予定変更!
魔物は倒した。船はやっと落ち着いたのだ。
ふうとひと息吐いていると、背後より声をかけられる。
「き、君たちぃ、何をしているのかね?」
甲板に残っていたリンゼイらに声をかけたのは、船長らしき中年男性であった。
きっちりとした、詰襟の白い制服姿にもかかわらず、威厳など欠片もない。
おどおどしながら、声をかけていた。
うだつが上がらない様子にイラッとしたリンゼイがジロリと睨むと、びくんと体が跳ねる。
なんとも残念で、小心者な男だった。
「な、なんだね、その態度は。私は、この船の船長だぞ」
「あっそ」
「え?」
「どうでもいいけれど」
リンゼイはツカツカと、船長に近づく。
そして、目の前で凄んで言い放った。
「この船を、近くの港に停めなさい。理由は、わかっているわよね!?」
「ヒッ!」
リンゼイに責められ、のけ反る船長。
この船には、魔物避けの結界がなければ、乗客を守る護衛も乗っていない。船を行き来できる資格は欠片もない。
リンゼイは近くの港で結界をかけ、護衛を雇い、船に損傷がないか確認してから再出港するよう暗に言っていたのだが――船長は斜め上の反応を示したのだ。
「こ、この私を、脅すというのか!?」
「はあ?」
リンゼイが一歩踏み出すと、船長の体が震える。
「もう一度、言いなさい。よく聞こえなかったの」
「こ、ここの最寄りの港、カピタンに、行けばいいのだな?」
なんだか引っかかるような言い方であったが、行先を近くの港に変更するようだった。リンゼイの希望は叶えられる。
関わり合いになりたくないと思い、これ以上追及せず放置しておいた。
二時間後――客船は少しだけ戻り、リンゼイ達は追い出されるように、メセトニア国最南端の港町カピタンへと下ろされた。
船長が地上へ伸ばされた階段より、一行を見下ろしながら言った。
「これで満足だろう!?」
「はあ?」
とんでもなく恩知らずな船長の態度に、リンゼイは怒りの形相を浮かべていたが、クレメンテにポンと肩を叩かれる。
「リンゼイさん、わかりあえない人種に時間を割くこともないでしょう。もったいないです」
「ま、それもそうね」
とりあえず、隣国イルマールの港で母親と再会という展開は回避できた。それだけでいいということにしておいた。
リンゼイらは踵を返し、船から離れる。
背後で船長が何かを叫んでいたが、耳に入れないようにしていた。
◇◇◇
港の食堂で、これからどうするかを考える。
円卓に座り、一つ椅子が空いたので、メルヴの入った鉢を置いた。
『さてさて、どうしますか』
「ちまちま陸路で行くのはよくないと思う」
これは、ウィオレケの意見であった。
母マリアに街中で会ったら、勝てる術はない。なので、リンゼイの赤竜に乗って、一気にセレディンティア国まで行ったほうがいいのではと提案する。
「そうね。魔物避けの魔法はウィオレケに任せればいいし、周囲の関係ない人を戦闘に巻き込まずにも済むから、それがいいかもしれない」
話の途中で、串焼き肉とスープにパンが運ばれてくる。
テーブルには木製の匙しか置かれなかったので、ウィオレケは頭上に疑問符を浮かべていた。
『ウィオレケ、そのお肉は串に噛り付くんだよ』
「え!?」
ルクスは肉の串を齧るリンゼイを示しながら言った。
「なんて、野蛮な料理なんだ」
『ウィオレケって箱入りお坊ちゃまなんだね』
「姉上も同じはずなんだが……」
ルクスはそっと顔を逸らす。
とても言えなかった。リンゼイが薬草採取のために、しょっちゅう家を抜け出して、街中や森をうろうろしていたことなど。
数回、誘拐されそうになったが、すべて金的の拳一つで危険を回避したなどと。
リンゼイのお気に入りの食堂は、下町の小さなお店だった。
そこでは、カップの中にスープが注がれ、パンの中に燻製肉や葉野菜などが挟まれた物が提供される。本を読みながらてっとり早く片手で食事ができるので、効率的だと言って気に入っていたのだ。
