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花嫁と、花婿と、全身鎧男と

 ――リーン、ゴーン、リーン、ゴーン


 礼拝堂の鐘が鳴り響く。白い雲に青い空。まるで、若き夫婦を祝福しているような天気である。

 大勢の参列者が目を奪われているのは、美しき花嫁。

 花嫁は艶やかな紫色の髪に、切れ長の橄欖石(ペリドット)の瞳、均等の取れた目鼻立ちと、誰もが振り返るような、華やかな女性なのだ。

 けれど――その表情は幸せな花嫁には見えない。

 眉間に皺が寄り、目は細められ、口元は歪められている。


『リンゼイ、顔、顔!!』

「……」


 花嫁は傍にいる白い猫型の妖精に指摘されていた。ひどい不機嫌顔だと。

 ベールで被われているのでわかりづらい状態であるが、魔眼を持つ妖精には一目瞭然だったのだ。

 ふわふわもこもこの猫が教会の中を歩いていれば騒ぎになりそうだが――ルクスは姿消しの呪文をかけているので、参列者には見えていない。

 花嫁が不機嫌な理由は、この結婚式にあった。

 隣に肩を並べる男は、彼女の愛した男性ではないのである。


 花嫁の名はリンゼイ・アイスコレッタ。

 魔導学園を主席合格し、在籍する五年間、トップの座を誰にも譲らなかった。

 生粋の天才肌で、誰よりも美しく、また、気が強かった。

 そんなリンゼイが夢中になったのは、薬草学と魔法薬学で、それは、魔法使いにとって意味をなさない学問であったのだ。

 何故かと言えば、病気も、怪我も、魔法の力で治せるからだ。

 皆があざ笑う中でも、リンゼイは学ぶことを止めなかった。

 世界的に魔法使いが減少し続ける中で、いつか自分の研究が役に立つ日がくると、信じて疑わなかったからだ。


 そんな彼女は魔導学園卒業後に、結婚するように言い渡される。

 アイスコレッタ家は国内有数の大貴族で、結婚は義務だったのだ。

 リンゼイは魔法薬の研究を自由にしてもいいという条件をだして、あっさりと両親の言うことを聞く。

 結婚の条件を呑む男はすぐに見つかった。

 けれど、その相手は魔導学園で犬猿の仲だったレクサク・ジーディン。

 彼は、リンゼイが同学年にいたせいで、万年二位だったのだ。

 婚約期間中、二人は会うたびに口論となった。相性は最悪だったのだ。

 なぜ、リンゼイと結婚したかと言えば――彼女は伯爵令嬢で、家と家の繋がりを作るための婚姻を結んだからである。

 リンゼイの夫となる、レクサク・ジーディンは不遜な態度で話しかけた。


「おい、アイスコレッタ。前に言った約束だが」

「あなたと約束なんてしたかしら?」


 神父が結婚の誓約文を読み上げる中、低い声で話しかけてくるレクサク。

 リンゼイは刺々しい言葉で返す。


「魔法薬研究のことだ」

「それが何?」

「研究費が下りなかった」

「はあ!?」


 リンゼイが叫ぶ声を、ルクスが消音魔法でかき消した。危なかったと、白猫の妖精は全身をぶるりと震わせる。

 いまだ、ジロリと夫となる相手を睨みつけているリンゼイに、ルクスは一応、注意をしておく。


『リンゼイ、一応まだ、挙式中だからね? 大きな声をだしたらだめだよ』


 祭壇に跳び乗ってまでした忠告にも、ジロリと睨みつけるだけのリンゼイ。

 ルクスはそんな雑な扱いにも、慣れっこであった。


「どういうことなの? 研究費は卒業論文を国に提出するのと引き換えだったはずでしょう?」

「ああ、あれか。同じような研究が見つかったから、不要だと」

「それ、私の論文盗んだんでしょう!?」

「証拠は?」

「~~~~!!」


 レクサクはリンゼイに仕返しをするために、結婚をしたのだ。

 今回のような事態は序の口だと、リンゼイは思う。


 ルクスはリンゼイが叫ぶたびに、消音魔法を使っていた。

 なので、周囲からは、婚礼用のベールに身を包んだままの大人しい花嫁に見えている。


「え~……夫レクサク・ジーディン、汝はリンゼイ・アイスコレッタを妻とし、病める時も、健やかなる時も、愛すと誓いますか?」

「レクサク・ジーディ、覚えていなさい……!!」

「少し黙らないか……あ、誓います」


 挙式の一番大変な場面で、夫婦は小声で言い合いをしていた。

 背後で見守るルクスは、『終わっているな、この二人』と思う。


「……アイスコレッタ、俺の妻となれば、絶対服従だ。生意気な態度は許さない。役に立たない無駄な魔法薬の研究も止めろ。これからは、俺の研究所に所属して、助手をしてもらう。家では従順にしておけ。反抗は許さない」

