ルクスの魔眼力、最大発揮!
リンゼイの赤竜、レンゲは少し離れた場所に着地していた。
「あ、さすがにここに着地は無理か」
『だよね』
現在、リンゼイらが佇むのは、木々が並ぶ街道である。
レンゲはここより少し離れた、開けた場所に降りたようだった。
リンゼイはぼんやりと立ちつくしているクレメンテを振りかえり、不遜な態度で言った。
「じゃ、クレメンテ、レンゲのところに行くわよ」
堂々たる、主人的な振る舞いに、ルクスは人知れず目を剥いてしまった。
『ちょ、リンゼイってば、天上の人物になんて態度を……』
相手は一騎当千、戦場で出会ったら幻獣種最強の竜でさえ、回れ右をして逃げる豪傑と言われた大英雄である。そんな相手に、リンゼイは名前を呼び捨てにした上に、女王のようについてくるよう命じたのだ。
それよりも、依頼料の前金も払ってないし、契約についても話していない。
現状は雇用主と雇用人の関係ですらないのだ。
さすがに気分を害したのではと、クレメンテの顔を見上げたが――。
「はい、わかりました」
大型犬のように、リンゼイのもとへ駆けて行くクレメンテ。
ルクスは信じられない光景に、わが目を疑った。
この先の世で伝説になるであろう大英雄が、尻尾をぶんぶんと振る犬のような態度でいるなど、ありえなかった。
『ものすごい面食いで、被虐性愛者とか?』
ルクスは魔眼の精度を高める。すると、相手の性癖などを確認することができるのだ。
一部の高位妖精のみ使える秘術である。
ルクスも使うのは初めてだった。
目を細め、じっとクレメンテを見る。魔眼を発動させた。
名前:クレメンテ・スタン・ペギリスタイン
異性の趣味:特になし
性癖:特になし
好きなタイプ:特になし
嫌いなタイプ:特になし
まさかの、『特になし』の連続だった。
『……いや、逆にすごいわ』
人は誰しも、異性に対する好みというものがある。
なのに、クレメンテはそれがいっさいないのだ。
それとなく興味が湧いたので、リンゼイの情報も探ってみる。
名前:リンゼイ
異性の趣味:特になし
性癖:特になし
好きなタイプ:特になし
嫌いなタイプ:特になし
「あ、うん。そうだと思っていた」
リンゼイは薬学一筋十八年なのだ。
色恋沙汰に現を抜かすなど、あり得ないことでもある。
『ある意味、出会うべくして出会った二人というか……』
世間からズレた者同士、惹かれ合ったのかもしれないと理由を付けた。
わからないことだらけであったが、わかったこともある。
確認した結果、彼はリンゼイの容姿に惚れたわけでもなく、女王たる振る舞いに好意を抱いているわけでもない。
それだけは、揺るがない真実であった。しかし、さらなる疑問も浮上する。何か企んでいるのではないかと。
今までの様子を振り返っても、クレメンテの様子に、邪気や悪意などは感じられなかった。
単なるお金稼ぎかと思い、再度魔眼を発動した。
名前:クレメンテ・スタン・ペギリスタイン
爵位:アクロイド公爵、リオネール伯爵、ジルーオル子爵ほか
財産:百九十億オール
所有地:メリア区域十五万平米、サーフノールド区域三十万平米、リノンベイル区域五十一万平米ほか
建築物:アクロイド公爵邸(王都ローランド)、ノヴァ城(メリア区域)、ハルシオン城(リノンベイル区域)ほか
『うわっ、すごっ……』
クレメンテは、一生遊んで暮らせるほどの地位と財産を有していた。
さすが大英雄と言うべきか。
セレディンティア王国は、第三王子でもあるクレメンテに、十分な資産を与えていたのだ。
『へえ~、さすが王族って、いやいやいやいや!!』
余計に深まるクレメンテの謎。
――なぜ、リンゼイに雇われたのか!?
