お義父様、リンゼイさんを私にください!!!!!!!!
クレメンテとモンドの間には、緊迫した空気が流れていた。
時折風が吹き、濃厚な薔薇の香りが漂う。
先に声をかけてきたのは――。
「君が、リンゼイの……」
「お義父様!!」
クレメンテはリンゼイの父親を義父と叫んだ。すると、モンドは嫌悪感を露わにさせる。そして、吐き捨てるように言った。
「私はあなたの父親ではありません!」
「そ、そんな……」
クレメンテはがっくりと、肩を落とす。カランと、魔剣オスクロを地面に落としてしまった。
ルクスは大丈夫なのかと、ハラハラしながら見守っている。もちろん、心配しているのはモンドのほうだ。クレメンテがキレたら、何が起こるかわからない。
もしもの時は筋肉妖精に止めてもらうしかないので、ルクスは必死に探していた。
「クレメンテ・スタン・ペギリスタイン。あなたのことを、一応、いろいろと調べさせてもらいましたが……」
モンドはセレディンティア国に密偵を放ち、クレメンテの素性について調査していた。
「はっきり言いまして、リンゼイにあなたはもったいない娘だと思っているのです」
それを聞いた途端、クレメンテは膝から崩れ落ちてしまった。
「た、確かに、リンゼイさんは私にもったいないくらいの素晴らしい女性です……」
『クレメンテ、逆、逆!!』
ルクスの指摘も届いていない。
モンドは眼鏡のブリッジを押さえ、絶望しているクレメンテの姿を見下ろす。
「リンゼイは、自由にさせていました。まあ、言うことを聞かなかったこともありますが……」
美しく、賢くて、気が強い娘が好きなのならば、似たような一族の娘を紹介すると言う。しかし、リンゼイのことは諦めてくれと頭を下げた。
「娘は、最低限の礼儀もなっていない。王族なんて嫁げる器量など欠片もないのです」
『すごい、容赦ない娘批判!』
父モンドの見事な娘を軽んじる発言に、クレメンテの影がグラグラと沸騰するように揺らめいていた。
『うわ、あれ、ヤバいかも?』
ルクスはウィオレケに声をかけてもらおうか迷う。けれど、ちょっと危険な状態に見えた。
光魔法で相殺させるかどうするか。
迷っていると、クレメンテは想定しない行動に出てきた。
「お義父様、どうか、お許しください!!」
立ち上がったクレメンテは、魔剣を握った状態でモンドのもとへ駆けて行く。
「ち、近付かないでください!!」
「お義父様!!」
走り出したクレメンテは止まらない。
もちろん、モンドは逃げる。
「リンゼイさんのことは、大切にします!!」
「け、剣を、捨てたまえ!!」
「お願いします、お義父様!!」
「こ、来ないでください!!」
噴水の周りをくるくると追いかけっこする二人。
ルクスは生暖かい視線を向けていたが、ウィオレケが注意を促す。
「義兄上、剣を持った状態で、父上を追い駆けてはいけない!」
「!!」
ウィオレケの指摘を聞いたクレメンテはハッと我に返る。
何も持っていないつもりでいたのか、しっかりと魔剣オスクロを手に握っていたことに気付き、驚いた顔をしていた。
「お、お義父様、申し訳、申し訳ありません!!」
「だ、だから、私は、あなたのお父さんではありません!!」
話は平行線であった。
モンド自身に敵意はないものの、リンゼイとの結婚は認めていない。
果たして、どうするのか。
「娘が苦労するのをわかっていて、嫁がせる親が世界のどこにいるのでしょう?」
「……」
モンドは自分勝手で我儘な娘を悪く言っているだけではなかった。その言葉の裏には、深い愛があったのだ。
一方、クレメンテは苦労をさせないとは言えなかった。現に、リンゼイは苦労していた。何も言い返す言葉がなく、唇を噛みしめている。
『クレメンテ……いやっ、唇から血が出てる!! ヤバイ、唇噛みすぎヤバイ!! っていうか、負の感情が漲っている!! ヤバい上にヤバイ!!』
クレメンテが危険な状態になっていた。もう、ツッコミが追い付かない状態である。
ルクスは慌ててモンドのもとへ駆け寄る。
「おや、あなたは……?」
『初めまして、リンゼイ沼にハマった妖精、ルクスです』
「リンゼイ沼……?」
『あ、いえ、リンゼイの使い魔でいいです』
ルクスは耳と尻尾をピンと張って、危機的状況を伝える。
『あの、クレメンテですが、リンゼイのことが大好きな変わった人で、結婚を反対されるのならば、リンゼイのために死にに来たって言うんです』
