バラクーダ侯爵
王以上の財貨を持つと噂されるバラクーダ侯爵は、その資金力で傭兵団をかき集めた。
「俺が出陣する。露払いをさせろ。」
レートを無視した高値で集めた傭兵は4万を超える。小国以上の軍事力である。
「先に傭兵どもを行かせろ。手柄を立てるのは早い者勝ちだ、とな。」
戦力の分散は愚かであると知りながらも気にしていない。
「本隊は俺の1万だ。傭兵など敵の罠を食い破る猟犬に過ぎん。一刻も早く陛下の元へ向かうぞ。」
バラクーダ侯爵は自身の軍隊に絶対の自信を持っていた。それは今までの戦果が証明している。そして王都を包囲する敵中に突撃し、戦死した。アテナイ軍は精鋭部隊を刺客とし、バラクーダ侯爵だけを狙っていたのだった。勿論、アテナイ軍にも大きな損害が出たのだが、それ以上にバラクーダ侯爵の首には価値があった。
この敗戦により、貴族達は貴族連合軍を組むまで動けなくなる。
バラクーダ侯爵が戦死したバラクーダ領では内乱が勃発。バラクーダ侯爵の後継者が決まっていなかったため、その後継者の座を狙った争いが始まっていたのだ。裁定をし、爵位を授ける国王陛下は籠城中である。血を分けた兄弟で殺し合いが始まった。バラクーダ侯爵が誇った財を消費し、他国にまで聞こえた兵が殺し合う。この戦いでバラクーダ侯爵家は完全に没落する事になった。
「これは酷いな。」
バラクーダ侯爵家が持つ飛び地の領土がミカサ王国北部にあった。あったのだ。ここにはこの地を治める代官と治安を維持する武官、そしてバラクーダ侯爵の子供のうち数人が住んでいた。名馬の産地として有名であり、複数の牧で多くの人が働いていた。
その全てが過去形である。
未だに黒煙を上げる代官所。無数の矢が刺さったままの武官詰所。そして崩壊した館。焼け出された人々が身を寄せ合い、恐怖と憔悴で項垂れている。
離れた丘では数十人が武器を構え、陣を構築して睨み合っていた。ここまで争ったのだ。決着が付くまで殺し合うのだろう。
・・・。
何とかはしたい。したいのだが何ができる。
オルファンとは何者だ?王族や貴族ではない。権力はない。名声はない。ただの無名の旅人でしかない。そんな者が争いの仲裁をできるはずがない。さらに領主を差し置いて被災者に指示や救済をするわけにもいかない。施政権を侵害した事になり貴族を敵にする可能性もある。
何かを為すには力がいるのだ。
こんな所に竜人を連れていれば、参戦を要請されたりと厄介な事になるだろう。今はグルーンに戻るべきだ。そして力と名声を手に入れなければ。今は圧倒的強さを誇る竜人達に頼っているに過ぎない。
「力を。名声を。金を。女を。全てを。」
そうだ。どうせなら全てを。
「手に入れる。」
とはいえ、目の前の困っている人を見捨てられる程オルファンの精神はタフではない。詭弁を弄そう。今までも舌先で生きてきただろう。ここは馬産地なのだからやり方はある。
「すまない。馬の飼い葉を分けてもらえないだろうか。」
「馬ならその辺の草でも喰えるよ。勝手にしな。」
こちらを見ようともせず、会話しようともしない。心と気力が折れている。
「馬にちゃんとした飼い葉を食わせてやりたくてね。ただ、申し訳ないが金がない。薬草や包帯、毛布くらいしかない。飼い葉と交換してもらえないか?」
「なっ、それじゃアンタが損をするだろ!交換なんて無理だよ!」
うん、意図が伝わっていない。
「交換して欲しいんだが、可能か?」
「だから包帯やら薬草やらは高いんだから!」
あっ、女性達に押さえ込まれた。引きずっていかれた。ボディーに数発入ったね。あの角度は世界を狙えるか。
「旅の人、アタシらの飼い葉は特別なんだ。でも仕方がないから交換しようか。」
気っ風とガタイのいい奥様が現れた。どうやら話が通じそうだ。
「商談成立ですね。いい取引ができました。」
うん、いい取引だ。これなら貴族が口を挟む事はないだろう。大量の薬草・包帯を渡してから旅立つ。グルーンまで何もなければいいのだが。