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とんでもない二人

 王都の郊外の森の中で、純白衣装の花嫁と、全身鎧男と、真っ白の猫妖精が佇む。

 吹く風は穏やか。

 さらさらと、若葉が揺れている。素晴らしい小春日和であった。

 全身鎧男こと、クレメンテは何も喋らずに、銅像のように動かない。リンゼイは腰に手を当て、眉間に皺を寄せて、険しい顔でいる。何か考え事をしているようだった。


『ちょ、ちょっといいかな、リンゼイさん』


 猫妖精ルクスは、前足をちょいちょいと動かし、暴走花嫁を呼び寄せた。


「何よ、ルクス」

『いや、素性を知らない初対面の人をいきなり雇うとか、不用心にもほどがあるなと』

「だって、セレディンティアの人だったし」


 セレディンティアは経済大国で、豊かな国である。リンゼイが生まれ育った魔法大国メセトニアより物価は安く、暮らしやすい国なのだ。


『でも、セレディンティアって魔法使いはいないでしょう?』


 世界的に、魔法使いの数は減少傾向にある。

 五世紀前に起こった、魔導大戦争の影響で多くの術が禁術となり、魔法はあっという間に廃れてしまった。

 そんな中で魔法大国メセトニアは、唯一魔法使いの血と術を絶やさぬようにしている国家なのだ。


『セレディンティアでたった一人の魔法使いなんて、白い目で見られるかもしれないよ?』

「人の目なんか気にしていたら、結婚式をすっぽかしたりしないわ」

『そ、そうだよね……』


 ルクスは阿鼻叫喚な礼拝堂の様子を思い出し、ゾッとする。

 国家魔術師で、魔導研究機関の長を務める父親を始めとする、国の重役がずらりと参加する挙式だったのだ。

 それを、リンゼイは平然とぶち壊した。


『リンゼイ、もう国には戻れないよ?』

「そう思って、国籍の除名と、国家魔術師の免許は返しておいたから」

『いつ?』

「さっき、監査所にある申請所でちゃちゃっと」

『仕事が早すぎる』


 リンゼイはあっさりと、伯爵家の娘であることと、国家魔術師の身分を放棄していた。

 一見気まぐれな決定に見えて、しっかりと覚悟を決めていたのだ。


「私、結婚しても薬学の研究ができたらいいって思っていたの」


 しかし、夫となる予定だった男レクサクは、リンゼイが何よりも愛する、薬学の研究をくだらないと言って、取り上げようとしたのだ。それは、リンゼイが絶対に許せないことだった。


「本当、あいつ、次会ったら、自慢の杖を真っ二つにして、ぎったぎったにしてやる」

『リンゼイ、相変わらず口悪いね。っていうか、物理的な報復は止めよっか。一応、魔法使いだし、もっとこう、賢く平和的な解決を……』

「無理。本当にムカつくから」


 この伯爵令嬢ではあるまじき口の悪さは、魔法学校で覚えた物である。

 魔法使いの育成をモットーにする学校は、魔力量でクラスわけをされるのだ。

 リンゼイの年は上位クラスに平民が多く、女性は一人だったこともあり、目を付けられることも多かった。

 汚い言葉でからかわれることなど、日常茶飯事だったのだ。


『アレだよね。リンゼイは問題を引き寄せる体質というか、煽り耐性ゼロというか』


 人の自尊心を正論で容赦なく折っていくリンゼイには、敵が多かった。

 レクサクもその一人だったのだ。


『しかし、即決で護衛を決めちゃうあたり、リンゼイらしいと言うか』

「だって、目の前に飛び込んできたから」

『あのね、だから、飛び込んで行ったのはリンゼイのほう』


 しかし、我儘不遜なリンゼイの依頼を受けたクレメンテにも驚いたと、ルクスはぼやくように言う。


『花嫁衣装を着ていて、花婿に追い駆けられている人の依頼なんか、普通引き受けてくれないよね』

「お金がないんじゃない?」

『ええ~~、そうは見えないけれど~~』


 ちらりと、ルクスはクレメンテの身なりを確認する。

 頭のてっぺんから足の爪先まで覆う板金鎧フルプレートアーマーは真新しい。陽の光を受けて、ピカピカと輝いている。安価な品でないことは、調べなくてもわかる。


『う~ん、見たところ、冒険を初めて見た金持ちの息子ボンボン?』

「そんなに気になるんだったら、魔眼の力で調べたら」

『あ、そうだったね』


 ルクスの目は魔眼となっており、相手の家柄や能力などが文字として読める能力があるのだ。

 この力は、リンゼイの薬草採取に役立っている。

 それらが目的で召喚された妖精であったが、最近はもっぱらツッコミ役になっていたのだ。


 ルクスは目を凝らし、魔眼の力を発動する。


『……むむっ!?』


 クレメンテの頭上に、文字が浮かんできた。


 名前:クレメンテ・スタン・ペギリスタイン

 年齢:28

 階級クラス:大英雄

 身分:セレディンティア、第三王子

 属性:闇(混沌)

