一難去ってまた一難
夜。風呂に入り、さっぱりしたリンゼイらは、疲れていたこともあって、すぐさま就寝することとなった。
メルヴは寝室の小さな円卓に置かれた。すでに眠っていて、すぴーすぴーと寝息をたてている。
「そういえばここ、二人部屋だったか」
「そうね」
一台はクレメンテが眠っている。
ウィオレケはリンゼイと一緒に寝るしかない。
「まあ、仕方がないわよね。大きな寝台だから、端と端に眠ればいいし。ウィオレケ、大丈夫?」
「別に、姉上がいいのならば」
「だったら決定ね」
双方納得の上、一緒に眠ることになった。
『いや~、よかった~』
ルクスは尻尾を振りながら、嘆息していた。
ウィオレケはその発言を聞き、訝しむ。
「ルクス、何がよかったんだ?」
『あ、なんでもない』
「?」
その理由は、すぐに発覚することになった。
リンゼイは横になった瞬間、就寝したかと思ったら、ウィオレケのもとへコロコロと転がって来る。そして――。
「ううん」
「!?」
リンゼイはぎゅっと、ウィオレケの体を抱きしめる。
振り払おうとしたが、力強くて敵わなかった。
『ウィオレケ、ガンバ!』
「ルクス、姉上を離すのを手伝ってくれ!」
『無理だよ。力強いし、リンゼイは抱き枕がないと、安眠できないから』
「なっ!?」
ルクスは十数年間、リンゼイの抱き枕をしていたのだ。
辛い毎日だったと、切ない表情で語る。
『リンゼイ、昔からそうでね。眠りが浅くて……』
薬草茶に霊薬、魔導按摩と、さまざまな方法を試したが、どれも効果はいまいち。
しかしある日、ルクスが添い寝をした日より、症状が改善されたのだ。
「それが、抱き枕?」
『然り!』
やっとお役目から解放されたと、ルクスは高々と宣言する。
「こ、こんなの、毎日付き合ってられない」
『まあ、時々は変わってあげてもいいけれど』
リンゼイが結婚するまでの我慢だと、諭される。
「姉上を貰ってくれる、海よりも心が広い人なんて――」
『クレメンテとか』
「!」
ルクスはぴょこんと寝台へと跳び乗り、ウィオレケに耳打ちする。
『あの人、身分は確かだし、優しいし、大金持ちだよ』
「そ、そうなのか……」
一応、ルクスはウィオレケにも、クレメンテがセレディンティア国の王子で、長きに渡る戦争を終結へと導いた大英雄であるという情報は伏せておいた。
「そうか……、あの人だったら、姉上にも、ついて行け、る……」
ウィオレケも疲れていたのか、話をしているうちに寝入ってしまった。
『おやすみなさい、二人共』
ルクスは肉球で、リンゼイとウィオレケの額をポンポン叩いてから、眠りにつく。
もちろん、巻き込まれて抱き枕にされないよう、クレメンテの寝台へ跳び移るのを忘れずに。
◇◇◇
翌朝、クレメンテは復活を遂げた。
腕には大きな傷跡が残ったが、生きているだけで奇跡なので、気にしていないと言う。
「みなさん、ありがとうございました」
クレメンテはペコリと、律儀に頭を下げる。
食欲もあるようで、朝食もきっちり平らげていた。
元気になったクレメンテを見届けた筋肉妖精のローゼは、微笑みながら消えていく。
また、用事があったらいつでも召喚に応えてくれるらしい。
『まさか、高位の筋肉妖精と仮契約をしちゃうなんて……』
「相手が優しい妖精だったから、運がよかったのよ」
『ま、そういうことにしておく』
その後、クレメンテは体を解してくると言い、甲板で素振り、走り込みなどを行う。
見張り役のルクスは、やはり大英雄は普通の人とは違うのだなと、感心することになる。
船室に戻ったクレメンテは、汗を掻いたので風呂に入ると言っていなくなった。
『つ、ついに、クレメンテの素顔が明らかに!?』
ルクスはリンゼイとウィオレケを見る。が、二人共、反応は薄かった。
『リ、リンゼイ、クレメンテの素顔、気にならないの?』
リンゼイは瓶の創薬器具を磨きながら答える。
「別に」
ウィオレケは怪植物メルヴの葉に、水を吹きかけながら答えた。
「ルクス、人の顔をどうこう言うのはよくない」
『ええ~~!?』
どうやら、姉弟はクレメンテの素顔を、まったく気にしていないようだった。
