リンゼイの想い
本契約を済ませたので、三階建ての店舗兼住居はクレメンテの所有物となる。
表向きは賃貸だが、建物自体をクレメンテの隠し財産で買い取ったようだった。
以上の情報はルクスの魔眼で明らかとなるが、リンゼイやウィオレケには黙っておく。
メルヴの浄化魔法のおかげで、内部はピカピカだった。
そこに家具を持ちこんで、生活できるように整える。
店舗も、オーク材のオシャレな棚を買い、ぐっと店らしくなった。
リンゼイは霊薬が直射日光を浴びても劣化しないよう、棚に呪文を刻む。
こうすれば、在庫を地下で保存しなくても済むのだ。
リンゼイは店らしくなった店内をクレメンテと見て回り、満足げに頷きながら言う。
「店はこんなものかしら」
「はい。とても、素敵かと」
リンゼイはクレメンテにお礼を言う。おかげで、理想的な内装に仕上がったと。
「いえ、私は不器用ですし、正直役に立っていたか……」
「そんなことないわ。魔法塗料を塗る作業とか、すごく助かったし」
魔法塗料――砕いた魔石をペンキに混ぜたもので、それを塗ってから呪文を刻むと、効果が長持ちする。
主に、魔道具製作に使われる道具だが、濃度の高い魔力が含まれているため、拒絶反応を示す魔法使いは多い。
リンゼイも扱うのは苦手だった。
一方、クレメンテはもともと魔防が高いようで、魔法塗料も難なく扱っていた。
「ありがとう」
「お、お役に立てて、嬉しいです」
そんな夫婦の微笑ましいやりとりを見て、ルクスがぼそりと呟く。
『ああ、クレメンテが、どんどんリンゼイ沼に……』
「いや、もう、手遅れだろう」
ウィオレケは冷静に突っ込む。
昼からは森に霊薬の材料を取りに行く。
リンゼイとクレメンテは二人で馬に相乗りし、向かった。
大丈夫なのかと、心配するルクスとウィオレケの見送りを受けながら。
◇◇◇
リンゼイを前に乗せ、クレメンテが手綱を操り、森の中を駆けて行く。
「森の奥のほうが、いい薬草が採れるの」
「そうなんですね」
人里離れた森には、魔力が多く含まれた薬草が自生している。
魔力が豊富に含まれた薬草を使うと、高品質の霊薬が完成するのだ。
一時間走り、湖のほとりで馬を休憩させる。
クレメンテはマントを外し、リンゼイに座るよう勧めてくれた。
「ありがとう」
「いえいえ、これくらい、お安いご用です」
リンゼイは敷いてくれたマントに座り、静かな湖を眺める。
ふと、クレメンテが立ったままだということに気付いて、隣に座るよう命じた。
お利口な犬のごとく、クレメンテはお座りをする。
「ねえ、クレメンテ、あなた」
「はい?」
リンゼイは日々、疑問に思っていたことを口にした。
「どうして、私にここまでしてくれるの?」
「え!?」
「やっぱり、私の顔が好きだから?」
ガチャリと、大きく鎧の音が鳴るほど、クレメンテは驚いた反応を示す。
「今まであまり気にしたことがなかったけれど、私、顔が特別に綺麗なんですって」
「えっと、はい、そうだと、思います」
クレメンテは正直に、思っていたことを告げる。
「でも、顔がいいのも、今のうちだけだと思うのよ」
人は老いる。
美しい容貌も、年追うにつれて、劣化していくのだ。
「老いて、美しさを失ったら、残るのは、性格だけ」
「……」
「私って、変わっていて、いけすかないらしいのよ」
婚約者に言われたことだけどと、付け加えておく。
「親とも縁が切れたし、財産もないし、この先、霊薬を売る事業だって、成功するかもわからない」
何が言いたいのかというと、この先、リンゼイと一緒にいても利益はないのだと、伝えたかったのだ。
「あなたはいい人だから、私みたいなのと、一緒にいないほうがいいんじゃないかって、思ったの。なんだか、気の毒で」
ウィオレケにも、何度か指摘されていた。リンゼイはクレメンテをいいように利用しているだけだと。相手が優しいからと、我儘ばかり言ってはいけないとも。
「私のやりたいことを、視線を送っただけで気付いてくれたり、霊薬についても、応援してくれたり、こうして、薬草摘みに付き合ってくれる人なんて、あなたぐらい。世界中探しても、いないと思うわ」
そのうち、手放せなくなる。
どんどん頼って、クレメンテなしでは生きていけなくなったりするのは、恐ろしい。
「だから、そうなる前に、あなたから嫌われる前に、はっきりさせておかなきゃって思って……」
言葉はだんだん小さくなり、しぼんでいく。珍しく、気弱な発言であった。
