謎の脅威
怪植物、メルヴは完治したようで、葉っぱもツヤツヤ、根の部分も張りが戻っていた。なので、鉢から出すことになった。
ウィオレケが引っこ抜く。
『プハー!』
メルヴはすっきりしたというご様子。
風呂場で泥を落とす。水分はすべて吸収していた。
メルヴは頭を下げて、ウィオレケにお礼を言う。
『スッキリシタ~。アリガトウネ~』
「いや、別に」
鉢に埋まっていたからか、歩こうとしたらふらつく。
ウィオレケは溜息を吐きながら、手を貸してあげた。
『坊チャン、優シイ……』
「別に、普通だから」
メルヴとウィオレケは手を繋ぎ、居間へと戻って行った。
◇◇◇
昼食後、御一行は問題の店に向かった。
高級宿より徒歩十分ほど。
美人なリンゼイに、全身鎧なクレメンテ、美少年なウィオレケに、二足歩行の草と猫という一団は、ひたすら目立っていた。
おかしな組み合わせなので、すれ違う人々は目を合わせないようにしている。
せっかちなリンゼイは先導するクレメンテよりも速く歩くので、ウィオレケはメルヴを両手で抱えて移動する。
道案内のクレメンテはなぜか置いていかれる。
「……リンゼイさんは物件をご存知なのでしょうか?」
『知らないと思う。でも、勘で探しちゃうんだよね』
それでたまに迷子になる。
その一言を聞いて、クレメンテは慌ててリンゼイに追いついた。
宝石店から路地裏に入ると、花壇や木々などで綺麗に整備された小道に出る。行きあたった先は小川。その角を曲がったら、数軒建物がある。一番奥にあるのが、今回クレメンテが探し出した物件だ。
褐色の屋根瓦と白い壁、出窓には透かしの花模様があしらわれている。
三階建てで、築三十年には見えない綺麗な外観であった。
リンゼイは建物を見上げ、ぼそりと呟く。
「ここ、いるわね」
『う~ん、まあ、いるね』
メルヴは何も感じないのか、葉を揺らすばかり。
ウィオレケはルクスに訊ねる。
「ルクス、何か魔眼で覗けないか?」
ルクスは耳をピンと伸ばし、ぐっと目を凝らしつつ尻尾を振りながら魔眼の力を展開させる――が。
『あ~、いや、たぶん私より高位の存在だわ。無理。なんも視えない』
「ええ……」
それを聞いたリンゼイは杖を取り出した。ウィオレケはメルヴを地面に下ろし、異空間に収納していた杖を手にする。
クレメンテは魔剣の柄に手をかけた。
『いや、倒す気まんまんじゃん!』
「だって、害を与えていたんでしょう? 高位の存在ならば、なおさらこちらの話を聞くとは思えないわ」
『いやいや、高位の存在だから、諦めるとかの選択はないのかと』
「ないわ」
ちなみに、ウィオレケだけは交渉のために杖を出したのだと、補足していた。決して、力ずくで解決しようとは思っていなかったと。
「とりあえず、相手の出方を見てからね。無理そうだったら、即撤退。危なそうだったら、ルクス、転移魔法で逃げる手伝いをしてくれるかしら?」
『それは、まあ、いいけれど』
他の人にも、同意を求める。クレメンテは聞くまでもない。リンゼイのすることに、コクリと頷くだけだ。一応、確認はしていたが。
「ウィオレケ、あなたは?」
「精霊か妖精か知らないけれど、きちんと敬意を払って、絶対に喧嘩を売らないこと」
「わかっているわよ」
「怪しい……」
しかし、リンゼイが「大霊薬に懸けて」と口にしたので、それを信用することにした。
まず、リンゼイが杖でコンコンと取っ手を叩く。
すると、バリッと電気が走った。
発生した雷撃は地上からリンゼイの目の前を通過し、天に上がっていった。
『わ、わ~お!』
「あねう、これは……」
「ふうん。さっそくの歓迎ってわけ?」
リンゼイはクレメンテに目配せをする。
