地上へ――
グラリと傾くクレメンテの体。
レンゲは急発進し手を伸ばすが、間に合わない。
クレメンテは地上へ落下していく――が。レンゲの首元より、蔓のような物が伸びてくる。
それはクレメンテのほうへと素早く伸びていき、胴へと巻き付いて落下から助けてくれた。
「――え?」
『ア、アレ何?』
「もしかして……!」
ウィオレケはレンゲの首からぶら下がっているメルヴを覗き込んだ。
メルヴは三枚ある葉の中心から蔓を生えさせ、クレメンテの体に巻き付かせていたのだ。
「やっぱり、メルヴだったか!」
『ええ~~、すごい!』
「早く助けるわよ!」
メルヴは蔓を短くしていって引き上げる。
上ってきたクレメンテに、リンゼイは手を伸ばした。
『わ~~、クレメンテ、大丈夫?』
「な、なんとか」
クレメンテはリンゼイが伸ばした手を、ぎゅっと掴んだ。
あとは力を借りずとも、自力でレンゲの背中まで這い上がってくる。
「あ、ありがとうございます、助かりました」
「お礼は私じゃなくて、そこの葉っぱに」
「姉上、葉っぱじゃなくて、メルヴだ」
「そう、そこのメルヴなんとかに」
クレメンテはレンゲの首からぶら下っているメルヴを覗き込み、お礼を言った。
「メディシナルさん、ありがとうございました」
『イイヨ~』
手をぴっと上げて、返事をするメルヴ。
「姉上、メルヴの名前は、メルヴ・メディシナルだから」
「はいはい」
「葉っぱじゃないから」
「はいはい」
こうして、無事にリンゼイ達は勝利を収めた。
戦闘を終えて、一瞬の沈黙。
風は凪ぎ、穏やかな中で飛行する。
「姉上、やっぱり陸路にしよう。空路は危険だ」
「陸路でのろのろ行っていたら、母上にどこかで会いそうで、怖いのよ」
「いや、母上も竜を持っているし、レンゲとは親子だから、繋がっている可能性も」
「言わないで! 怖いから!」
リンゼイの竜、レンゲはリンゼイの母マリアの竜の子なのだ。
『大丈夫だよ、ウィオレケ。竜は血縁よりも、一緒にいてくれる人のほうを大事にするから』
「だったら、いいけれど。でも、さっきみたいな戦闘になったら」
『いや、人喰獣なんて、稀少中の稀少だから』
ならば、母親との遭遇を回避して空路で行ったほうがいいと、リンゼイは断言する。
「っていうか、戦う相手が母上だったら、人喰獣よりも最悪だから」
「母上っていったい……」
魔法使い最強とも言われるマリア。二度と、対峙したくないとリンゼイは言う。
『空路のほうが安心かもね。たぶん、この先魔物と出会っても、レンゲの炎撃で一発だろうし』
さきほどのように、クレメンテが空中で戦うような状況にはならないだろうと、ルクスは話す。
「だったら、空路で」
一応、ウィオレケはクレメンテにも聞いてみる。
「ねえ、クレメンテ、このまま空路でもいい?」
「はい、よろしくお願いいたします」
いい返事があったので、このままレンゲの背に乗って、セレディンティア国を目指すことになった。
◇◇◇
それから三日間、大変な空の旅だったと、ルクスは死んだ目で語る。
一日目は人喰獣との遭遇。なんとか勝利を収めた。
二日目は鳥魔物の群れと鉢合わせる。リンゼイが大魔法で炭に。
三日目は石化鳥とうっかり出遭った。メルヴの蔓を使い、綱渡りの要領でクレメンテが魔物に接近して倒すという、曲芸のような戦闘も行った。
数十年、数百年と発見されていない魔物との遭遇に、ルクスは白目を剥いていた。
以前、リンゼイが一人でセレディンティア国に渡った時は、低位の魔物しかいなかったのに、今回の一行の引きの強さ――否、運の悪さはなんなんだと思う。
リンゼイ、クレメンテ、ウィオレケ、メルヴと、各々が活躍し、なんとか勝利を収めつつ、やっとのことでセレディンティア国に辿り着いたのだ。
世界の中でも一、二を争う大国、セレディンティア。
大きな運河が国の中心に流れており、それによる交易が盛ん。経済のほとんどを支えているのが、多くの魔石が採れる炭鉱の存在である。
この世界で魔法は廃れたが、魔法文化は暮らしに根付いている。
灯りを点すのも、台所で火を使うのも魔石で行う。生活になくてはならない物なのだ。
開けた場所でレンゲから降りたリンゼイ一行は、徒歩で王都を目指す。
