表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
麗人賢者の薬屋さん  作者: 江本マシメサ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/46

下僕宣言

「すみません、猫のお嬢さん、恩にきます」

「うふふ、いいのですよ~」


 一応、来客について、スメラルドはリンゼイより怪しい人でなければ通しておくように言われているらしい。


 ルクスの目には不審者にしか映らないが、のほほんおっとりなスメラルドは、お茶とお菓子を出して、丁重にもてなす。


「もしかして、食事のほうがよろしかったらしら~?」

「いえいえ、わたくしめのことは、お気遣いなく!」


 そもそも、朝から来るなど、礼儀作法がなっていない。丁寧にもてなす必要など、欠片もなかった。

 ルクスは訝しみ、魔眼の力で相手の素性を探る。


 名前:イル・セイマール

 年齢:24

 階位クラス:はぐれ騎士

 身分:セイマール侯爵家四男

 属性:無

 装備:黒鋼の鎧、ベロアのマント、長剣、ベルト、道具箱、ナイフ、シャツ、ズボン、他


『あ……うん』


 全身鎧姿で、クレメンテ同様、怪しさしか感じられなかったが、身分は確かな人物であった。

 しかし、いったいどうしてクレメンテを訪ねてやって来たのか。もしかしたら暗殺者の可能性だってあった。仮にそうだとしたら、危険なのはこの青年だろう。

 クレメンテはセレディンティア国内最強の騎士だ。剣のひと振りでやられてしまうに違いない。


 念のため、ルクスは事情聴取をする。


『あの、お兄さんはクレメンテの知り合いですか?』

「いえいえ、知り合いだなんて、とんでもないことでございます」


 全身鎧の青年――イルは首や手を横に振った。ガッチャンガッチャンと、鎧の音がけたたましく鳴る。


『え、じゃあ、知り合いでないとしたら、どういったご関係で?』


 そう尋ねると、イル青年はバン! とテーブルに手を突いて立ち上がり、熱く語り出した。


「殿下は、わたくしの憧れであり、上司であり、尊敬すべき、尊い御方でございます!」


 イルは暗殺者ではなく、大英雄クレメンテの崇拝者だった。

 ならば、結婚式の時のクレメンテの態度も頷ける。おそらく、鬱陶しかったのだろう。


『え~と、お名前を聞いても?』

「はい。わたくしめはイル・セイマール。セレディンティア国国家騎士団に属する者でございます」

『イルさん、ね。で、今日はなんの用?』

「はい。クレメンテ殿下に、お目にかかりたいなと思いまして」

『お目にかかってどうするの?』

「わたくしめを、傍に置いていただきたいなと」

『ふんふん。わかった。ちょっと本人に報告してくるね』

「はい、ありがとうございます。お忙しいところ恐縮ですが、どうかお願いいたします」


 深々と頭を下げる。

 イル・セイマールは侯爵家の子息とは思えない、へりくだった態度をする青年であった。

 根っからの下僕体質なのか、クレメンテの関係者だからか、まだよくわからない。


 女性であるスメラルドをクレメンテの寝室へ向かわせるわけにもいかないので、ルクスがイルについて報告に行く。

 階段を上りながら、クレメンテの世話をする男性使用人が一人いてもいいなと考えていた。ならば、イルの訪問は願ったり叶ったりのこと。


 ウィオレケの部屋の前を通る。


「うわ、姉上、なんでここにいるんだ!? また、寝ぼけて僕の部屋にやって来たんだな!?」

「う~ん、ウィオレケ、朝からうるさい」

「う、うるさいって、いいから早く起きるんだ~~」


 不幸な少年の叫びは聞かなかったことにする。

 ルクスには、クレメンテにイルのことを報告するという大事な任務があった。


 二階部分にあるクレメンテの私室兼寝室の前に辿り着く。リンゼイの部屋の隣だ。


『お~い、クレメンテ~』


 肉球でぺんぺんぺんと、扉を叩きながら声をかける。


『あのね~、イルっていう、クレメンテの元部下? が来ているんだけど~』


 すると、扉は音もなく開かれる。ぬっとわずかに覗かせたクレメンテは、鎧姿であったが、まだ兜は被っていない。


 サラサラの金の髪に、切れ長の青い目。ハッと目が覚めるほど整った顔立ちであるが、目付きは鋭く、近付きがたい印象がある。

 そんなクレメンテに、ルクスは『顔、怖っ!』と突っ込んだあと、再度、用件を話した。