「えっ……」
モンドは首を傾げていた。なぜ、地位も資産もある大英雄クレメンテが、そこまでリンゼイにこだわるのかわからないと。
『クレメンテはリンゼイに命を助けてもらって』
リンゼイとクレメンテのなれそめを伝えたが、それでもモンドは首を縦に振らなかった。
ウィオレケも説得に加わったが、気持ちはなかなか伝わらない。
「……もう、帰りなさい。この薔薇庭園は、アイスコレッタ邸に辿り着かないように魔法をかけてある」
「父上が、こんなに大規模な空間魔法が得意だったなんて」
「レクサク・ジーディンの空間魔法の研究を応用した代物ですよ」
『ああ……』
異空間に繋げた庭に、モンドは趣味の薔薇の栽培を行っているのだ。
ここは世界一広い薔薇庭園だと言える。
リンゼイの元婚約者、レクサク・ジーディンは、ただいまセレディンティア国で拘置されている。
騎士隊の管轄なので、この先どういう処分を受けるかは不明であった。
「まあ、話すことは以上です」
モンドは言う。マリアやゼルに見つかる前に帰ったほうがいいと。
「あの人達は、私みたいに容赦しません。だから……」
「父上、まさか、僕達を保護するつもりでここに?」
問いかけには答えず、ウィオレケの腕を引いて歩きだす。
「父上、何をするんだ!」
「あなたは家に帰るのです」
連れ去られるウィオレケのあとを、メルヴが追い駆けて行った。ヒシっと、腰に抱きついていた。
「嫌だ!! 僕は、義兄上の傍にいる!!」
モンドは踏ん張るウィオレケと、抱きつくメルヴ共々引きずって行く。
ここで、地面に膝をついていたクレメンテがゆらりと立ち上がる。
『あ、危ない!!』
ルクスは叫んで注意を促す。
『具体的に言ったら、リンゼイのお父さん、危ない!!』
クレメンテはとん、とんと、軽やかな足を踏み出す。
あっという間に近付いて、振り返ったモンドにクレメンテは剣の切っ先を向けて言った。
「すみません、ウィオレケさんは嫌がっています。なので、解放していただけますか?」
モンドは振り返り、怒りの形相で言い返した。
「ウィオレケは私の息子です。どう扱おうが、他人であるあなたの口出しすることは許しません!!」
「私は、父の言う通りに生きた結果、苦しみました」
クレメンテは父親の言う通りに戦ってきた。でも、その結果、心は深く傷ついてしまった。
「この子、ウィオレケはまだ子どもですよ!」
「ええ、そうですね……」
ずっととは言わない。満足するまで預からせてもらえないかと、クレメンテは願う。ウィオレケのことはかならず守るとも。しかし剣を向けた状態では、説得力は皆無だった。
「お断りいたします!!」
モンドはきっぱりと言って、歩みを再開させる。
ウィオレケとメルヴはあっさりと、引きずられて行った。
魔剣から、ぶわりと黒い靄が立ち込める。
『うわっ! これ、本当に危険だ!』
危険を感じたルクスは肉球に光を集め、クレメンテの影をポンポンと叩いたが――ジュワッと焼けるような熱を感じて手を引っ込めた。
『あ、熱っ! だ、だめだ、私の力では、とても』
じわじわと、炎のように揺れる影。
打つ手のないルクスは、顔を伏せた。
『クレメンテが、どうしよう。もう――』
絶望しかけたその時、ふわりと、濃い薔薇の香りを含んだ風が流れてくる。
『みなさま~~!!』
モンドの進む方向から現れたのは、筋肉妖精ローゼと、三十名の姉妹達であった。
ド、ド、ドと、地響きと共に、走ってやって来た。今まで、薔薇園の中で迷っていたらしい。
「あ、あれは――!!」
「ローゼ!!」
モンドが筋肉妖精の姿に慄いているうちに、ウィオレケはメルヴを抱き上げて、ローゼのほうに走って行った。
「あれは、いったい……?」
『わたくし達は花の化身。筋肉妖精ですわ』
「まっす、え?」
背中から羽根を生やし、女装した筋肉質なオヤジにしか見えず、モンドは目を凝らして筋肉妖精を凝視していた。
ウィオレケはローゼに願う。隙だらけの父親を捕えるようにと。
「父上を人質にするんだ!! 母上の弱点は父だから!!」
そう叫んだ瞬間、数名の筋肉妖精達が走り出し、モンドを取り囲む。
「な、なんですか!?」
『どうか、わたくし達とご一緒に同行を』
「え、いや、あなた達は、いったい」
モンドは混乱状態であった。いまだ、筋肉妖精の存在を把握できていない。
そのまま、人質として連れて行くことにした。