もちろん、実家でそんなことをしたら怒られるので、下町限定でのお楽しみであったが。
肉はナイフで切りわけ、フォークに差して食べることを常としているウィオレケには、串焼き肉は衝撃的なメニューだったのだ。
「ウィオレケ、店の人に頼んだら、ナイフとフォーク、持って来てもらえるけれど?」
「いや、いい」
ウィオレケはしばしのためらいののちに、串焼き肉へと齧り付く。
顔を顰めながらもぐもぐと食べ、ごくんと呑み込んだ。
『どう?』
「硬いし、味濃いし、臭み消しも十分じゃないし」
『ま、一食五百オールの定食だからね』
実家である伯爵家で食べていた勢が尽くされた食事とは、天と地ほども違うのだ。
「まあでも、肉を片手で食べられる手軽さは僕も思いつかなかった。忙しい庶民らしい、堅実な着想だな」
串焼き肉のいいところを探しだし、褒める八歳児。なかなかできる奴だと、串に刺さった肉を食べながらルクスは思う。
「で、話は戻すけれど、セレディンティア国の移動はレンゲで問題ない?」
頷くウィオレケとクレメンテ。決定となった。
「だが、竜でどれくらいかかるのか」
海路と陸路だと、魔法大国メセトニアからセレディンティア国まで、十一日ほどかかるが、竜だと三日ほどで到着する。
「休みを十分入れても、三日くらいで到着するわ」
「へえ、意外と早いな」
「陸路は山を登ったり、迂回路だったりと、時間がかかる道のりなのよ」
「なるほど~……って、なんで姉上はそこまで詳しいんだ?」
クレメンテが語るならわかると付け加えられた。もっともな指摘である。
しかし、霊薬を試すために、何度もセレディンティア国の戦場に足を運んでいたことなど言えない。
リンゼイは目を細め、明後日の方向を向いた。
『ま、まあ、とにかく、まずはセレディンティア国に行かなきゃね!』
ルクスは無理矢理話をまとめた。さらに、話題を逸らす。
『そういえば、クレメンテは国に帰って大丈夫なの?』
「はい、問題ありません」
そもそも、どうしてメセトニア国にいたのか。ルクスは突っ込んで質問してみる。
「実は、探している方がメセトニアにいらっしゃって」
偶然出会い、命を助けてもらったのに、名前も聞かないうちに去ってしまった。クレメンテは数年前のできごとを語る。
「お会いすることができましたので」
『あ、そっか。目的は果たしたんだ』
「はい」
だったらよかったと、ルクスは言葉を返した。
『クレメンテは国に帰ったらどうするの?』
「いえ、何も……」
「そもそも、今までなんの仕事をしていたんだ?」
ウィオレケも突っ込んだ質問をする。
ガチャリと、不自然に鎧の音が鳴ったが、姉弟はまったく気にしていなかった。
「あの、兵士を」
「そうなんだ。復職しないの?」
「私には、合っていないような気がして……」
「僕から見たら、クレメンテはかなりの剣の腕前だと思うけれど」
「痛み入ります」
ウィオレケは大英雄の剣の腕を褒める。
将来大物になりそうだと、ルクスは眺めていた。
「特に仕事はしていないですし、予定も未定で」
「ねえ、クレメンテ、だったら、私と一緒に商売をしない?」
「え!?」
クレメンテはリンゼイのお誘いに、ガシャンと鎧の音を鳴らして驚く。
「そこまでびっくりしなくても」
「す、すみません」
「で、どうなの?」
歯車が壊れたゼンマイ仕掛けの人形のように、クレメンテは何度もコクコクと頷いた。
「よかった」
リンゼイは本当に珍しく、にっこりと微笑んだ。
クレメンテは照れたのか、口元に手を当てる。兜と手甲が当たってガチャンと鳴った。
リンゼイ沼にずぶずぶと沈むような、美しい笑みだったのだ。
傍から見ているルクスは、『あ~あ』と溜息交じりに呟く。
ウィオレケは、物好きもいるものだと、呆れつつ眺めていた。
そして、リンゼイは本日一番というよりは、クレメンテと出会って一番のとんでもない発言をした。
「――商売をするためには、セレディンティア人と結婚しなきゃいけないの。だから、私と結婚してくれるかしら?」




