呪いを癒す魔法薬
無事、船まで戻って来ることができた。
リンゼイの手には、捕獲したばかりの怪植物がある。
暴れることなく、鉢の中で大人しくしていた。
クレメンテの容態は変わらず、苦しそうなうめき声をあげていた。
腕の傷口は広がり、黒ずんでいる。確実に、生命力を奪っているようだった。
リンゼイは怪植物の鉢を、筋肉妖精のローゼに差し出す。
『ああ、よかったですわ。捕獲できたのですね』
ローゼは封印鉢を受け取ってにっこりと微笑みかけると、怪植物はぎょっとする。以降、動くのを止め、観葉植物のようになっていた。
『しかし、少々弱っていますね』
通常の怪植物よりも体が小さく、色も薄いとローゼは呟く。
おそらく、群れからはぐれ、食料の確保もまともにできなかったのだろうとも。
「なんか、あの怪植物、どんくさかったわ」
「魔物らしくもないし」
姉弟は容赦ない感想を述べていた。
リンゼイはちらりと怪植物を見る。
目が合うと、ビクリと体を震わせ、慌てて視線を外していた。
「姉上、蜂蜜を与える?」
「いいえ」
リンゼイは薬草箱より、小瓶を取り出した。細長く、青い瓶に入っているそれは、手っ取り早く栄養を与える『植物魔力活性剤』という名の霊薬だ。
「たぶんこれで、元気になるはず」
「これは?」
「栄養剤。これを使って地下の実験室に、薬草園を作ろうと思ったの」
太陽の代わり魔石を輝かせ、魔石肥料で栄養豊富な土壌を作り、植物魔力活性剤で生育期間を短くさせようと計画を立てていたのだが――。
『リンゼイ、お世話できなかったんだよね』
「ええ。他の研究に夢中で、薬草園のことをすっかり忘れていたの」
「無責任な……」
リンゼイはウィオレケに植物魔力活性剤を差し出す。
「なんで僕が?」
「私は今からルクスを泣かさなきゃいけないから」
魔法薬最後の材料、『妖精の涙』。それを入手しなければならないのだ。
ルクスはすっかり忘れていたようで、耳をピンと伸ばして毛をぞっと逆立てさせていた。
『そうだった! 怖すぎる!』
「まあ、そんなわけだから」
『ひぇっ!』
リンゼイはルクスを捕まえようと腕を伸ばす。が、悲鳴をあげて逃げらる。
ウィオレケは二人のやりとりを見て呆れつつ、怪植物に植物魔力活性剤を与えた。
鉢の中の怪植物は、半分土に埋まっていた。
よくよく見たら、葉は水分不足で乾燥しており、根の部分は皺が寄っている。
封印鉢の中にいるので、近付いても攻撃できない。
そもそも、捕まえてから殺意などを抱いているようには見えなかったが。
ウィオレケが鉢の前にしゃがみ込みと、怯えて震えだした。
「大丈夫。僕はお前に危害を与えない」
『!』
そう言って、植物魔力活性剤を土に差し込む。
すると、すぐさま怪植物の目がキラリと輝いた。
リンゼイの作った霊薬の効果は絶大で、乾燥した葉には水分が行き渡ってツヤツヤになり、根の部分も皺がなくなって張りが出る。
両手を掲げ、元気になったと主張するような仕草を取っていた。
『アリガトネ~』
「ん?」
怪植物が小さな声で、礼を言ったような気がして、我が耳を疑うウィオレケ。
だが、それよりも大変な状況となる。
『魔物に優しく声をかけるなんて、坊ちゃんはなんてお優しい方なのでしょう!!』
怪植物とウィオレケのやりとりを見ていた筋肉妖精のローゼが、大号泣をしていたのだ。
紛うことなき、男泣きである。
ポロポロと流される美しい涙を見て、ウィオレケはハッとなった。
「――ほら、泣くのよ!!」
『アハ、アハハハハ!! リンゼイ、おかし、ウフフフ!!』
リンゼイはルクスのお腹をわしゃわしゃとくすぐり、笑い泣きをさせようとしていた。
そんな二人に向かって、ウィオレケは叫ぶ。
「姉上、ローゼから涙を貰うんだ!」
「え? あ、本当」
小瓶を取り出したリンゼイは、一言断りを入れて、筋肉妖精ローゼの涙をいただいた。
瓶の中の妖精の涙は結晶化し、真珠のような美しい輝きを放っている。
これで材料は揃った。さっそく、魔法薬作りに取りかからなければならない。
『魔法薬を作るのに、火と鍋が必要になりますが』
「ええ、大丈夫」
リンゼイは道具箱の中から、壺のような魔法窯と、赤い魔石を取り出す。続いて、レンガを取り出して四カ所に置き、中心に魔石燃料を並べる。その上に魔法窯を設置した。
魔石燃料とは炎の加護を付加した物で、鍋など特定の品のみ熱することができる特殊加工した魔石である。なので、直接床に置いて使っても、炎が絨毯を燃やすことはない。
