謎の男
リンゼイとクレメンテの結婚式に、異議を唱える者が現われる。
礼拝堂の出入り口に佇む人影。
姿形、声からして、男である。しかし、逆光でその姿はよく見えない。
「だ、誰なんだ!?」
『も、もしかして、リンゼイの元婚約者?』
「こんなところまで追ってきたというのか?」
あれは誰かと、目を凝らす一行。
コツ、コツとゆっくりと礼拝堂の中へ入って来る男。
クレメンテはリンゼイを守るように、一歩前に出る。
手にしていた鞘をくるりと回し、いつでも引けるよう、柄の部分を握った。
「…………か、やはり、…………かですね?」
「?」
うわごとのように、ボソボソと喋る男。
その姿は、クレメンテ同様、全身鎧であった。
いまだ、その姿は逆光で、正しく捉えることはできない。
夜の世界を彷徨う亡霊のようにふらふらとやって来る様子に、参列席のウィオレケは目を剥く。ルクスはヤレヤレ首を振っていた。
「な、なんだ、あいつは!?」
『クレメンテが分裂したみたいだね』
「婚約者……、レクサク・ジーディンではなさそうだが……」
そして、全身鎧の全貌が明らかとなる。
クレメンテとほぼ同じ鎧を纏い、背はすらりとしている。武装姿であるが、不思議なことに剣は佩いていない。
クレメンテの五メトル前で、歩みを止めると、その場でガタガタと震え出した。
ウィオレケはその様子を見て、戦々恐々とする。
「な、なぜ、あいつは震えているんだ?」
『なんか、怖いのかも?』
「いや、あいつこそ怖い存在だろう」
衛兵はいないのかと辺りを見回すが、そんな者など一人もいなかった。
そしてついに、男は行動を起こす。ばっと両手を掲げ、その場に平伏したのだ。
「お会いしとうございました、殿ヴァ!!」
カァン! と金属の鳴る音が礼拝堂の中に響き渡る。
クレメンテが、鞘で男の頭部を殴ったのだ。
それから、男を無理矢理立たせ、礼拝堂の外へ追いやる。
「あ、あの、でん、私」
「……外へ」
「どうして、いきなり出て行っ」
「……いいから外へ」
「しかし、皆心配を」
「……少し、黙れ」
クレメンテは男にだけ聞こえるよう、低い声で喋っていた。
激しく抵抗するので、最後は蹴りを入れて追い出した。
バタンと礼拝堂の扉を閉め、鍵がなかったので、魔剣を横木代わりにして、外から開けないようにする。
くるりと振り返ったクレメンテは、全力疾走で祭壇の前に戻り、挙式の継続をお願いする。
「いやいやいや」
『いやいやいや』
ウィオレケとルクスは、ありえない挙式の内容に、突っ込む言葉を失っていた。
さすがのリンゼイも、この件はスルーできなかった。
訝しげな視線を向けつつ、問いかける。
「さっきの何? 知り合い?」
「人違いでしょう」
「なんか、あなたの恰好に似ているんだけど」
「鎧の空似でしょう」
「……」
要点がズレた回答で、質問するのも無駄だと判断したのか、それ以降気にする様子もなく、神父に挙式を続けるように急かした。
「え、え~~……病める時も~、健やかなる時も~」
ドンドンドンと、礼拝堂の扉が叩かれる。
神父はオロオロと、クレメンテとリンゼイの顔を見た。
「続けてください」
クレメンテは低い声で言う。
「で、ですが……」
「続けてください」
二回目の言葉は、威圧感のあるものであった。
神父は再度、誓いの言葉を読み上げる。
「え~ごほん、え~、病める時も、健やかなる時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、夫、妻となる者を敬お、慰め、助け、命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
クレメンテはすぐに「誓います!」とはきはき答える。続いてリンゼイも、「誓います」と言った。
「で、では、誓いの口付けを」
「それは省略」
リンゼイははっきりと答える。
困惑する神父に、僅かに肩を落とすクレメンテ。
こんな時でも、メルヴはピシっと葉をまっすぐに立てて、祝福の植物役に務めていた。
