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麗人賢者の薬屋さん  作者: 江本マシメサ


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アイスコレッタ家へ

 今夜は月がなく、ルクスが弱体しているので転移魔法は使えない。

 どれどころか、新月は逆に魔法使いの魔力が高まる。なので、明日になってから行こうという話になった。


『――というわけだから、クレメンテ、ゆっくり眠ってね』

「はい」


 返事はしたものの、クレメンテの眼光は鋭く、ギラギラしていた。

 たぶん、今晩は眠らないなとルクスは思い、ウィオレケにお願いをする。


『ね、ねえ、ウィオレケ。よかったら、クレメンテを寝かせてくれる?』

「なんで僕が大人の義兄上を寝かせなきゃいけないんだ」

『お願い。リンゼイの寝かしつけに成功したウィオレケならば、できるはず』

「しっ! 姉上のことは内緒だから」

『あ、そうだったね』


 リンゼイは普段、眠りが浅く、弟を抱いて寝ないと深く眠れない。

 この件に関しては、恥ずかしいことらしく口止めされていたことをルクスは思い出した。


『内緒にしておくから、クレメンテのことよろしく』

「……わかった」


 ウィオレケは立ち上がり、さっそくクレメンテの腕を引いて寝室に誘う。


「義兄上、今日は一緒に眠ろう」

「え、ウィオレケさんとですか?」

『メルヴモ!』


 どうやら三人で眠ることになりそうだ。

 ウィオレケが話しかけると、クレメンテの靄が薄くなっていく。

 どうやら、アイスコレッタ姉弟には、クレメンテの靄を浄化する力があるようだ。


 クレメンテは鎧を脱ぎ、先に寝転がっていたウィオレケの隣に横たわる。

 メルヴは鉢に埋められた状態で眠るので、寝台近くの円卓に置かれていた。


『メルヴ、モウ寝ルネ』

「おやすみ、メルヴ」

「おやすみなさい、メディシナルさん」

『オヤスミ~』


 メルヴのピンと伸びていた葉はしおれ、ぷう、ぷうと鼻風船を作りながら眠る。


「義兄上も寝よう」

「はい」


 クレメンテは瞼を閉じるが、心がザワザワして眠れない。

 リンゼイがいなくなった。

 それだけで、心の安寧を失いつつある。けれど――。


 身を寄せたウィオレケの温もりを感じる。クレメンテは独りではなかった。

 まだ、絶望する段階ではない。

 戦争していた時とも違う。

 今は、一緒に戦ってくれる人達がいる。


 それに気付いたら、ザワついていた心が少しだけ落ち着いた。

 瞼を開き、すぐ近くにいたウィオレケを見る。信頼してくれているのか、すやすやと眠っていた。


 その姿を見ていると、胸がじんわりと温かくなる。

 今まで知らなかった感情だ。


 剣を揮うたびに、勝利を手にするたびに、周囲から人ならざる者として扱われていた。

 それも無理はない。

 魔剣は斬った者の血を啜って鋭さを増し、クレメンテ自身はいくら戦っても疲れることはなく、また、多少の怪我では倒れることもなかった。

 化け物だと、敵陣の兵士は叫んだ。

 味方は誰も、否定しなかった。

 なのに、国はクレメンテを英雄にして、平和の象徴という型に当てはめようとしていた。

 毎日苦しかった。

 心が悲鳴をあげていた。


 だから、安寧を求めて、リンゼイを探しに旅立った。

 クレメンテは運が良かった。メセトニア国で、偶然リンゼイと出会えたのだから。

 今までの一緒にいることができただけでも、奇跡のようなことだと思わなければならないのか。そう思うようにもなる。

 まだ、これから先も一緒にいたいというのは、我儘なのではと。


 けれど、クレメンテは諦めきれなかった。

 我儘でもいい。もう一度リンゼイに会って、聞きたいと思った。


 明日、会えるかどうか。

 アイスコレッタ家の者達は許してくれるのか。


 わからない。

 けれど、今は一人ではない。


 皆で協力すれば、なんとかなるのではと、胸に希望を宿す。


 だんだんと、意識が遠のいておく。


 久々に、クレメンテは熟睡した。


 ◇◇◇


 翌日。

 しっかり朝食を食べ、英気を養った面々はリンゼイ奪還のために気合を入れていた。


 見送るのは、イルとスメラルド。

 クレメンテは着慣れた黒い鎧ではなく、新しく仕立てた白銀の鎧にマントを合わせた姿で現れた。


「で、ででで殿下、ご立派です!!」


 イルは感激しきっていた。その姿は聖騎士のようであると、大絶賛である。

 兜は身に着けなかった。

 きちんと、クレメンテ・スタン・ペギリスタインとして、リンゼイの家族に会おうと思ったのだ。

 その姿は、自信に満ちあふれている。

 唯一、真っ黒な魔剣が禍々しかったが、誰も指摘しない。

 ルクスはスメラルドにブラッシングをしてもらったので、毛並みもツヤツヤであった。

 しかし、朝から目が虚ろで、『行きたくない、リンゼイの実家、すんごく行きたくない……』と呟いている。