「ウィオレケ、怪植物の葉を取ってきて」
「わかった」
ナイフを手渡される。
ウィオレケは怪植物の前に座り、声をかけた。
「お前の葉が必要だ。わけてくれないか?」
そう尋ねると、怪植物はコクコクと頷き、葉を前傾姿勢で差し出す。
「悪い。ちょっと我慢をしてくれ」
茎部分に葉を当て、怪植物の葉を一枚切り取った。
痛みなどはないようで、ウィオレケはホッとする。
「ありがとう」
『イイヨ!』
「え!?」
やはり、怪植物は人語を喋っていた。
ウィオレケはありえないと呟き、姉リンゼイに報告するも、創薬前で集中しているのか、あとにしてと言われてしまった。
「こいつ……なんなんだ!」
とりあえず、怪植物の謎は後回しにされた。
ローゼの指示のもと、リンゼイは魔法薬を作り始める。
『まず、怪植物の葉、白エンドウ、虹薔薇、アルニカ草を刻んで、鍋に入れます』
リンゼイ、ウィオレケ、ローゼと、総出で材料切りが始める。
ルクスは猫の手を貸すことができないので、尻尾を揺らしながら眺めていた。
『刻んだものを魔法窯に入れて、ひと煮立ち。焦げないように、よく混ぜてくださいね』
リンゼイは手元にあった魔剣の柄部分で、魔法薬の材料を混ぜる。
「あ、姉上、なんなんだ、その禍々しい剣は!?」
「クレメンテの剣」
『魔剣だよ』
「はあ!?」
魔剣を製薬の道具にするなんて、おかしいとウィオレケは指摘したが、リンゼイは聞く耳を持たず。
ウィオレケは呆然とすることになった。
「姉上の一挙一動を、気にしたら負けなんだ……」
『ウィオレケ、すごい、リンゼイのやることに、適応した』
「そうでもしないと、大変なことになる」
『だね』
くたくたになるまで煮立ったら、蜜蝋と植物油、妖精の涙を入れて、さらにかき混ぜると――ヤドリギの呪いを払う『解呪軟膏』の完成だ。
人が呪いに触れると危険なので、ローゼが薬の塗布をしてくれると言う。
「おねがい」
『おまかせください』
指先にたっぷりと解呪軟膏を掬い、クレメンテの傷口に塗りこむ。
「――くっ!!」
『耐えてください』
何度も何度も、呪いのもととなる傷口に軟膏を塗った。
途中、クレメンテは寝台から落ちそうになるほど悶え苦しむ。
『あ、落ちそう』
「危ない!!」
『ふんぬ!!』
落下寸前で、ローゼが引き留め、体を押さえる。
激しく痙攣する体。呪いが祓われる前兆であった。
それから、ルクスが肉球で魔法薬を塗り、ローゼがクレメンテの体を押さえる役割となった。
一時間、続けていると、次第に傷が薄くなっていく。
クレメンテも落ち着きを取り戻しつつあった。
さらに一時間後、傷はすっかりと消えてなくなる。
「う……」
『クレメンテ~』
「はい……」
『あ、返事した』
どうやら、覚醒したようである。
起き上がろうとしたが、ローゼが止めた。
『今、呪いを解呪したばかりです。どうか、眠ったまま休んでください』
「あ、あなたは?」
『妖精のローゼです』
「ローゼさん」
意識があいまいなのか、クレメンテはあっさりと、筋肉妖精ローゼの存在を受け入れた。
続いて、謝罪をする。
「すみません、みなさんに、迷惑を」
「いいや、悪いのは母上だ。こんな高位の呪いを、人にかけるなんて」
「そうよ。別にあなたは悪くないわ」
強いて言ったら、悪いのはリンゼイだ。
誰も言わなかったが。
「リンゼイさん、私、こんなになって、護衛失格です」
「そんなことないわ。あなたは、十分な働きをしてくれた」
人類最強の魔法使い、マリアの猛攻を掻い潜ったのだ。
ありえないことだと、リンゼイは評する。
「しかし、隙があったので、呪いを受けてしまい……」
「だから、気にしないでって言っているでしょう」
「はい……」
そう返事はしたものの、盛大に気にしている感があった。
リンゼイは髪をかき上げ、溜息を一つ。それから、クレメンテに言った。
「私、あなたが必要なの」
「え?」
実家で母親を目にした瞬間、終わったと思ったのだ。
けれど、こうして逃げることに成功した。奇跡のような出来事である。
「クレメンテ、あなたは不可能を、可能にしてくれたわ。私を驚かせた人なんて、初めて。それに、ウィオレケのことも助けてくれたし」
リンゼイはクレメンテの手を握り、微笑みながら言った。
「ありがとう。それから、これからもよろしくね」
その瞬間、クレメンテは深い谷底に落ちたのだが、この場ではルクス以外誰も気付いていなかった。