 装備:白銀の板金鎧、一角獣のマント、魔剣オスクロ、竜革のベルト、道具箱、綿の下着、絹のシャツ、皮のズボンほか(※一部、把握不可能品あり)

 異名:漆黒の死神


『――ヒエッ!!』


 想定外の大物に、ルクスは息を呑む。

 戦争を経て平和になったセレディンティアの大英雄が目の前にいたので、ルクスは尻尾をピンと伸ばし、毛を逆立てて慄く。

 大英雄ペギリスタインは現在行方不明で、一部の関係者が血眼で探し回っているという噂話が、遠く離れた魔法大国メセトニアにまで伝わってきていたのだ。


『リンゼイ、なんていう強い引きを……』

「ルクス、どうしたの?」

『あ、いや、うん、大丈夫。しっかりした身元の人だ』

「そうでしょう?」

『リンゼイ、もしかして、相手のことをわかっていて誘ったの?』

「ええ。誰にも適当に依頼するわけじゃないんだから」


 ルクスは深く感心する。

 今まで、リンゼイは薬草と調合、実験と研究にしか興味を持たない残念な娘だった。

 けれど、十八となり、世界情勢を気にするなど、いつの間にか大人になったのだ。

 ルクスは瞼が熱くなりながら、うんうんと頷く。


『リンゼイ、成長したね』

「ええ、もちろんよ。あの人は、私を助けてくれたから、悪い人じゃないってね」

『へ?』

「すごい力持ちだったし、足も速かったし、そこそこ強いと思うの」

『そ、そこそこ、強い?』

「勘だけど」

『か、勘?』


 ルクスはあんぐりと、口を開いたまま動けなくなった。

 相手が大英雄だと知っていて、依頼したわけではなかった。

 勘で、クレメンテを選んだのだ。


『や、やっぱり、リンゼイ、あの人が誰か知っていて、声をかけたわけじゃなかったんだ……』

「なんか言った?」

『イイエ、ナンデモ』


 クレメンテは家名を名乗らなかった。ということは、自らの身分などを知られたくない可能性がある。

 ルクスは口を結び、知らなかった振りをすることにした。


『しかし、だがしかし、大英雄……』


 ぼそりと、誰にも聞こえないような声で呟く。

 護衛としては頼もしいどころではない。


『怖い。リンゼイの野生の勘が!』


 ルクスは人知れず、震えたのだった。

 ここでふと、リンゼイがどういう身分になっているのか気になったので、魔眼の力を使って見てみた。


 名前:リンゼイ

 年齢:18

 階級クラス:魔法使い

 身分:元国家魔術師

 属性:炎

 装備:白鷲の髪飾り、絹のリボン、純白の婚礼衣装、絹の手袋、ダイアモンドの首飾り、真珠の耳飾り、絹の下着、ガーターベルト、短剣、靴、毒草袋、薬草箱

 異名:薬学マニア(※手が付けられない)、勝利の女神


『ぶはっ!』


 ちゃっかり武装しているし、毒草は持ち歩いているし、どこからツッコめばいいのかわからない情報の数々に、ルクスは噴き出してしまった。


 ◇◇◇


 とりあえず、この先どうするかを話し合う。


「まず、私の服装をどうにかしなきゃ」

『動きにくいしね』


 とりあえず、港街まで移動して、そこで服装や旅支度を整えることにした。


『ここから港町までは歩いて五時間くらい?』


 ルクスは首を傾げつつ、クレメンテのほうを見る。

 返事をする代わりに、カチャと鎧の音が鳴った。


「ドレス姿のままで、五時間も呑気に歩いて行くわけないでしょう。レンゲを呼ぶから」

『あ、そうだった』


 ルクスはクレメンテに、レンゲの説明をする。


『あのね、クレメンテ。レンゲっていうのは、リンゼイの赤竜で……』


 ルクスの説明を遮るような大声で、リンゼイは自らの竜の名を空に向かって叫んだ。

 クレメンテは驚くように、ビクリと反応していた。


『あ、あれね。普通の人はきちんと契約結んで、術式を唱えて召喚するんだけれど、リンゼイは、その、雑だから、ああやって大声で竜を呼んじゃうんだよね。たぶん、世界中探しても、あの人だけだと思う。なんていうか、うん、薬学に関すること以外、すべてが雑なんだよね。本当、雑なんだ』


 一応、リンゼイの人となりを理解してもらうために、ルクスが解説をした。

 類稀なる雑な人物であることも強調して伝えておく。


『大声で叫んで、竜が来るわけないって、リンゼイのお父さんも怒っていたんだけど……』


 しかし、大空に小さな点が浮かび上がる。

 それはだんだんと近付き、竜の形となった。


『来るんだな、これが』

「あれは……!」


 クレメンテは竜を見上げ、呆然としていた。


「やはり、彼女が――」


 小さな声で呟かれたクレメンテの一言は、誰の耳にも届いていなかった。


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