表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/46

リンゼイの想い

 本契約を済ませたので、三階建ての店舗兼住居はクレメンテの所有物となる。

 表向きは賃貸だが、建物自体をクレメンテの隠し財産で買い取ったようだった。

 以上の情報はルクスの魔眼で明らかとなるが、リンゼイやウィオレケには黙っておく。

 メルヴの浄化魔法のおかげで、内部はピカピカだった。

 そこに家具を持ちこんで、生活できるように整える。

 店舗も、オーク材のオシャレな棚を買い、ぐっと店らしくなった。

 リンゼイは霊薬エリキサが直射日光を浴びても劣化しないよう、棚に呪文を刻む。

 こうすれば、在庫を地下で保存しなくても済むのだ。


 リンゼイは店らしくなった店内をクレメンテと見て回り、満足げに頷きながら言う。


「店はこんなものかしら」

「はい。とても、素敵かと」


 リンゼイはクレメンテにお礼を言う。おかげで、理想的な内装に仕上がったと。


「いえ、私は不器用ですし、正直役に立っていたか……」

「そんなことないわ。魔法塗料を塗る作業とか、すごく助かったし」


 魔法塗料――砕いた魔石をペンキに混ぜたもので、それを塗ってから呪文を刻むと、効果が長持ちする。

 主に、魔道具製作に使われる道具だが、濃度の高い魔力が含まれているため、拒絶反応を示す魔法使いは多い。

 リンゼイも扱うのは苦手だった。

 一方、クレメンテはもともと魔防が高いようで、魔法塗料も難なく扱っていた。


「ありがとう」

「お、お役に立てて、嬉しいです」


 そんな夫婦の微笑ましいやりとりを見て、ルクスがぼそりと呟く。


『ああ、クレメンテが、どんどんリンゼイ沼に……』

「いや、もう、手遅れだろう」


 ウィオレケは冷静に突っ込む。


 昼からは森に霊薬の材料を取りに行く。

 リンゼイとクレメンテは二人で馬に相乗りし、向かった。


 大丈夫なのかと、心配するルクスとウィオレケの見送りを受けながら。


 ◇◇◇


 リンゼイを前に乗せ、クレメンテが手綱を操り、森の中を駆けて行く。


「森の奥のほうが、いい薬草が採れるの」

「そうなんですね」


 人里離れた森には、魔力が多く含まれた薬草が自生している。

 魔力が豊富に含まれた薬草を使うと、高品質の霊薬が完成するのだ。


 一時間走り、湖のほとりで馬を休憩させる。

 クレメンテはマントを外し、リンゼイに座るよう勧めてくれた。


「ありがとう」

「いえいえ、これくらい、お安いご用です」


 リンゼイは敷いてくれたマントに座り、静かな湖を眺める。

 ふと、クレメンテが立ったままだということに気付いて、隣に座るよう命じた。


 お利口な犬のごとく、クレメンテはお座りをする。


「ねえ、クレメンテ、あなた」

「はい?」


 リンゼイは日々、疑問に思っていたことを口にした。


「どうして、私にここまでしてくれるの?」

「え!?」

「やっぱり、私の顔が好きだから?」


 ガチャリと、大きく鎧の音が鳴るほど、クレメンテは驚いた反応を示す。


「今まであまり気にしたことがなかったけれど、私、顔が特別に綺麗なんですって」

「えっと、はい、そうだと、思います」


 クレメンテは正直に、思っていたことを告げる。


「でも、顔がいいのも、今のうちだけだと思うのよ」


 人は老いる。

 美しい容貌も、年追うにつれて、劣化していくのだ。


「老いて、美しさを失ったら、残るのは、性格だけ」

「……」

「私って、変わっていて、いけすかないらしいのよ」


 婚約者に言われたことだけどと、付け加えておく。


「親とも縁が切れたし、財産もないし、この先、霊薬を売る事業だって、成功するかもわからない」


 何が言いたいのかというと、この先、リンゼイと一緒にいても利益はないのだと、伝えたかったのだ。


「あなたはいい人だから、私みたいなのと、一緒にいないほうがいいんじゃないかって、思ったの。なんだか、気の毒で」


 ウィオレケにも、何度か指摘されていた。リンゼイはクレメンテをいいように利用しているだけだと。相手が優しいからと、我儘ばかり言ってはいけないとも。


「私のやりたいことを、視線を送っただけで気付いてくれたり、霊薬についても、応援してくれたり、こうして、薬草摘みに付き合ってくれる人なんて、あなたぐらい。世界中探しても、いないと思うわ」