 そんなルクスの頭を、メルヴがよしよしと言いながら撫でた。


『猫ノ妖精サン、大丈夫ダヨ。メルヴガ、守ッテアゲルカラ』

『うわ~~ん、メルヴ、ありがとう~~』


 キリリとした顔で言うメルヴに、ルクスは泣きついた。


「なんで自分の家に帰るだけなのに、こんなに気が重いんだ……」


 ウィオレケも憂鬱そうだった。

 しかし、両手で頬を打って、気持ちを入れ変える。


「イル、この家のことは任せます」

「はい、お任せください」


 スメラルドにも、同様の願いを託す。


 転移魔法は、家の前で展開させる。

 何も言わずとも、ローゼを始めとする、筋肉妖精マッスル・フェアリらも出現した。


『き、昨日より増えてる!!』


 筋肉妖精の数は昨晩よりも多くなっていた。

 新たに、クレメンテのリンゼイへの愛を聞きつけ、感動した者達らしい。


 また、勝利への確率がぐっと上昇した。


『多分、アイスコレッタ家は結界を強化していると思うんだよね』

「それは間違いないだろう」


 なので、直接リンゼイのもとへは行けない可能性が大である。


『それどころか、敷地内にも近づけないかも』

『わたくし達もご協力いたします』


 転移魔法の協力を申し出てくれたのは、筋肉妖精達。


『わ、みんな、ありがとう、助かる!』

『お安いご用ですわ』


 クレメンテとウィオレケ、メルヴにルクスは一ヶ所に集まる。

 ウィオレケは離れ離れにならないよう、しっかりとメルヴを抱き上げていた。


『じゃ、行くよ』

「はい、いつでも」

「ルクス、頼んだぞ」

『猫ノ妖精サン、頑張レ~~』


 総勢三十名以上からなる筋肉妖精達は手を繋ぎ、スキップを始める。


 ひらり、ひらりと揺れる筋肉妖精ドレス。

 ちらりと覗くのは、屈強な腿。

 強面の筋肉質なオッサン達にしか見えない妖精が、軽やかに舞いながら魔法補助をしてくれる。


『うっ、ヤバい。筋肉妖精の舞いが気になって、集中力が』

「ルクス、耐えるんだ」

『お、おう……』


 ルクスは頑張って転移魔法を展開される。

 周囲は光に包まれ、一行はメセトニア国のアイスコレッタ家へと移動する。


 魔法は目を閉じた間に発動され、瞼を開いた時には目の前の光景が変わっていた。


 クレメンテは片膝を突いて着地する。逆さまに落ちて来たルクスを優しく受け止めた。

 ウィオレケはメルヴの蔓が衝撃を受け止めてくれた。ゆっくりと地上に立つ。


『ここは――』

「大丈夫だルクス、座標は合っている」


 きちんとアイスコレッタ家の敷地内へとやって来た模様。

 しかし、筋肉妖精達とは離れ離れになってしまったようだ。


『まずは彼女達と合流したいけれど……ごめん、近くにいることはわかるけれど、正確な居場所は探れないや』

「そうか」


 しかし、同じ場所にいてくれること自体は頼もしい。今は、そう思うことにした。


『しかし、ここは――』


 目の前に広がるのは――迷路のようになった薔薇庭園。

 薔薇は咲いておらず、棘のある草木が生い茂るばかりの寂しい風景が広がっていた。


 大規模な庭のようで、ルクスが内部の構造を調べる。

 薔薇はクレメンテの身長と同じくらいの高さがある。通路はそこまで広くない。

 なかなか、閉塞感のある場所であった。


 魔眼を発動していたルクスの耳が、ピクリと動く。


『おっと!』

「ルクス、どうした?」

『いや、ここ、どうやら、侵入者避けに作った場所みたい』

「そんな」


 何か術式がかけてあるのか、調べても魔眼の力が弾き返される。


「もしかしたら、父上の魔法かもしれない」


 リンゼイの父は花を使った魔法の研究をしていた。

 この庭は、研究の集大成である可能性があった。


 クレメンテは魔剣を抜き、警戒しながら進む。

 メルヴが薔薇の植木の上を歩き、道案内してくれた。


 二時間ほど歩いたのか。

 進んでも進んでも、薔薇の蔓と草木から構成された道が続いている。


『モウ少シシタラ、噴水広場ガアルヨ』

『ありがとう、メルヴ。じゃ、そこで一休みしようか』


 広い迷路だった。よくある内部で迷わせて疲れさせるという仕組みではない。

 空間魔法が用いられ、巨大な迷路を作り出していた。

 そのことにルクスは気付いていたが、魔法の核となる物を発見しない限り、ここから脱出はできない。

 噴水が怪しいと、考えていた。


 それから一時間後。やっとのことで噴水広場まで辿り着いたが――。


「あれは――!」

『わ~お』


 噴水広場に立ちはだかる男の姿があった。

 国家魔法研究所の黒い外套に身を包み、きっちりと七対三にわけた髪。キラリと光る銀縁眼鏡の奥に光るのは、リンゼイやウィオレケと同じ翠色の目。

 その人物は――リンゼイの父モンド・アイスコレッタだった。


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