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病室の窓から見える空は

作者: 蒼銃
掲載日:2017/02/18


 病室の狭い窓から見える空だけが、俺の全てだった。


 俺の名前は、榛葉(しんは) 一馬(かずま)

 生まれつきの、心臓の病気らしい。

 幼い頃から入退院を繰り返してきた俺は、知らず学校とか保育園とかのコミュニティに通うことがなかった。

 知り合うのは看護師と主治医だけ。


 そんな俺も小学校に上がった時、院内学校に通うことになった。

 初めてのコミュニティ。

 緊張した、正直わくわくした。友達とはどんなものだろう。学校とはどんなところだろう。

 本でしか知ることがなかった世界が待っていた。


 でも、俺の希望は脆くも打ち砕かれる。

 院内学校で、隣の席に座った女が最悪だった。きーきーやかましく、先生の話が聞こえない。

 イライラした俺は、女の髪を思い切り引っぱった。

「いたい!」

「うるさい」

 すぐに離す、女は目に涙を浮かべて俺を睨みつけてきた。

「なにするのよ!」

「せんせいのはなしがきこえないだろ」

「いたいことするなんてサイテー!」

「なんだよ、やかましおんな」

「なによ、このサイテーおとこ!」

 同級生でクラスメイトで、のちに腐れ縁にまでなる女、御子柴(みこしば) 咲結葉(さゆは)との出会いは、人生最低最悪だったと言えるだろう。


●2

 その後、さゆはは退院していく。一時的な長期入院だったらしい。

 看護師の話では、さゆはは普通に学校に通い、俺は院内学校に通った。具合が悪い時は休んだ。

 時は流れ、小学生一年の冬、バレンタインの日。

 さゆはが突然俺の病室に訪れた。赤いマフラーをして、同じように鼻が真っ赤だったのを覚えている。ピンクのランドセルを背負っていた。

 さゆはは病室に入ってくると、俺の顔をちらちらと見る。

「なんかよう?」

「……これ!」

 ぶっきら棒に突き出されたのは、小袋にクッキーが入ったものだった。

「なにこれ」

「ば、」

「ば?」

「バレンタイン、だから!」

 さゆはは俺にクッキーが入った小袋を押し付けると、病室を走ってでていった。

 後に残された俺は意味がわからない。

 袋に入ったクッキーを見下ろした。クマとかウサギとかが描かれた、女の子っぽいデザインの袋だった。


 その後、クッキーを食べているのを担当の看護師、舞さんに見つかる。

 俺以上に楽しそうに喜んだ舞さんに、俺は照れ隠しでクッキーを一つあげた。

 クッキーは3日かけて食べた。なぜかもったいなくて、少しずつ食べた。

 袋の底のほうに、手紙が折りたたまれて入っていた。

『はやくよくなって』

 汚い覚えたての字だった。


 少しして、血をとりにきた舞さんが、そういえばと言う。

「バレンタインのお返し、考えてるの?」

「バレンタインはおかえしするの?」

「そうよ!女の子の気持ちに応えなくちゃ!」

 でもどこに住んでるかも、わからない。

 ずうずうしいからもしかすると、お返しをもらいにくるかもしれない。

 俺はそう考えて、来たる3月14日に向けてお返しを準備した。


 さゆはは来なかった。


 それから毎年、さゆははバレンタインに病室を訪れた。

 俺も運良く転院することもなかったから、さゆはは毎年迷わず来た。

 俺はお返しを返すことができなかった。

 さゆははバレンタインに渡していくくせに、お返しを望んだことは一度もなかった。

 お返しは毎年溜まる。

 さゆはが持ってくるのは、クッキーとか物持ちするものだった。手紙が必ず入っていた。


『早く良くなりますように』


 綺麗な漢字になったのはいつ頃からだったろう。

 院内学校も、中学三年になっていた。院内学校は義務教育まで、来年になれば俺はただの無職になる。

 心臓の病気は相変わらずよくならなかった。