 そのうち、手放せなくなる。

 どんどん頼って、クレメンテなしでは生きていけなくなったりするのは、恐ろしい。


「だから、そうなる前に、あなたから嫌われる前に、はっきりさせておかなきゃって思って……」


 言葉はだんだん小さくなり、しぼんでいく。珍しく、気弱な発言であった。

 顔を伏せるリンゼイに、クレメンテは慌てて言葉を返した。


「あ、あの、リンゼイさん、私、嫌じゃないです」

「そのうち、嫌になるんだってば」


 ぶんぶんと、クレメンテは首を横に振った。


「クレメンテ、あなたは気付いていないだけで……」

「そんなこと、ありません」

「どうして?」


 リンゼイはクレメンテを見る。


「それは――」

「理由がわからないと、私も納得できない」


 クレメンテは観念したのか、ポツポツと話し始める。


「実は、先の戦争で、一回死にかけまして……」


 戦いの中で、活躍すればするほど畏怖され、人としての扱いを受けなくなった。

 感情も薄くなっていき、機械的に戦う毎日を過ごす。

 そうなると、国は次第にクレメンテを兵器の一つとして認識していった。


 もうどうでもいいと思い、クレメンテはがむしゃらに戦う。

 ボロボロになっても、立ち止まらなかった。

 しかし、ついに彼は倒れてしまう。


「腕は千切れかけ、肺には槍が刺さり、片脚はどこにあるのやら。立ち上がれなくなって、そのあと、どんどん屍の中に埋まっていくという、そんな状況になりまして――」

「あなた、よく生きていたわね」

「はい」


 ここで死のう。

 それが自分に相応しい最期だ。

 クレメンテはそう思っていた。なのに、助けの手が差し伸べられたのだ。


「けれど、私はその手を拒絶しました」


 生きていても、つまらない。

 戦争が終わったら、自分は価値のない存在になる。

 このまま、死ぬのが一番だと思っていた。


「けれど、その人は言ったんです。楽しいことを知らないだけだと。さらに、面白いことを私にたくさん教えてくれると」


 そこに、クレメンテは生きる希望を見出した。


「三年前、死にかけた私に手を差し伸べてくれたのは――リンゼイさん、あなたです」

「は、はあ!?」

「あの時、特製のお薬をいただいた者なのですが」

「……」


 リンゼイは腕を組む。眉間に皺を寄せ、記憶を甦らせた。

 三年前、戦場で死にかけを大霊薬で助けたことは、記憶にあった。


「嘘でしょう?」

「ええ、驚きました」


 やるべきことは三年で片付け、クレメンテはリンゼイに会うために、メセトニア国まで単独でやって来たのだ。


「まさか、あなたが探していた人って――!?」

「はい、リンゼイさんです。我ながら、無謀な旅でした」


 なんせ、覚えているリンゼイの特徴は、魔法使いであること、髪の色が紫で、緑の目をしていること。それから、赤い竜に乗っていたこと。それだけだった。


「街中でぶつかった時、もしかしてあの時の魔法使いではないのかと、ピンときたんです」


 緑色の強い眼差しを見て、そうではないかと思ったのだと話す。


「なんていうか、すごい偶然よね」

「本当に」


 クレメンテは姿勢を正して話す。


「リンゼイさんと出会ってから、本当に、毎日が楽しくて仕方がなくて、こんなに幸せでいいのかなって、思っています」

「そ、そうなの?」

「はい」

「私の性格とか、嫌にならない?」

「いいえ、まったく。逆に、私のことは、嫌になりませんか?」

「どうして?」

「その、つまらない人間なので」

「ああ、そういう卑下するところはつまらないかもね」


 クレメンテはがっくりと、肩を竦める。


「ごめんなさいね。私、思ったことは口にするから」

「いいえ、悪いところは、今のように、指摘してくださるとありがたいです。自分では、気付かないものですので」


 最後に、クレメンテは頭を下げる。


「これからも、よろしくお願いいたします」


 それを聞いて、リンゼイはやっと安心することができた。

 同じように、頭を下げる。


「こちらこそ、これからもよろしく」


 こうして、夫婦は少しだけ、わかりあえたのだ。


 ◇◇◇


 休憩後、リンゼイとクレメンテは薬草摘みを行う。


「緑の霊薬に使う材料は、シシリ草、精製水、井戸水、竜の湖水、朝露、果実酒、白紅花の根、なんだけど……」


 ここでは、シシリ草と白紅花の根を探す。


「青の霊薬の材料は、竜の湖水、青い鳥の羽根、妖精の涙、ライチーの実」


 ほとんどの材料は森で採れない。

 真っ赤な実を付けるライチーは、自生している物を探すのは難しい。なので、市場に売っている物を使う。


「赤の霊薬の材料は、炎熱フロガ石、曼珠沙華の花」


 曼珠沙華は秋にしか採取できない。リンゼイが去年の秋に採った物があるので、それを使う。

 炎熱石も同様に、以前採石したものがある。


 クレメンテはリンゼイに薬草を教えてもらい、草木をわけ入って、一生懸命探す。


 三時間後。

 籠いっぱいに薬草などを集めた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