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麗人賢者の薬屋さん  作者: 江本マシメサ


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想定外のできごと

 ここ数日、素材集め、化粧品作り、経営会議と、リンゼイを始めとする一同は忙しい日々を過ごす。


 美容液の他、おしろい、頬紅、口紅、グロスなど、次々と完成していく。


 化粧品の宣伝については、イルの知り合いの令嬢がしてくれることになった。


「実はわたくしめの元婚約者でして、試作品を渡して使ってみたら、大層気に入ったようで、是非とも妖精のフェアリ・化粧品コスメティカを世に広めたいと」

『そっか。それがいいよね。リンゼイに社交界のお付き合いなんて無理無理、絶対無理だから』


 無理を言い過ぎだと、リンゼイに睨まれるが、ルクスは気にしない。

 それよりも、イルの元婚約者という部分がルクス的には大変な興味を惹いていた。真面目な会議の中なので、個人的な質問はできず。

 話はサクサクと進んで行く。

 紳士クラブでの、霊薬も大変な評判だった。

 予約だけで、店の在庫は完売となった。


 その後、一同は地味な作業を行う。

 スメラルドを中心に注文の入った薬を箱に詰め、イルは各家々に配達を行う。

 リンゼイはクレメンテと共に素材集めに向かい、家ではウィオレケと筋肉妖精マッスル・フェアリのローゼが薬と化粧品作りを行う。


 売り上げは好調だった。予約も半年先まで埋まってしまう。

 収入はドッと増えて、研究費も順調に集まった。

 けれども、暇がない。


 創薬の難しい薬はリンゼイが夜一人でせっせと作る。


『リンゼイ?』

「何よ」

『忙し過ぎて、キレてるよね?』

「別に」


 返す言葉に棘があった。確実に不機嫌で、怒っていた。

 好きなはずの創薬も、今は同じ薬を作るだけの単純作業と化している。


『予約もたくさん入って、お客さんもリンゼイのお薬を待っているし、頑張らないとね』

「ええ、そうね」


 ここまで薬や化粧品が売れることは、想定外であった。


 皆、疲れが溜まってくたくたになっていたが、中でもリンゼイが一番疲弊していた。


 薄暗い地下の実験場では、今日もリンゼイが魔法の液体が入った大鍋をかき混ぜている。

 霊薬作りは魔力を地味に消費するのだ。


『魔力回復に関しては、霊薬じゃどうにもならないからねえ』


 リンゼイの不機嫌の一番の原因は、慢性的な魔力不足もあった。

 このままでは、体にも良くない。

 そんな時に、ルクスがある提案をする。


『ねえリンゼイ、自動創薬器を作ったらどうだろう?』

「それって、魔道具を自作するってこと?」

『そうそう』


 魔道具とは、魔石を動力源として動く道具である。

 職人の高い技術と共に製作される物で、その一つ一つは高価な品だ。

 それがあったら安定供給されるのではと言われたが、リンゼイは首を横に振る。


「それは無理。素材によって保有魔力が違うから、毎回調整しながら作っているの。大量生産には向かないわ」

『そうなんだ~。残念』

「霊薬を飲んで、体力と気力を回復してからもうひと頑張りするから」

『でも、それって魔力が回復するわけじゃないし』


 魔力だけは、霊薬ではどうにもならない。

 花の妖精達が作る魔法薬には、魔力を回復されるものもあるが、それは人に与えるのは禁じられているとローゼが言っていた。


 上手くいくことばかりではなかった。世の中、ままならないこともある。


『ちょっと、理想と違った?』

「ええ、そうね」


 皆が笑顔になれる霊薬を作りたいとか、そんなきれいごとは言わない。

 のんびり薬を作って、空いた時間に研究をしようとリンゼイは考えていた。

 しかし、現実は厳しかった。

 霊薬は想定以上の人気を博し、加えて、十分な研究費を得るためには、馬車馬の如く働いて、薬を日夜作らなければならなかった。


 やっとのことで、予定数を完成させた。

 時刻は深夜。

 ウィオレケ以外は皆、まだ働いていた。


「ルクス、スメラルド達に休むように言ってくれる? 私はクレメンテに声をかけるから」

『了解!』


 地下の実験室から一階部分を通過し、二階のクレメンテの執務室へと向かう。

 まだ、灯りが漏れていた。


 コンコンコンと扉を叩くと、すぐに返事があった。

 リンゼイが声をかけると、扉が開かれる。


「リンゼイさん?」

「中、入ってもいい?」

「え、ええ、どうぞ!」