「なんですって!?」

「諦めることだな。お前は俺と結婚した。自由にはさせない」

「あなたは、なんて人なの? 最低最悪の、世界一ケチな男だわ!!」


 ルクスの消音魔法が間に合わなかったら、とんでもない罵声が礼拝堂内に響き渡るところだった。

 人知れず、危なかったと溜息を吐くルクス。


「リンゼイ・アイスコレッタ……汝はレクサク・ジーディンを夫ととし、病める時も、健やかなる時も、愛すと誓います――」

「誓うわけないでしょ、馬鹿!」

『あ、間に合わなかった』


 礼拝堂に響き渡るリンゼイのありえない回答。早口で捲し立てられたので、ルクスの魔法は間に合わなかった。


 一瞬の静寂のあと、ざわざわと騒めく。


「お、お、お前は~~!!」

「やっぱり、あなたと結婚なんてできないわ。私はこれから好きなことをして生きるから!」

「この馬鹿女、なんてことを!」


 レクサクはリンゼイの腕を掴んだが、頬を叩かれてしまう。

 パン! という、見事な音が響き渡った。


「リンゼイ、なんてことをしているのですか!!」


 そう叫ぶのは、リンゼイの父親。国家魔術師で、研究機関の長を務めている。

 今日は国の重鎮も数多く参加していたのだ。


「こいつ、シンプルにクソ野郎なのよ!! この、卑しい盗人男!! こんな器の小さい奴なんかと結婚なんでできないわ!!」

『あ~駄目だ。詠唱がぜんぜん間に合わない……』


 罵倒の数々に、ルクスもお手上げとなる。「最低最悪のクソ野郎」と、「卑しい盗人男」、「器の小さい奴」のみ、消音魔法で消すことができたが、「結婚なんてできない」は消せなかった。


