クレメンテのために――!
寝台の上に寝かされたクレメンテは、苦悶の声を漏らす。
鎧を外そうとしたが、本人にしか解けないような仕組みらしく、即座に諦めた。
唯一、開閉可能な兜の口元だけ開いた。
クレメンテは唇を歪ませ、見ただけで苦しいのがわかるのが痛ましい。
筋肉妖精のローゼは、腕の傷口を覗き込む。
『これは……酷く強力な呪いですね』
ローゼは眉を顰めながら話す。
「ねえ、ヤドリギの呪いは、魔法を跳ね返すらしいけれど、解呪法はあるの?」
『魔法では、治す方法などございません』
『やっぱり……』
しかしと、ローゼは言葉を続ける。
『魔法薬ならば、解呪も可能です』
「!」
魔法薬――それは、人知を超えた至高の薬。
人ならざる者が生成し、死する者を蘇生させた伝説もある、物語の中でのみ語り継がれる物であった。
それは、いくらリンゼイが薬学を学んでも、たどり着けない高みでもある。
「それ……人が手にしていい物なの?」
『命を助ける善薬です。問題ありませんわ。それに、この御方は、なんとしても守らなければならない、貴い存在のようです』
「え?」
『いえ、なんでも……』
ローゼは穏やかな表情で、リンゼイを諭す。
『問題は素材ですわ』
ヤドリギの呪いを解呪する薬。
材料は怪植物の葉、妖精の涙、蜜蝋、植物油、虹薔薇、アルニカ草、白エンドウ豆。
「足りないのは、怪植物の葉と、妖精の涙ね」
希少植物ばかりであったが、薬草蒐集家であるリンゼイは、すべて所持していたのだ。
「怪植物はその辺にいそうだけれど、姉上、持っていなかったんだ」
「ええ。あいつら、すばしこいのよ」
怪植物は小柄の魔物である。
大きさや形状は大根とほぼ同じ。葉は鮮やかな緑、根の部分は金糸雀色。つぶらな目が特徴である。臆病な性格で、人を見かけると二本の細い足で全力疾走して逃げるのだ。
『リンゼイ、妖精の涙はどうするの?』
リンゼイはルクスをじっと見る。
「泣かす」
『ええ~~、酷い!!』
とりあえず、怪植物から捕まえに行くことにした。
『怪植物は生け捕りで、お願いいたします』
「わかったわ」
怪植物の生息する森まで、ルクスの転移呪文で向かうことになった。
『本日三回目の転移魔法か~……』
ルクスはチラチラと、リンゼイやウィオレケを見ている。
無言の要求に気付いたウィオレケは、ポケットにあった、缶入りの飴をルクスへ手渡す。
『よっしゃ、ありがとう。転移転送はお任せあれ~~』
クレメンテは二日ほどならローゼの治療を受けつつ、生命を維持できると言う。
「わかった。なるべく早く戻って来るわ」
『はい、お待ちしております』
ローゼは治療形態を取ると言って、黄色いワンピース姿から、白衣の衣装に変化した。
ナースキャップも被っている。
頭上の触覚を揺らし、慈愛に満ちた目でクレメンテを見下ろしていた。
その様子を見たリンゼイとウィオレケは、目を細め、眉を寄せていた。
筋肉質で長身の厳つい顔の男が、背中からメルヘンな羽根を生やし、女装しているようにしか見えなかったからだ。
ルクスが『顔、顔!!』と注意する。
「姉上、気にしたら負けだ」
「ええ、そうね」
『い、行こうか』
「お願い」
ルクスの呪文で、海を超えた遠くにある森へと転移する。
そこは、リンゼイがよく行っていた森であった。
木々が多く、獣道も散見するような場所であるが、木漏れ日の差し込む明るい森である。
静謐な雰囲気が気に入って、ここばかり散策していたのだ。
「で、姉上、怪植物はどういうところに出るんだ?」
「さあ?」
「え、詳しいんじゃ?」
「そんなことないわ。よく見かけていただけで」
リンゼイの作戦は、見かけたら攻撃して、弱ったところを捕獲するという、ザックリとしたものであった。
ウィオレケは溜息を一つ吐き、自らの道具箱を取り出す。
中から出てきたのは、魔物図鑑であった。
「怪植物は――」
怪植物――性格は臆病。群れで行動し、草むらに擬態して移動する習慣がある。好物は蜂蜜。
「蜂蜜を設置して、おびき寄せましょう」
「いや、そんな単純な作戦で捕まるわけ……」
「それしか方法はないでしょう」
「まあ、最初は姉上に任せる」
リンゼイは製薬用の蜂蜜を持っていたようで、薬草箱の中から取り出す。
その辺に生えていた葉っぱを引きちぎり、蜂蜜を垂らした。