 クレメンテは約束通り、全身鎧姿でいる。

 肩凝りなどしないらしい。むしろ、集中力が高まるというので、驚きの一言だ。


 リンゼイは長椅子に腰かけ、ふうと溜息を吐く。


「リンゼイさん、お疲れですね」

「ええ、ちょっとだけ」


 魔力の消費はどうにもならない。解決策は、夜しっかり睡眠を摂って、空気中に漂う魔力を取り込んで回復させるしかないのだ。


「まあ、他にないこともないけれど」

「それは?」

「人の体液から魔力を奪うの」


 魔導対戦があったその昔、魔力が尽きた魔法使いは、人の血を啜って魔力を得た。

 その存在は恐れられ、吸血鬼と呼ばれた。


 また、人との交わりによって大量の魔力を得る魔法使いを、淫魔と呼んでいた。


「淫魔に吸血鬼……それらは、架空の種族だと思っていました」

「もともとは、魔力不足の魔法使いだったらしいの」

「なるほど……」


 クレメンテはしばし動きを止めたのちに、リンゼイにある提案をする。


「よろしければ、私の血から魔力を吸い取りますか?」

「いいえ、結構よ」


 即答だった。

 メセトニア国では、人の血から魔力を得ることは禁じられている。

 もちろん、淫魔のように魔力を取ることも同様に。


「血の中にある魔力の濃度って、すごく低いの。だから、あなたがカラッカラになるまで、血を呑まなければならないのよ」

「そ、そうだったのですね」

「一晩眠ったらよくなるから、大丈夫」

「わかりました」


 そう、クレメンテが返事をした刹那、不自然に空間が歪む。

 リンゼイは瞼を閉じ、長椅子に倒れそうになった。


「リンゼイさん!?」


 クレメンテが立ち上がって伸ばした手は、突然展開された魔法陣によって弾かれる。


「なっ!?」


 歪んだ空間より、人影が浮かんだ。

 それは、倒れ込んだリンゼイを受け止める。


「――リンゼイ、だから言わんこっちゃない」


 紡がれるのは低い、女性の声。

 長い紫色の髪を後頭部で結び、リンゼイとよく似た容貌の美女。

 『無窮の厄災』の異名を持つ魔法大国メセトニア最強の魔法使い、マリア・アイスコレッタである。


「あなたは、お義母様!?」

「ほう? 君はいつ、リンゼイと結婚を?」

「……」


 親の了承を得ることなく、二人は結婚した。

 クレメンテは言葉が見つからず、しどろもどろになる。


「可哀想に……こんなに魔力を消費させて……」


 リンゼイは人形のように動かなくなってしまった。魔力不足が原因だとマリアは言う。


「少し、君らのことを見させてもらったが、霊薬を作りながら、売り上げだけで研究をというのは、少々無理があったな」


 霊薬の研究は、魔法に理解のあるメセトニア国だからこそ、予算が下りて行えるもの。

 魔法使いのいないセレディンティア国では理解されない分野であり、成果を発表できる場も存在しない。


 そんな中で、研究をすることに意味はあるのか。マリアはクレメンテに問いかける。


 ぐうの音も出ない状況だった。

 クレメンテは多くの資産を有していたが、それを使って研究をすることは、リンゼイの自尊心が許さないであろう。提案しなくてもわかっている。


「大英雄クレメンテよ。君も、気の毒な男だ。都合の良い夫として、娘に利用されていたなんて……」


 そんなことはないと、首を横に振る。


「だが、リンゼイは君に鎧を常につけておくように、命じたのだろう? それは、中の人は誰でもいいということだ」

「違います、リンゼイさんは、違う……」


 声はだんだんと小さくなる。

 鎧に関しては、クレメンテは理由を知らない。自分はこの姿が楽だったので、受け入れていた。


「どうせ、愛のない結婚だろう?」

「それは――」


 夫婦の間に、愛は育まれていなかったが、深い信頼感はあった、ように感じていた。

 けれど、証拠などどこにもない。

 クレメンテの一方的な思い込みである可能性もあった。


「リンゼイは、国に連れて帰ろう」

「それは、いけません!」


 それだけは、絶対に許せないことである。


 クレメンテは素早く魔剣オスクロを抜き、切っ先をマリアへと向けた。

 しかし、その瞬間に、リンゼイの姿はマリア共々消えていく。


 リンゼイはあっさりと、母親の手によって連れ去られてしまった。


 カランと、魔剣を床に落とし、自身も膝を突いた。


 月灯りによって浮かんだクレメンテの影が、ぐらり、ぐらりと不穏な動きを見せていた。


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