一時間ほど歩いた先に、街をくるりと取り囲んだ、巨大な城壁が見えた。
「相変わらずすごいわね」
「相変わらず?」
リンゼイの呟きに、ウィオレケが反応する。
彼女が戦場で霊薬の人体実験をしていたのは秘密だ。なのに、うっかりと呟いてしまうのだ。
「姉上、やはり、一度セレディンティア国を訪れたことがあるのか?」
「え?」
「さっき、なんか今まで見たことあるような、発言をしたんだけれど」
「あ~」
もう、隠すことが面倒だと思ったのか、リンゼイは正直に告白する。
「し、信じられない。不法侵入をしていたなんて」
「若かったのよ、あの当時は」
「三、四年前なんて、最近じゃないか!」
リンゼイはくどくどと、ウィオレケより叱咤を受ける。
弁解など何もできなかったので、ただただ、怒られるばかりであった。
クレメンテはどうすればいいのかわからずに、ひたすらオロオロするばかりである。
『あ~、リンゼイに教育も大変よろしいことなんだけど、とりあえず、並ばない?』
王都へ入るためには、身分確認などを行わなければならない。
そのための列が、ずらりとできていたのだ。
「これ、今日中に終わるのか?」
『さ、さあ?』
ここで、クレメンテより待ったがかかる。内部に知り合いがいるようで、時間短縮ができるかもしれないからと、門のほうへ走って行った。
「クレメンテ、顔が広いんだな」
「友達とか、いなさそうなのに」
『リンゼイ、失礼だから』
そんなことを話していると、クレメンテが戻って来る。
すぐに入れるらしい。
長い列を通り過ぎ、関係者入り口から入国できた。
『わ~~、やっと辿り着いたね!』
貿易大国、セレディンティア。
石畳が敷き詰められた街には運河が通っており、船上から商売を行う者もいた。
大きな跳ね橋もかかっており、花模様の彫刻が美しい。
至る場所で水車が回り、赤や橙の華やかな建物に、白亜の王城がある。
手漕ぎの船でしか行けない区域もあるというので驚きだ。
適当にぷらぷらと歩いていると、大聖堂へ行きつく。
見上げるほどに大きな建物で、厳かな雰囲気のある佇まいであった。
リンゼイはクレメンテを振り返り、とんでもないことを言う。
「ねえ、クレメンテ。せっかくだから、今、結婚しておく?」
昼食の店を決めるかのようなノリで提案したのだ。
「姉上は、また……」
『諦めよう、リンゼイだもの』
ウィオレケは呆れかえっていた。しかし、クレメンテは嬉しそうに頷く。
「いいんだ、今で……」
『諦めよう、クレメンテだもの』
そんなわけで、行き当たりばったりで、挙式をすることになった。
まず、受付で婚姻届けを受け取る。
リンゼイが異国人なので、手続きに時間がかかると言われたが、クレメンテが別室で話をしに行ったら、数分で問題ないということになった。
「いったい、何を話したのか」
『ウィオレケ、気にしたら負けだよ』
「う~ん」
リンゼイとは違い、ウィオレケはいろいろと引っかかっているようだが、ルクスは無理矢理言いくるめて、大人しくさせていた。
挙式には、二人の門出を祝福する草花が必要だというので、メルヴを使うことになった。
祭壇の中心に置かれるメルヴ。
役目を果たそうと、キリっとした表情でいた。
参列席にはウィオレケとルクスが腰をかける。
他に数名、礼拝堂の職員らしき人達が参加していた。ぜひとも、祝福をしたいとのこと。
祭壇の前に並ぶリンゼイとクレメンテ。
服装はいつのもまま。
リンゼイは外套姿。手には杖を握っている。これが、魔法使いの正装なのだ。
クレメンテは板金鎧。手には魔剣を握っている。これが正装かは謎。
白衣に身を包んだ神父がやって来た。酷く緊張した面持ちでいる。
無理もない。セレディンティア国の大英雄クレメンテの結婚式なのだから。
震える声で宣言した。
「い、今から、クレメンテサンと、リンゼイサンの、結婚式を、挙げます」
噛み噛みになりながらも、神々の説教文を最後まで読み上げることができた。
そして、夫婦の誓約をする前に、参列者へと問いかける。
「クレメンテサンと、リンゼイサンが今、結婚しようとしています。この結婚に、正当な理由で異議のある方は今、申し出てくださ――」
「異議あり!!」
バンと、扉が開かれて、結婚に異議を申し立てる者が現われた。