『もっと、興味を持とうよ……』
今度は、返事すらなかった。
あまりにも長風呂だったので、心配になったルクスは何度も覗きに行った。
だが、最後の最後で、鎧を洗っていたので遅くなったことが発覚する。
クレメンテは同じ鎧姿で現れた。
『まさかの!』
ルクスはどんな顔をしているのか、気になってたまらない派だったので、その場でがっくりとしてしまう。
普段着のように、板金鎧姿でいるクレメンテに、つっこむ人はいなかった。
まあいいかと、ルクスも即座に諦めた。
それから、各々好きに過ごす。
静かな中で、ウィオレケがポツリと話し始めた。
「そういえば、気付いたんだけど――」
ウィオレケがポツリと、話し始める。
「母上、向こうの港に先回りしているんじゃないか?」
「あ!!」
リンゼイが隣国イルマール行きの船に乗ったところは、元婚約者であるレクサクが目撃している。情報がすでに行き渡っている可能性は高かった。
マリアローズもリンゼイ同様、飛行竜を所持している。
なので、船よりも早く、イルマールに行くことが可能なのだ。
『この船、破滅に向かうじゃん』
「あ~~、もう!」
リンゼイは頭を抱え、レクサク・ジーディンへの罵詈雑言を口にする。
ウィオレケやクレメンテに聞かせぬよう、ルクスは久々に消音魔法を使った。
「こうなったら、私達もレンゲに乗って移動するしかないわ」
「だが、姉上、船にレンゲは降りられないだろう?」
「だったら、どうすれば――」
そう言った瞬間、船がぐらりと揺れる。
『ウッ!』
「はあ!?」
「うわっ!!」
窓から海面が見えるほど、船は左右に揺れた。
椅子から転げ落ちたウィオレケを、クレメンテが受け止める。
「あ、ありがとう、クレメンテ」
「お安いご用です。しかし、これは――」
『ま、魔物だあ~~!!』
カンカンカンと、緊急を告げる鐘が鳴り響く。
船員達は船内を走り回り、甲板へは出ないよう、指示を出して回っている。
「魔力除けの結界はどうなっているのよ!」
『…………ないのかも』
「なんですって!?」
『いや、船代、なんか安いな~って、思っていたんだよね』
ルクスは魔眼で船内の結界を探ったが、見当たらなかった。
「ちなみに、戦闘員は?」
『…………』
「早く言いなさい。結果はわかっているのでしょう?」
『う、はい』
船の中にいる戦闘員は、まさかのゼロだった。
ここ数年、海上で魔物が目撃されたのは、ごくわずか。
しかも、あったとしても、低位の魔物で、甲板にあるデッキブラシでも倒せる魔物だったのだ。
経費削減のため、法律で定められている魔物避けの結界と戦闘員を除いた船を運用し、利益を得ていたようだと、ルクスは語る。
「馬鹿じゃないの!?」
『おっしゃるとおりで』
船を襲う魔物についても、魔眼で調べる。
名前:大海蛸
体長:十メトル
『え~っと、大海蛸にしたら、そこまで大きくないみたい』
「そう」
リンゼイはちらりとクレメンテを見た。すぐに、コクリと頷く。
「病み上がりだけど、いいの?」
「はい。おかげさまで、体は万全です」
「そう。話が早くて助かるわ」
リンゼイは両手を握り、ボキボキと鳴らしていた。
「ちょうどいいわ。鬱憤が溜まっていたもの」
『ほ、ほどほどにね~』
ウィオレケも行くと言ったが、リンゼイは必要ないとばっさり切り捨てた。
けれど、相手も引かない。
「回復魔法だって使えるし、身を守る結界だって得意だ。攻撃だけが、戦うという意味ではない」
正論だった。何も言い返せず、リンゼイは最終的に弟の同行を認める。
怪植物のメルヴもすっかり元気になっており、やる気を示すかのように、腕をシュッシュと突き出していた。だが――。
「あなたは、まだそこにいて」
リンゼイの言葉に、メルヴはシュンとなる。
「メルヴ、気持ちだけ受け取っておくから」
『ウン、ワカッタ』
ウィオレケの言葉で、納得したよう。
ルクスはそれに便乗した。
『だったら、私もお留守番組かな~~』
「あなたは戦闘組だから」
『選択の余地もなく!』
こうして、リンゼイらは、魔物を倒すために甲板へと向かうことになった。




