表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
麗人賢者の薬屋さん  作者: 江本マシメサ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/46

クレメンテの秘密

 平伏するクレメンテのつむじを、リンゼイは眺めていた。

 左巻きで珍しいな、と思いつつ。


『リンゼイ、今、しようもないこと考えていたでしょう?』

「別に」


 表情から、面倒くさいことになったということが、ありありとわかっていた。

 ルクスは溜息交じりで質問する。


『で、リンゼイ、どうしたいの?』

「どうって、この人、大英雄なんでしょう? 私が独り占めするわけにはいかないし、王族の務めだってあるから、私みたいな性格破綻者が妻だって、周囲も納得しないと思うし」

『性格破綻者って』

「だって、あの元婚約者バカがそう言っていたから」


 その話を聞いたクレメンテは、ぼそりと呟く。


「あの男、リンゼイさんになんてことを……!」

『うおっ!』


 クレメンテの魔剣から、黒い靄みたいな物が噴き出る。


「ルクス、どうしたの?」

『やっ、どうもこうも、ひえっ!』


 これは、人の負の感情が具現化した物。ただし、このように噴き出るほど発生しない。ぼんやりと、見えるか見えないかくらいの、薄いものである。

 尚、これはルクスみたいな妖精や精霊にしか視覚できないものなのだ。


 この靄は、悪いものを引きつける。


 魔剣保持者であるクレメンテは、多くの魔物と同じ混沌の属性にあった。

 今まで、靄が発生したことはなかったが、レクサクと戦ったあとだからだろうか。自身の感情を抑えきれなくなっている。


 ルクスはどうにかして、靄を打ち消そうとした。しかし――発生した靄は、するするとクレメンテの体に吸収されていく。


 普通、これらの靄は霧散し、空気に溶け込む。だが、クレメンテは違った。

 負の感情を自身に取り込み、力として揮う能力があったようだ。

 しかし靄の力は良い方向に働くものではない。


 こういう風に負の力を得る唯一の存在を、ルクスは知っていた。しかし、それは声に出すのも恐ろしい存在である。


 取り込んだ靄は、クレメンテの影をゆらり、ゆらりと歪めていく。


 どうにかしなくては。

 慌ててリンゼイに助けを求めた。


『うわっ、これ、やばいやつだ! リ、リンゼイ、いいからクレメンテ独占しちゃいなよ! なんかいろいろ言っていたけれど、す、好きなんでしょう?』

「好き?」

『そ、そう!』


 リンゼイはじっとクレメンテを見る。

 ルクスは心の中で叫んだ。嘘でもいいから好きだと言ってくれ! と。


「私、そういうの、よくわかんない」

『ですよねーー!』


 やはり、リンゼイではどうにもできなかった。ルクスはがっくりと、落ち込んでしまう。

 ルクスは光属性である。一応、クレメンテの暴走は抑えきれる。でも、限度があるのだ。

 契約もない状態でリンゼイのもとに現界しているので、力も十分ではない。


『私、消えちゃうかも』

「何よ、それ」

『リンゼイがクレメンテを選ばないのなら、消えちゃうってこと』

「はあ?」

『いいから選んで。答えは一つでしょう?』


 クレメンテを選ぶか選ばないか。

 もしかしたら、この国――否、世界の存亡もかかっているかもしれない。


『なんていったって、クレメンテは魔王の器だから~~!!』


 ということは、叫ぶことができるわけもなく、ルクスは緊張しつつリンゼイの選択を待つ。


「ねえ、クレメンテ」

「はい」

「あなた、今まで国のために、十分頑張ったわよね?」

「え、あ……はい。個人的には、頑張った、かなと」

「じゃあ、王族の役割とか、どうでもいいわよね?」

「はい。リンゼイさんに会う旅に出る前に、継承権は返上しましたし、いろいろと、やるべきことは済ませましたので……。その、爵位と資産の返上は受け付けてくれませんでしたが」