適当な場所に設置して、少し離れた場所で待機する。
「姉上、怪植物が来たら、どうやって捕獲するんだ?」
「杖で殴って失神させる」
「……」
不可解な生き物を前にしたような視線を、ウィオレケは姉に向けていた。
しかし、姉が杖を取り出して、ぎゅっと掴んでいるのを見たら我に返る。
「魔物に直接近づくのは危険だ」
そう言って、ウィオレケは蜂蜜を仕かけてある場所まで行き、ぶつぶつと呪文を唱える。
小さな魔法陣が杖の先に浮かび上がった。
そこから、白い糸のような物がでてきたので、ウィオレケは木と木の間に蜘蛛の巣のように編んでいった。
杖の先端に糸を引いたまま、ウィオレケが戻って来る。
「それは?」
「氷結糸」
ウィオレケの得意とする氷魔法で、氷製の細い糸で対象となる物を拘束するものだ。
蜘蛛の巣状に張り、怪植物が真下にやって来たら捕獲、という作戦である。
『魔法使いってさ、こうあるべきだよね』
その言葉を聞いたリンゼイは、明後日の方向を見上げた。
「姉上、これは一時間だけにして、怪植物が来なかったら、探しに行こう」
「ん、わかった」
「ま、こんな単純な方法で来るわけ――」
『あ、来た!』
「……」
森の奥より、テケテケと歩いて来る、怪植物。
頭上より三枚の葉を揺らし、リンゼイ達に気付くことなく、呑気な様子でやって来る。
「群れて暮らすって描いていたのに、あの怪植物は単独行動なのね」
『食い意地が張っている個体なのかも?』
「二人共、静かに」
じっと、息を顰める。
なぜ、こんなところに蜂蜜があるのか、怪植物は疑問に思わないようだ。
図鑑に載っていた大きさよりも小柄で、色素は参考図よりも薄い。
太く長い根の部分には、木の枝のような手があり、根の端は二股にわかれて、足のようになっている。それから、円らな瞳と【3】の形をした口があった。
大きさは、葉を含めてウィオレケの膝丈くらい。
怪植物は蜂蜜を見つけ、その場でダバダバと足踏みし、万歳をして喜んでいる。
キョロキョロと、周囲に誰もいないことを確認し、蜂蜜に手を伸ばした。
葉の形をした手で、蜂蜜を掬って口に運ぶ。
すると、おいしかったのか、その場でぴょこんと飛び上がった。
小躍りしたのちに、再び蜂蜜に手を伸ばした瞬間、ウィオレケは杖を引いた。
複数の木に張っていた氷の糸が、怪植物に落下する。
気付く様子もなく、そのまま被さった。
あっさりと、怪植物は捕まる。
『……え~っと』
「まぬけな個体だったわね」
「糸が切れないうちに捕まえなきゃ」
どうやって捕獲するか。
ウィオレケは、氷の糸でぐるぐる巻きにしてはどうかと提案する。
「それだったら、ウィオレケの術の維持も大変だし、糸が解ける可能性があるわ」
ならばと、リンゼイは薬草箱から、ある物を取り出す。
「姉上、それは?」
「封印鉢。怪植物を捕まえた時に、植えようと思っていたの」
それは、リンゼイが呪文を刻み込んだ魔法の鉢で、植えた魔物は身動きが取れなくなる品であった。
「とっ捕まえて、これに植えましょう」
『誰が捕獲するの?』
「私が」「僕が」
同時に答える姉弟。
『リンゼイのほうがいいかもね』
ルクスは優しい口調で、リンゼイに任せるように説き伏せる。
ウィオレケは素直に頷いた。
「まず、叩いて弱らせて、ウィオレケが術を解いて捕獲する、でいい?」
「いや、そんな乱暴な手は使わずに、魔法で拘束して、植えればいいじゃないか」
「でも、魔物よ?」
「見ていたら、凶暴そうには見えないし、必要ないと思う」
『リンゼイ、私もそれがいいと思う。』
「二人がそこまで言うのならば、わかったわ」
というわけで、接近して怪植物に魔法をかけ直すことになった。
問題の怪植物は――拘束されつつも、蜂蜜を舐めるという呑気な行動に出ていた。
「こいつ……」
「なんか、拘束しなくても、蜂蜜をちらつかせただけで捕まりそう」
『でも、魔物だから、念のために拘束しようよ』
予定通り、怪植物はウィオレケの魔法で拘束され、封印鉢に植えられた。
抵抗するかと思いきや、リンゼイ達が顔を出すと驚いて硬直し、動かなくなったのだ。
「――よし、帰るわよ!」
「わかった」
『了解!』
こうして、一向は目的の怪植物を得て、クレメンテと筋肉妖精のローゼが待つ船に戻った。