 海外に行って高い金を払って治療というのは、両親は拒んだ。

 俺も別に、治らず死んでもいいかと思って来てた。


 中学三年のバレンタイン。

 さゆはいつも通り訪れた。黒髪を真っ赤なリボンでツインテールにして、赤いマフラーをしている。

 制服はセーラー服だった。似合っていた。

「はい、バレンタイン」

 さゆははいつも通り差し出してくる。クッキーの入った小袋。受け取る俺。

「ね、ねぇ!」

「ん?」

 さゆははもじもじしていた。

 待つことだけは得意な俺は、じっと待った。

 やがて、意を決したらしいさゆはが詰め寄ってくる。

「いつも、きていい?!」

「は?」

「だから、毎日来てもいいかって聞いてるの!」

 さゆはの顔は着けているリボンやマフラーと同じくらい真っ赤になっていた。

「なんで?」

「だ、だめ?」

「質問に質問で返すのは好きじゃない」

 さゆはは、マフラーを握っていた。何か堪えているような顔で、もう一度詰め寄ってくる。

「一馬のこと、もっと知りたいの!」

「なんで」

 また真っ赤になるさゆはの顔。

 そういえば、バレンタインのお返しが溜まってるのを思い出した。

「と、友達になりたいのよ!!!!」

 病室の外にまで響く声で、さゆはは叫んだ。

 言ってしまえばさゆはのもの。

「ずっと友達になりたかったの、一年生の時から」

「だからバレンタイン来てたんだ」

「……うん」

 俺は病室のベッドの傍に置いてある、スポーツバッグにぱんぱんに入るくらいに溜まったのを、ベッドの上に置く。さゆはは目を丸くして、バッグと俺の顔を見比べた。

「なに、これ?」

「今までのバレンタインのお返し。……遅くなったけど」

「私に?」

「他に誰がいるんだよ」

 ぶっきら棒に言う。照れ隠しになってしまっただろうか。

「みていい?」

「どうぞ」

 さゆはが近づいてくる。ふわりと甘い香りがした。女の子になったさゆはは、本の中で知る『女性』に近かった。

 少しドキドキした。

 ごそごそとスポーツバッグの中を漁るさゆはの様子を見れるようになる。

 小さな本を取り出す。

「それは中二のお返し」

 どんどんベッドに広げていくさゆは。

「それは小6、その三角のは中一。それは小5」

 一つずつ。汚く包装されたものを出していく。最後に残ったのは、包装紙が破れかけていた。

「それは、小1の」

 さゆはは、ぼろぼろになった包装紙を丁寧になぞる。そこに光る、光の粒。

 泣いている、さゆはが。

 俺はびっくりして、思わずさゆはの顔をみた。さゆははぽろぽろと涙を流して、拭いもせずに返しそびれたホワイトデーたちをみていた。

「ずっと残しててくれたの」

 さゆはの声は震えていた。

 動揺しきっていた俺は、頷くことしかできなかった。

 やっと涙を拭ったさゆはは、お返しをバッグに詰めなおしていく。

「ありがとう、一馬」

「一応、本だから消費期限はないはず」

「あはは、本に消費期限はないよ!……大切に読むね!」

 さゆはは今までみた中で一番綺麗な笑顔を俺に向けた。

 胸がぎゅっとした。

 スポーツバッグを手にしたさゆはは、重そうに持っている。

「また来るね」

「ああ」

「バイバイ!」

 さゆはは病室を出て言った。

 残された俺は、まだちくちく痛む胸を、パジャマの上から握りしめた。


 病室の狭い窓から見える空だけが全てだった俺に、さゆはが彩りを与えてくれた。

 いつか礼を言おう。

 俺の気持ちと一緒に。



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― 新着の感想 ―
[一言] こういう場所だと、ほんとうに必要とされているのが伝わるのではないでしょうか。
2017/02/19 13:20 退会済み
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