『あのね、セイマール侯爵家のイルって騎士が来ていて、クレメンテに会いたいんだって』

「イル……? 私は会いたくないです。大変申し訳ないのですが、お断りをしてくれませんか?」


 理由を聞くと、ただ一言、面倒くさいと答えた。

 いつもリンゼイと話をする、キラキラとした感じは消え失せている。

 これが素のクレメンテなのだろうとルクスは思った。


『でも、もう家に入れちゃったし~』


 クレメンテにしばし待つように言われ、再度顔を出す。しゃがみ込んで、ルクスに高級板チョコを手渡した。

 実にわかりやすい賄賂である。


『ハッ、こ、これは!』


 しかし、追い返しても、また来るだろう。

 それに、クレメンテの世話や助手を雇わなければならないのではと、ルクスは指摘した。


『リンゼイと一緒に薬屋を商売するんでしょう? だったら、使える人手も必要だよ』

「リンゼイさんと、一緒……」

『そう』

「わかりました」


 リンゼイの名前を出したら、クレメンテはあっさりとイルと会うと言った。


「すぐに支度をしますね」

『あ、うん』


 チョロい。実にチョロい。

 リンゼイを絡めたら、世界でも救いそうな勢いである。


 しかし、あの馬鹿丁寧な態度の青年がいたら、薬屋事業もしやすくなるだろう。

 クレメンテとリンゼイに絶対的に足りないものは――愛想。

 イルならば、良い販売員になりそうだ。


 ついでにリンゼイやウィオレケにも同席を願おうと、声をかけに行く。


「姉上、いい加減に起きるんだ」

「まだ、いいでしょう?」

「よくない!!」


 姉弟はまだ、起きるか寝るかで揉めていた。


 ◇◇◇


 食堂には二つの鎧があった。

 一つは白銀。一つは黒。

 窓から差し込む太陽の光を受けて、輝いている。

 共に、兜の口元部分だけを開いて、モソモソとパンを食べていた。


「それで?」


 リンゼイが不機嫌な様子で問う。低血圧なので、朝はたいてい機嫌が悪い。

 彼女がジロリと睨むのは、黒い鎧のほう。


「あ、はい、奥様。わたくしめは、旦那様のもとに長年お仕えしていた者で、その、これからも、お傍に置いていただけたらなと、思いまして」


 リンゼイは据わった目でイルを見ていた。その冷ややかな視線に耐えきれなかったからか、イルは突然立ち上がり、その場で平伏する。


「も、もちろん、給料がほしいとは申しません。この不肖イル、生涯、無償でお仕えさせていただく所存でございます!! どうか、よろしくお願いいたします!!」


 しんと静まり返る食卓。

 イルは床に額を付けたまま動かない。


 ウィオレケは真面目な顔でルクスに尋ねる。


「この人、どうしたの?」

『いや、私も聞きたい』


 クレメンテは冷え切った空気を察したのか、失礼と一言断って、イルの首根っこを乱暴に掴み、食堂から出て行った。

 二階の私室で話をするつもりなのか、ガッチャンガッチャンと階段を上っていく音だけが聞こえた。


 三十分後――。


「すみません、あの、イルをうちで面倒みることになりました。すみません、勝手に決めてしまって」

「別にいいけれど」


 リンゼイは興味がないようだった。クレメンテは、ひたすら恐縮しきっている。


「でも」


 リンゼイがちらりとイルとクレメンテを交互に見る。そして、一言物申した。


「二人も鎧がいたらちょっと暑苦しいから、どっちか脱いでちょうだい」


 ここはイルが挙手して、鎧を脱ぐことになった。


 イルは使用人らしく、三つ揃えの礼服姿に着替えてやって来る。

 銀色の長い髪を一つに纏め、白い肌、琥珀色の目と、物語に出てくる妖精族のような麗しい外見をしていた。

 女性が好みそうな容姿をしているが、リンゼイはまったく興味を示さなかった。

 二人の顔合わせを人知れずハラハラと見守っていたクレメンテは、わかりやすいほどに安堵している。


 そんな彼に、ルクスは肉球でポンポンと背中を叩きながら声をかけた。


『よかったね、クレメンテ』

「はい!」


 新たな使用人、イルはとてもよく働く好青年であった。

 騎士時代より傍仕えをしていたので、クレメンテの行動もよく理解している。


 スメラルドやイルのおかげで、暮らしもより豊かになりつつあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