 爵位に関する言葉は、早口で誰も聞き取れなかった。


「そう。だったら――」


 リンゼイはクレメンテに手を差し伸べる。

 そっと、遠慮がちに出された手を、ぐっと掴んで一緒に立ち上がった。


「クレメンテ、今度は私のために、頑張ってくれる?」

「リンゼイさん!」


 感極まったクレメンテは涙目になっていた。

 暗くなっていた表情はパッと晴れて、笑顔を見せている。


 靄に憑りつかれていた影は、一瞬にして元通りになった。


『うわ、すごっ……』


 あっという間に、クレメンテの混沌の気は散り散りになってなくなった。

 リンゼイの一言が、黒い負の感情を浄化したのだ。


『でも、リンゼイったら、私のために頑張ってって……』


 リンゼイらしいといえば、らしい。それに、言われたクレメンテは嬉しそうだった。満面の笑みを浮かべている。

 根っからの忠犬なのだろう。そう思うしかない。


 互いに見つめ合う状態で、リンゼイはルクスすら想像していなかったことを言う。


「私は、あなたのために頑張るから」


 これが夫婦なのだと、笑顔で話す。

 ルクスも涙目になっていた。あの自分勝手なリンゼイが、他人を慮ることを覚えたと。


『よかった、よかった……!』


 しかし、最後の最後で、リンゼイは余計なことを言う。


「でも、素顔だとなんかしっくりこないから、明日からは鎧姿でお願いね」

『リンゼイ……やっぱり酷い』


 リンゼイにとって、クレメンテは全身鎧姿が基本のようだった。

 しかし、その要望にもクレメンテはもちろんと言って、笑顔で頷いたのだった。


 ◇◇◇


 翌日。


「ふんふんふん~うふふ~」


 歌いながら台所に立つのは、猫獣人のスメラルド。

 上機嫌で、今日も朝から料理をする。


 リンゼイは堅焼きの目玉焼き。

 クレメンテはリンゼイと同じもの。

 ウィオレケはふわふわのオムレツ。

 ルクスは甘い味付けの炒り卵。


 それそれの卵料理を作っていく。


『おっはよ~ん』

「おはようございます、ルクス様」

『様は付けなくてもいいのに~~』


 朝食の匂いにつられたルクスは、台所に顔を出す。

 スメラルドの食事は世界一おいしい。リンゼイの引きの強さを、感謝することになる。


『いや~~、平和だね~~』

「ええ、そうですねえ~~」


 スメラルドがのんびりとした口調で返した刹那、ドンドンドンと、扉を叩く音が聞こえた。


「あら?」

『ええ、こんな朝から、誰?』


 まだ、リンゼイの店は開店していない。

 住所も誰にも教えていなかったはずだ。


 もう一度、ドンドントンと扉が叩かれた。


『いや、なんか、この叩き方に既視感が……』

「お知り合いですか?」

『私の知り合いじゃなくて……』


 その覚えは、リンゼイとクレメンテのとんでもない結婚式にまで遡る。

 途中に現れた、謎の鎧男。


「ちょっと覗いてきますね」

『あ、私も行く!』


 このまま扉を叩かれたら、壊れそうだった。それくらい、大きな物音だったのだ。

 スメラルドは長い尻尾を揺らしながら、玄関まで向かって行く。


 三度目の扉を叩く音に、おっとりと返事をした。


「は~い。少々お待ちくださいませ~」

『あ、出ちゃうんだ……』


 覗くだけと言ったが、スメラルドは訪問者を迎え入れてしまった。


『まあ、扉が壊れて侵入されるよりはいいけれど』


 扉を開くと、そこにいたのは、クレメンテの纏う鎧に似た物を纏った騎士だった。

 カタカタと、不審なほどに震えている。


『あ、やっぱり、この前結婚式に来た、クレメンテが分裂したみたいな鎧の人』

「!」


 玄関に立ちつくしていた鎧の男は、ばっと床に這いつくばり、ルクスの視線と同じ状態になる。


『ヒエッ!』

「あ、あの!」

『な、何?』

「で、でで、殿下、クレメンテ殿下は、こ、こ、こちらにおわすのでしょうか?」

『あ、うん。いるっちゃいるけれど』

「!!」


 這いつくばった姿勢のまま、鎧の男はさらに震え出す。

 紛うことなき、不審者の姿であった。

 そんな男に、スメラルドは優しく話しかける。


「どうぞ、中へ。温かい紅茶を飲んで、落ち着いてくださいな~」

『あ、その人、中に入れちゃう?』


 スメラルドは、謎の鎧男を家の中へと招き入れてしまった。

 ルクスはもういいやと諦める。


 きっと、クレメンテがどうにかするだろうと、そんなことを考えながら。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