即座に意思の疎通を図る。
「クレメンテ、せーので行くわよ?」
「リンゼイさん、わかりました」
『ん? せーの?』
ルクスとウィオレケは理解できず、首を傾げる。
「せ~のっ!!」
かけ声と同時に、足を上げるリンゼイとクレメンテ。
足は前に突き出され、衝撃を受けた扉は蹴破られた。
『ひ、ひええええ!!』
「なんてことだ」
メルヴも両手を挙げ、『ワア!』と驚く。
倒れた扉の向こうは、無人である。
かつて商売をしていたから、棚があり、代金を支払うカウンターなどもあった。
誰も足を踏み入れていなかったので、内部は埃だらけ。
『っていうか、魔法に力技で対抗するの、止めようよ』
「姉上だけじゃなく、兄上まで、本当にひどいな」
ルクスの願いは聞き入れらえることはなかった。二人はすでに、次なる行動に移していたからだ。
まず、クレメンテが足を踏み入れる。
一階部分に誰かがいるような気配はなかった。
「上のようですね」
「ええ」
クレメンテは野生の勘で、建物の中の存在を読み取った。
「げほっ、げほっ!」
ウィオレケは埃を吸い込み、咳が止まらなくなっていた。
『坊チャン、大丈夫?』
「あ、ああ、平気……」
メルヴが心配そうに覗き込んでいた。
「昔から、埃っぽいところにいると、こんな風に、げほっ!」
「ウィオレケ、あなた、外で待っていなさいよ」
「嫌だ」
リンゼイも頑固だが、ウィオレケも相当な頑固者である。
姉弟は睨み合い、互いに引かない。
クレメンテはオロオロするばかり。
ルクスが仲裁しようとした瞬間、メルヴがピッと挙手した。
『メルヴニ任セテ!』
そう発言したのちに、メルヴは円を描くようにスキップを踏む。
『ふん~ふんふん♪』
何やら聞き取れない鼻歌のようなものを歌っているうちに、魔法陣が浮かび上がる。
じわじわと発光しだし、霧のようなものを漂わせた。
「あ、すごいこれ」
『浄化魔法だ!』
メルヴが発動させたのは、その場の空気を浄化し、埃を除去する浄化魔法。
埃だらけの部屋は、淡く発光する光の霧に包まれて、綺麗になっていった。
霧が晴れると、室内はすっかり清潔となり、埃一つない空間となる。
「メルヴ、すごいな、お前は」
『エッヘン!』
褒められたメルヴは、腰に手を当てて胸を張り、誇らしげな様子でいる。
ウィオレケはわしゃわしゃと、頭部の葉っぱを撫でた。
嬉しそうにするメルヴ。
これで、先に進めるようになる。
メルヴは建物まるまる浄化したようで、どこもかしこもすっかり綺麗になっていた。
『よかったね、ウィオレケ!』
「ああ。メルヴのおかげだ」
『エヘヘ~~』
平和な掛け合いをするウィオレケらとは違い、リンゼイとクレメンテの顔は険しい。
「これは、たぶんですが、よくない存在がいるようです」
「私も今、そう思っていたの」
リンゼイは気を引き締めるよう、注意を促した。
二階にもいなかった。残りは三階である。
クレメンテはなんらかの気配を読み取り、階段を上る前に魔剣を抜いた。リンゼイは呪文を唱える。
『あ、すみませんリンゼイさん、家の中では火気厳禁』
しかし、すでに戦闘態勢に入っているので、ルクスの注意など耳に届いていなかった。
「結界を張っておこう」
ウィオレケは家が焼けないよう、結界を張る。
「まあ、姉上の魔力のほうが高いから、焼け石に水かもしれないけれど」
『わ、私も結界張る』
『メルヴモ、オ手伝イスルネ!』
三名による結界の重ね張りを行った。これで恐らく、リンゼイが暴れても大丈夫だろう。
『ふう。これで大丈夫』
『メルヴモ、頑張ッタヨ!』
『リンゼイが脳筋大爆発魔法を使っても、一発くらいなら耐えるよね』
「姉上っていったい……」
