは陽の存在である。しかし、クレメンテは陰の存在であった。
先ほどから、殺意のようなものを振りまきながら歩いている。その姿はゆらり、ゆらりと揺れて、黒い靄のようなものが霞んでいた。
普通、そういうものは人には見えないが、モンドは子どもの頃から視えている。
この男は本当に大丈夫なのか。ちらりと見ると、ウィオレケが駆け寄って、クレメンテの手を繋ぐ。
「こ、こら、ウィオレケ!!」
危ない存在に触れてはいけないと注意したが、息子は聞く耳を持たない。
誰も彼も、言うことを聞きやしない。モンドはギリっと奥歯を噛みしめる。
「――おや?」
ジロリとクレメンテを睨みつけたら、あることに気付く。
先ほどの靄が、綺麗さっぱりなくなっていた。
「もしや、ウィオレケが浄化した? いや、まさか!」
魔物を生み出す靄については管轄外である。妻のマリアのほうが詳しい。
いろいろ考えたものの、わからないことだらけであった。
モンドは眼鏡のブリッジを押し上げ、深い深い溜息を吐く。
◇◇◇
リンゼイの父モンドを捕え、人質とした。
異空間で作られた薔薇庭園の術式を解くように脅し……否、お願いをすると、アイスコレッタ家の庭へとたどり着く。
使用人も誰もいない、静かな庭だった。
「なんか、静かなのが、恐ろしいですね……」
魔剣を握ったままのクレメンテが、ポツリと呟く。
「家主たる私からしたら、抜き身の剣を持ち歩いてウロウロしているあなたのほうが、恐ろしいですけれどね!」
筋肉妖精に囚われたままとなっているモンドがぼやく。
「申し訳ありません」
「悪いと思うのならば、解放してください。逃げませんので」
クレメンテはチラリとウィオレケを見る。
「義兄上、ダメだ。父は人質として使うから」
「わかりました」
クレメンテはしゅんとして、申し訳なさそうな表情でモンドに謝っていた。
「すみません、お義父様、少しの間、人質としてご同行いただくことになるかと。申し訳ありませんが、どうかご理解のほど、よろしくお願いいたします」
「だから、私はあなたのお父さんではありませんし、人質として同行いただくというお願いもおかしいですし!」
モンドは叫んだあと、ゼエハアと肩を上下に動かし、息を整えていた。
『リンゼイのお父さん、可哀想……』
唯一、ルクスは同情していた。
案外あっさりと、アイスコレッタ家の玄関まで辿り着く。
「義兄上、ここからが本番だ」
「はい」
クレメンテは手を挙げて、重厚な扉を叩こうとした――が、ギイと不気味な音を立てて、勝手に開く。
「か、勝手に開いた!!」
「こ、これはいったい!?」
家の住人であるウィオレケとモンドが揃って驚いていた。
どうやら、備え付けの仕様ではないらしい。
屋敷の中も静かだった。
普段、誰かが帰って来るとズラリと使用人が出迎えているのに、今日は人の気配すらない。
異変を訝しむモンドが叫ぶ。
「誰かいないのですか? アール、アール、来なさい!」
執事の名を呼ぶが、出てこない。
あざ笑うように、玄関のシャンデリアが揺れる。
カッとなったモンドは、さらに怒った。
「マリア、あなたの仕業ですか? ふざけたことはやめてください!」
「父上、残念ながら、母ではない」
無人の玄関に響く声。
「ゼル!!」
「兄上!!」
モンドとウィオレケが、同時に呼んだ。
すると、玄関にある階段の上部に、魔法陣が浮かぶ。
出て来たのは、ゼル・アイスコレッタ。
リンゼイやウィオレケ同様、秀麗な容姿の青年である。国家魔法師団の白い制服に身を包み、切れ長の目を細め、クレメンテらを見下ろす。
筋肉妖精に囚われているモンドを見ると、笑みを浮かべていた。
「おや、父上、なんとも愉快な状態に」
「不可抗力です」
親子の会話は終了となる。
ゼルはカツンと踵の音を鳴らし、優雅な礼をした。
もちろん歓迎の意は――欠片もない。
「さて、諸事情により、私はここからあなた達を通すわけにはいかなくてね。どうしようか」
「兄上! どうして!」
「私が、メセトニア国の国家魔法師団に所属する、アイスコレッタ家の者だからだよ」
国家魔術師団の師団長はマリアである。上司である師団長に命じられたら従うしかない。
それに、今回の任務は、リンゼイを守ること。
「リンゼイは非常に疲弊した状態で保護されたんだよ。どうして、こんなことになっていたのか、理解に苦しむ」
「違う! 姉上が仕事を独占して、無茶したからだ! 僕も手伝ったら、そんなことには」
「そもそも、研究者が魔力を大量に消費しなければならないほどの労働をすることが、間違っている」
メセトニア国では支援者を集い、資金が集まったら研究を始める。
よって、研究をするために無理な労働をすることなど、ありえないことであった。
「それは、姉上が意地っぱりだから……」
「ウィオレケ、セレディンティア国は、魔法使いが暮らすために適した国ではないんだよ」
「そうだけど……そうだけど、姉上も、義兄上も、自分達の居場所を作るために、らしくないことを、精一杯頑張っていたのに、どうして、誰も、わかってくれないん、だ……」
ポロリ、ポロリと、ウィオレケは涙を零す。
クレメンテは魔剣を鞘に納め、ウィオレケをそっと抱き締めた。
「ウィオレケさん、ありがとうございます」
離れたあと、そっと、ローゼのもとへと連れて行く。
「すみません、ウィオレケさんのことを、よろしくお願いいたします」
『必ず、お守りいたします』
クレメンテは前に踏み出る。
顔を上げ、高みの見物をしているように見える魔法使いの男を見上げた。
ゼルは余裕があるのか、クスリと微笑む。
「大英雄クレメンテ、私と戦うつもりなんだね?」
クレメンテは返事の代わりに、魔剣オスクロを引き抜いた。