「さようなら」

「はあ!?」


 騒然とする中、リンゼイはレクサクに別れの言葉を告げる。

 ぽかんとする神父に背を向け、リンゼイはドレスの裾を摘まみ、参加者に向かって頭を下げた。

 そんな、しおらしい態度も一瞬のことで、彼女は一直線に走り始めたのだ。

 その後ろ姿を見たルクスは、呆れた様子で呟く。


『うわ……リンゼイ、ドレスの下踵がぺたんこのブーツ履いてんじゃんか。最初から逃げる気満々だったのか……』


 健脚なリンゼイはすたこらと礼拝堂から逃げていく。ルクスは慌ててあとを追った。


「――だ、誰か、リンゼイを捕まえてください!」


 叫びを聞いてレクサクもハッと我に返り、リンゼイを捕獲するために走って礼拝堂を出た。


 ◇◇◇


 リンゼイはドレスに軽量化の魔法をかけていた。軽やかに人混みを避け、走っていく。


『ねえ、リンゼイ、これからどうするの?』

「この国を出て、他の国で魔法薬の研究をするの!」

『それはまた、結構な人生設計で……』


 ここは魔法国家で、世界の中でも比較的魔法使いの数が多い。

 なので、リンゼイの研究はいくら頑張っても、認められることはないのだ。

 彼女が目指すのは、魔法使いがいない国。そこならば、研究を生かすことが可能だろうと考える。

 礼拝堂前の石畳の道を走り抜け、市場を通過し、大通りに差しかかる。


「リンゼイ・アイスコレッタ~~~~!!」

『うわ、追いついてきたよ、旦那さん候補』

「しぶといわね」


 リンゼイは後ろを振り返り、レクサクの姿を確認していたら――。


『あ、リンゼイ、前、前~~! って、遅かったか』

「きゃあ!!」

「!?」


 よそ見をして走っていたので、人とぶつかる。

 ルクスは咄嗟に、リンゼイに防御魔法をかけた。なぜならば、ぶつかった相手は頭の先からつま先まで、全身鎧姿だったからだ。

 勢いがあったので、鎧の人物を押し倒してしまう。


「も~~、なんなの!?」

『あの、ぶつかったの、リンゼイだからね? その台詞、言っていいのは鎧のお兄さんのほうだから』


 ぶつかられた鎧男は微動だにしていない。

 ルクスが代わりに謝る。


『お兄さん、ごめんなさいね。この人、頭のネジが何本もぶっ飛んでて……』


 リンゼイは下敷きにしていた鎧男の上から、むくりと起き上がる。

 黙って鎧男に手を差し出した。

 そんなことをしているうちに、レクサクに追いつかれてしまった。


「リ、リンゼイ・アイスコレッタ……やっと、追いついた……」

「しぶとい奴」

「なんだと!?」


 花婿は整えた髪を振り乱しながら叫んだ。


「お前のせいで、俺の人生はめちゃくちゃだ! 人が努力をしている間にお前は好きな研究をして、たいして勉強もしていない癖に試験では一位になって、不真面目なのに講師受けもよくて――」


 それは、誰が聞いてもわかるような逆恨みであった。リンゼイは深い溜息を吐く。


「その、人を小馬鹿にした態度も気に食わないんだよおおお~~!!」

「……最悪」


 レクサクは街中で魔法を展開し、光の球をリンゼイへと放ってきた。

 防御の術式を展開しようとしたら、リンゼイの体はふわりと宙に浮く。


「――え?」


 鎧男はリンゼイを横抱きにして、大きく後ろへと跳んだのだ。

 放たれた光球は地面に着弾に、凄まじい輝きを放つ。


「あ、ありがとう……」


 リンゼイは抱き抱えられたまま、鎧男にお礼を言った。

 返事はなく、微かにガチャリと鎧が重なり合う音がした。

 ルクスが次なる変化に気づいて叫ぶ。


『リンゼイ、あれ!』

「あいつ……!」


 レクサクは新たな術式を展開させようとしていた。


『リンゼイ、街中での魔法の展開は禁止だからね! 法で罰せされるから!』

「わかっているってば!」


 その会話を聞いた鎧男は、リンゼイとルクスが想像もしない行動にでる。


「――へ?」

『あ!』


 鎧男は、リンゼイを抱いたまま回れ右をして、走り出したのだ。


 ガッチャンガッチャンと、一歩、一歩と踏み出すたびに鎧の金属が鳴る。

 するすると人と人の間を器用に通り抜け、走っていく鎧男。

 背後よりレクサクの怒声も聞こえていたが、どんどんと距離が開いていった。


 都の出入り口の門にある身分証明の場も、リンゼイが証明書を持参していたので、あっという間に通過することができた。男の身分も問題ないようだった。

 幸い、謎の花嫁と、怪しい全身鎧男を止める者はいない。

 鎧男は郊外まで走りぬけ、森の中でリンゼイを下ろす。

 三十分以上の、全力疾走であった。

 もちろん、レクサクは華麗に撒いていた。

 はあはあと肩で息をする男に、ルクスは称賛を送る。


『いやはや、凄い体力。お見事!』

「本当。助かったわ」


 リンゼイはお礼を言い、自らを名乗った。


「私はリンゼイ・アイスコレッタ。魔法使いよ。この子は妖精のルクス」

『どうも~』


 鎧男はゼエハアと息を弾ませながら、会釈をする。


「……わ、わた……は」

「クレメンテっていうんでしょう?」


 リンゼイは身分証明書でチラ見した情報を告げる。鎧男ことクレメンテは、コクコクと頷いた。


「海の向こうの国、セレディンティア王国の人なのよね?」


 再び、コクコクと頷くクレメンテ。

 そんな彼に、リンゼイはとんでもないことを言いだした。


「ねえ、お願いがあるの。あなたの国に連れて行ってくれないかしら?」

『リンゼイ、さすがにそれは失礼では――』


 旅券を持っていないリンゼイは、他の国に入ることはできないのだ。

 ただし、その国の者がいて、身分を証明すれば話は別。入国がたやすくなる。


「もちろん、報酬は出すわ。あなた、仕事を探していたのでしょう?」


 リンゼイとクレメンテがぶつかったのは、ギルドの求人掲示板の前。仕事を探していることが明白だったので、依頼をしたのだ。


「まあ、嫌ならいいけれど」


 会ったばかりの人間の依頼を受ける物好きはいない。

 ああいった依頼は、ギルドを通して初めて受理されるのだが――クレメンテは違った。


「あの……私で良ければ、よ、喜んで……」


 彼はリンゼイの提案にあっさりと乗った。

 花嫁と鎧男の契約が成立した瞬間である。


『だ、大丈夫かな、これ』


 ルクスは一人、変わり者の男女を眺めながら呟いていた。

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