その理由はルクスの魔眼をもっても、探ることは不可能だった。
『――あ』
ふと気付いたら、リンゼイとクレメンテははるか先を歩いていた。
ルクスは慌ててあとを追った。
◇◇◇
赤竜レンゲ。
リンゼイが卵から孵した竜で、十年ほどの付き合いとなる。
切れ長の目は知性の輝きを放ち、鱗は美しく、一枚一枚がルビーのよう。
長い首に大きな翼を生やした、見上げるほどに大きな竜なのだ。
「この子がレンゲ。美人でしょう」
「はい……」
ぼんやりと、竜の姿に見入っているクレメンテの様子に、リンゼイは満足げに頷いた。
世界的に見ても、赤竜は個体数が多く、珍しくない。
けれど、リンゼイにとって自慢の竜なのだ。
レンゲの背には竜専用の鞍が取り付けられており、人間が跨れるようになっている。
竜は馬の上位互換として、軍事利用されていた。
しかし、個体数はそこまで多くない。少数精鋭隊に一頭か二頭、使われるくらいだ。
一応、リンゼイは質問してみる。
「あなた、竜に乗るのは初めて?」
「はい」
ルクスはすかさず確認する。
竜の一体や二体、所持しているのではないかと思ったのだ。
魔眼で竜についての情報を引き出す。
氏名:クレメンテ・スタン・ペギリスタイン
竜討伐数:五十
翼竜:二十二
地竜:十七
赤竜:十
黒竜:一
階位:セレディンティアの竜殺し
『うっわ!』
大英雄の名は見かけ倒しではなかった。
とんでもない数字に、ルクスは震える。
竜を一体倒しただけでもすさまじい強さだと言われる時代に、五十体も討伐していたのだ。
一瞬で、見なかったようにしようと、心に誓う。
クレメンテの内情など欠片も知らないリンゼイは、騎乗方法を説明していた。
「こうガッと跨って、手綱をグッと掴むだけなんだけど」
すさまじく雑な説明であったが、クレメンテは「わかりました」と、従順な返事をしていた。
「ルクス、行くわよ!」
『え、あ、は~い』
もう、ありえないの連続で、放心していたルクスであったが、我に返った時には、二人は竜に跨った状態だった。
手綱を握ったリンゼイが前で、クレメンテは後ろに座っている。
『待って、待って~~』
慌てて駆け寄って、レンゲの背中に跳び乗り、リンゼイのドレスにしがみ付く。
「じゃあ、レンゲ、お願い」
『ぎゅるる』
短い返事をして、レンゲは翼をはためかす。
一回、二回と動かしたら、ふわりと大きな体が浮かんだ。
ゆっくりと浮上し、天と地が大きく離れた状態になると、翼を大きく広げて飛び立つ。
◇◇◇
馬車とは違い、決められた街道を進まなくてもいいので、港街へはあっという間に到着した。
港より少し離れた広場で着地する。
『ふう、何事もなく、よかった』
「何が?」
『魔物がでなくてよかったってこと』
この世界には、魔力の力を受けて、悪しき存在へと成長した生物が数多く存在する。人はそれを、魔物と呼んでいた。
夜に活動が活発になる個体が多いが、魔力が枯渇すると、昼間でも出現する。
魔物は、人の血に溶け込んだ魔力を求めて、襲いかかってくるのだ。
夜に遭遇する魔物よりも、飢えた状態である昼の魔物のほうが危険だとも言われていた。
当然ながら、空にも魔物は出現する。
遭遇しなくてよかったと、ルクスは安堵していたのだ。
『無事に辿り着いて、よかった、よかった、けれど……』
ルクスはちらりと、純白の婚礼衣装を纏うリンゼイを見上げた。
『街中で思いっきり目立ちそうだよね、そのドレス姿』
「そう?」
『うん』
逃げて来た身なので、あまり目立たないほうがいいのではと、ルクスは指摘した。
『薬草箱に着替えは入れていないの?』
リンゼイはドレスの下のガーターベルトに、薬草箱や短剣、毒草袋など、一部物騒な装備を見に付けている。
その中の一つ、薬草箱に着替えが入っていないかと質問した。
「服なんか収納できるわけがないでしょ」
薬草箱とは、採取した薬草を保存する魔道具で、新鮮さを保った状態で維持できる便利な品なのだ。見た目は小さな小箱だが、異次元空間に繋がっており、大量の薬草などを収めることができる。
だが、服などを収納するほどの大きさなはなかったようだ。
「あの、よろしければ、私のマントでも……」
「いいの?」
「はい、ご利用下さい」
真新しく見えるマントは、一角獣の毛皮を妖精の鱗粉で染めた伝説級の装備品だった。
ルクスはとんでもない貸し借りを目の当たりにしながら、震える声で『大切に着るんだよ』と、一言釘を刺しておいた。