「で、ですが、これをしないと、夫婦にはなれません」
「わかったわ」
リンゼイは尊大な態度で、クレメンテにしゃがむように命じる。
「えっと、こう、ですか」
「ええ、ありがとう」
そう言って、クレメンテの兜の頬の部分を両手で包むように持つ。
リンゼイは背伸びをして、クレメンテの口元にキスをした。
唇はすぐに離される。
「神父様、これでいい?」
「ア、ハイ、ソウデスネ」
兜の上からのキスであったが、これ以上挙式を長引かせたくない神父はそれでよしとする。
クレメンテは身を屈めた姿で、硬直していた。
気になる点は大いあったものの、神父は無理矢理挙式をまとめる。
「こ、これにて、二人は夫婦となりました。どうぞ、祝福の拍手を!」
やっと終わったと、半ばなげやりな気分の神父は参列者に宣言をした。
パチパチと、まばらな拍手をもって、挙式は終了となる。
◇◇◇
先ほどの板金鎧男を警戒して、裏口から出る一行。
早足で宿屋に向かった。
そこは、セレディンティア国一の高級宿で、会員制なのだ。
『すごいね~、ここ!』
玄関ホールには巨大なシャンデリアが吊るされている。すべて、水晶製でキラキラと、豪奢な輝きを放っていた。
天井面には、天使の姿をあしらった絵画が描かれていた。
他にも大理石の床に柱、美しい白亜の壁があって、手すりや階段など至る場所に、精緻な彫刻がなされている。
素晴らしい芸術品のような内装の数々に、ルクスはほうと溜息を吐いた。
しばらくすると、クレメンテが戻って来る。
最上階に部屋を取ったらしい。
「皆、一緒の部屋になりますが、寝室は三つありますので」
『私、ウィオレケと一緒に寝よっと!』
『メルヴも!』
そんな話をしながら、部屋に向かう。
魔石の力で動く昇降機で最上階の十階まで昇った。
『うわ~~、広い!』
「宿屋とは思えないな」
部屋はいくつもあり、台所に、書斎、遊戯部屋もあって風呂場は二つあった。
居間は円型になっており、天井はドーム状になっていて、ここにも大きな水晶のシャンデリアが吊るされている。
大きな出窓からは、街が一望できるようになっていた。
ウィオレケはメルヴを窓辺の陽が当たる場所に置いて、自らはふかふかの長椅子に腰かける。
「……なんか、疲れた」
『わかる』
ウィオレケとルクスの場合、移動疲れというよりは、挙式での突っ込み疲れであった。
『これからのことを考えなければならないね』
まずは、薬屋を開くことを第一に活動しなければならない。
「王都だから、家賃も高いだろう」
『クレメンテ――は、知らないよね』
「あ、はい。すみません、勉強不足で」
リンゼイは店舗を持たずに、委託してくれる店を捜したらいいと言ったが、ウィオレケは却下した。
「前にも話したけれど、同業者を潰すような商売はしないほうがいい」
セレディンティア国にも薬屋はある。
リンゼイの霊薬のほうが効果があるので、同じ値段や規模で販売したら、薬師や薬屋が路頭に迷うことになるのだ。
「でも、私一人で作れる量に限りはあるし、そこまで気にする必要は――」
「ある」
効果のある薬を知ってしまったら、客は効果の薄い薬を買わなくなるだろうと、ウィオレケは話す。
「そういうものなの?」
「そういうもんだ」
霊薬は魔法を使って作る薬なので、リンゼイ以外には作れない。なので、霊薬をセレディンティア国内に広めることは不可能なのだ。
大量生産もできないので、市民相手ではそこまで利益も算出できないだろうと、ウィオレケに指摘される。
「だったら、どうすればいいのよ」
「姉上、それは簡単な話だ」
「どういうことなの?」
「貴族に売ればいい」
「!」
貴族ならば、莫大な資産を持っているので、霊薬に高い値段を付けても買ってもらえる。
盲点だったと、リンゼイは呟く。
「だったら、ぼったくり値段で霊薬を売って、研究資金を確保することもできるわね」
「上手くいけばの話だが」
リンゼイの薬屋経営に、光が差し込んできた。