顔を伏せるリンゼイに、クレメンテは慌てて言葉を返した。
「あ、あの、リンゼイさん、私、嫌じゃないです」
「そのうち、嫌になるんだってば」
ぶんぶんと、クレメンテは首を横に振った。
「クレメンテ、あなたは気付いていないだけで……」
「そんなこと、ありません」
「どうして?」
リンゼイはクレメンテを見る。
「それは――」
「理由がわからないと、私も納得できない」
クレメンテは観念したのか、ポツポツと話し始める。
「実は、先の戦争で、一回死にかけまして……」
戦いの中で、活躍すればするほど畏怖され、人としての扱いを受けなくなった。
感情も薄くなっていき、機械的に戦う毎日を過ごす。
そうなると、国は次第にクレメンテを兵器の一つとして認識していった。
もうどうでもいいと思い、クレメンテはがむしゃらに戦う。
ボロボロになっても、立ち止まらなかった。
しかし、ついに彼は倒れてしまう。
「腕は千切れかけ、肺には槍が刺さり、片脚はどこにあるのやら。立ち上がれなくなって、そのあと、どんどん屍の中に埋まっていくという、そんな状況になりまして――」
「あなた、よく生きていたわね」
「はい」
ここで死のう。
それが自分に相応しい最期だ。
クレメンテはそう思っていた。なのに、助けの手が差し伸べられたのだ。
「けれど、私はその手を拒絶しました」
生きていても、つまらない。
戦争が終わったら、自分は価値のない存在になる。
このまま、死ぬのが一番だと思っていた。
「けれど、その人は言ったんです。楽しいことを知らないだけだと。さらに、面白いことを私にたくさん教えてくれると」
そこに、クレメンテは生きる希望を見出した。
「三年前、死にかけた私に手を差し伸べてくれたのは――リンゼイさん、あなたです」
「は、はあ!?」
「あの時、特製のお薬をいただいた者なのですが」
「……」
リンゼイは腕を組む。眉間に皺を寄せ、記憶を甦らせた。
三年前、戦場で死にかけを大霊薬で助けたことは、記憶にあった。
「嘘でしょう?」
「ええ、驚きました」
やるべきことは三年で片付け、クレメンテはリンゼイに会うために、メセトニア国まで単独でやって来たのだ。
「まさか、あなたが探していた人って――!?」
「はい、リンゼイさんです。我ながら、無謀な旅でした」
なんせ、覚えているリンゼイの特徴は、魔法使いであること、髪の色が紫で、緑の目をしていること。それから、赤い竜に乗っていたこと。それだけだった。
「街中でぶつかった時、もしかしてあの時の魔法使いではないのかと、ピンときたんです」
緑色の強い眼差しを見て、そうではないかと思ったのだと話す。
「なんていうか、すごい偶然よね」
「本当に」
クレメンテは姿勢を正して話す。
「リンゼイさんと出会ってから、本当に、毎日が楽しくて仕方がなくて、こんなに幸せでいいのかなって、思っています」
「そ、そうなの?」
「はい」
「私の性格とか、嫌にならない?」
「いいえ、まったく。逆に、私のことは、嫌になりませんか?」
「どうして?」
「その、つまらない人間なので」
「ああ、そういう卑下するところはつまらないかもね」
クレメンテはがっくりと、肩を竦める。
「ごめんなさいね。私、思ったことは口にするから」
「いいえ、悪いところは、今のように、指摘してくださるとありがたいです。自分では、気付かないものですので」
最後に、クレメンテは頭を下げる。
「これからも、よろしくお願いいたします」
それを聞いて、リンゼイはやっと安心することができた。
同じように、頭を下げる。
「こちらこそ、これからもよろしく」
こうして、夫婦は少しだけ、わかりあえたのだ。
◇◇◇
休憩後、リンゼイとクレメンテは薬草摘みを行う。
「緑の霊薬に使う材料は、シシリ草、精製水、井戸水、竜の湖水、朝露、果実酒、白紅花の根、なんだけど……」
ここでは、シシリ草と白紅花の根を探す。
「青の霊薬の材料は、竜の湖水、青い鳥の羽根、妖精の涙、ライチーの実」
ほとんどの材料は森で採れない。
真っ赤な実を付けるライチーは、自生している物を探すのは難しい。なので、市場に売っている物を使う。
「赤の霊薬の材料は、炎熱石、曼珠沙華の花」
曼珠沙華は秋にしか採取できない。リンゼイが去年の秋に採った物があるので、それを使う。
炎熱石も同様に、以前採石したものがある。
クレメンテはリンゼイに薬草を教えてもらい、草木をわけ入って、一生懸命探す。
三時間後。
籠いっぱいに薬草などを集めた。