改めて、実の姉を恐ろしく思うウィオレケであった。
一行は三階へと上っていく。部屋は四つに区切られており、見て回ったが、どこも不在。
最後の最後は、屋根裏部屋である。あまり広くない。立って歩くことは不可能だ。
身を屈めつつ進んだ。ついに、問題の輩を発見したのだが、そこにいたのは――。
『フハハハハ! 我は雷の大精霊、レイである!!』
「は?」
「これは……」
建物を占拠する謎の存在は、自称雷の大精霊であった。しかし――。
「何このドブ鼠」
『な、なんだと、この人間の娘風情が!!』
なんと、レイは鳥籠の中に入っており、茶色い鼠の姿をしていたのだ。
髭と鼻先をヒクヒクさせながら怒っているが、鼠の姿では迫力に欠ける。
人の手の平にちょこんと乗りそうな、可愛らしく小さな存在であった。
鳥籠の下にある魔法陣を見たら、今までどういうことがあったのかリンゼイには理解できた。
「なるほどね」
「リンゼイさん、何かわかりました?」
「ええ。このドブ鼠、失敗した召喚術の影響で、ここから動けないみたい」
リンゼイの推測では、未熟な魔法使いが自らの実力以上の精霊を召喚した。
力を抑える魔道具の籠と媒介のドブ鼠まで準備して、召喚には成功したものの、魔力が尽きてしまったのか、大精霊に怖気づいてしまったのか、逃げ出してしまったのだ。
そこから、三十年近く、雷の大精霊レイはドブ鼠の姿で閉じ込められたまま。
しかし、僅かな外への干渉力を持っていたので、人に対し嫌がらせをしていたと。
『うっ、うっ、俺も、辛かったんだよおおお!!』
「ふ~ん」
めそめそと泣き始めるレイ。しかし、契約者がいない以上、どうしようもない。
『人間の娘。せめて、ここから出してくれないか? ずっと、閉じ込められたままで、気が滅入っているんだ』
「駄目よ。あなた、そんなことしたら、全力で人に復讐をするでしょう」
『チッ!』
リンゼイは容赦なかった。
『リンゼイ、どうするの?』
「封印を強めましょう」
『おい、クソ、止めろ!!』
あまりにも雑な扱いに、ウィオレケは気の毒に思う。
けれど、相手は大精霊。
ルクスや筋肉妖精のローゼのように、心優しい存在ではないのだ。
「いったい、どうすればいいのか」
ウィオレケがそう呟いたら、メルヴがテポテポと歩き、レイの前にやって来る。
『ん、なんだ、お前は?』
『メルヴダヨ』
いったい何を言うつもりなのか。
一行はメルヴを見守る。
『な、なんだよ?』
メルヴのつぶらな瞳に見つめられ、レイはたじろぐ。
メルヴは片手を挙げて、元気よく言った。
『雷ノ鼠サン、メルヴト、オ友達ニナロウヨ』
『は?』
『オ話シヨウ』
メルヴは躊躇うことなく、レイの鳥籠の中に手を入れた。
握手を求めて来たのだ。
「メルヴ、危な……!」
『ウィオレケ、ここは任せておこうよ』
「でも……」
心配そうに見守る中――意外にもレイはメルヴの手を握り返した。
『ま、まあ、どうしてもというのならば』
『ワ~イ、アリガト~!』
メルヴとレイは友達になった。
雷の大精霊レイは、案外陥落しやすい性格だったのだ。
「ま、しばらくは様子見ということで」
『そうだね。メルヴに任せよう』
魔法陣の大精霊はそのまま屋根裏に放置となる。
『エ?』
「ん?」
メルヴの声に反応して、リンゼイ達は振り返る。
屋根裏部屋から、レイの姿がなくなっていたのだ。
「ど、どういうことなんだ?」
『もしかして、怨念だけ残っていたとか?』
「もしくは、精霊の負の感情だけを召喚していたとか」
メルヴは、精霊をも浄化してしまったのだ。
こうして、謎の怪奇現象は解決した。
リンゼイ達はここを拠点として、活動することになる。




