事案発生
多分ここ最近で今日が一番歩いた距離は長い。子どもには辛いかと思って、途中でおんぶをヨルに提案したが、首を振られすげなく断られた。馬に乗っていたカランはともかく、町に着いた頃も元気そうだったので、彼のその選択は正しい。逆におんぶを提案した私はもう足が痛くて仕方がない。
「おお……ゲームっぽい」
かつてゲームっ子であった私の頭からはこんな感想しか浮かんでこない。素朴な木で作られた家々が一本の大きな道に面して並び立っている。ここが一番大きな通りらしい。道には露天商が出ており、なかなか賑やかである。
「まずは、私がとっている宿に行こう。君たちの分の部屋もとる。その後は私は依頼主へ報告をしに行く」
「アノ……ワタシオカネナイ……」
「最初から期待してない。安心しろ」
フッと軽く笑い私の頭をぽんぽんと優しく叩く。危なかった。もしもカランが男だったらこの瞬間に私は恋に落ちている。
通りに面した家々の中から、周囲よりやや大きな建物の前で止まる。ここが宿らしい。入ってみると、宿の中は薄暗く、少し埃臭い。いや、我儘を言うわけではないのだけど。
カウンターに座る亭主らしき人の人相もなかなかに迫力がある。彼は私達の方を眺めて微かに顔を顰めた。それもそうだろう、身なりのいい女戦士 が連れて来たのは、変わった服装の女と顔をスカーフでぐるぐる巻きにされた奴隷らしき少年の怪しい2人である。町に入る際にヨルの顔を見られると面倒、ということでこうなったが、かえって目立っていなかろうか。
厳しい顔でこちらを見つめる男にカランが一言二言話し、鍵を受け取る。そのまま腕を引いて促され、二階の一室の前へ。
「とりあえずここで休んでくれ。言いたいことはあるかもしれないが、外で野宿するよりは何倍もマシなはずだ。
私は出かけてくる。戻ったら今後のことを話そう」
そう言ってあっさりと踵を返してしまう。テキパキとした仕草、かっこいい。
カランがとってくれた部屋はベッドが二つ置いてあるだけの簡素な部屋であった。狭いけれど、私とヨルが同じベッドに寝れば、3人でも泊まれるのでは?その分値段安くしてもらえたりしないかな、なんて貧乏臭いことを考える。現状、無一文でカランに全面的に頼っている状態なので、少しでも掛かるお金は減らしたい。
カランという女性について、知っていることは少ない。本人は流れの傭兵、なんて言ってるけれど、あの性格やふとした時に見せる仕草、話し方などに気品が感じられる。これは私の推測なのだが、彼女はどこぞのお嬢様ではなかろうか。だからこう、お金の使い方も大胆とか……
いや、もしかしたらカランは誰かと同じ部屋で寝泊まりするのがあまり好きではないのかも……
後で聞いてみよう。
「やったね、ヨル。今日はお布団で寝られるぞー」
なんて言って、ベッドに腰掛けようとして、ふと思いとどまる。だって私、汚い。5日も外で過ごしたのだ、土埃だの何かの汁だので服は汚れまくりである。下着はちょくちょく洗っていたが、服は一度も洗っていない。
ヨルは、昨日水浴びさせたし、その時服も洗った。まだ私よりはマシである。が、しかし……
「そうだ、下でお湯もらってこよう」
温かいお湯をもらってタオルで体を拭き、体を綺麗にする。その後は、下着姿でベッドに潜り込み、カランが帰ってくるまで体を休めるという名目で少しお昼寝。合理的かつ完璧なプランだ。これなら私も不快じゃないし、布団も汚れない。ついでにヨルも拭いてやろう。暖かいタオルはきっと冷たい水より気持ちがいいのではなかろうか。
珍しく冴えているぞ、私! なんて自画自賛しながら鼻歌交じりにそのまま部屋を後にする。
外から戻ってきたカランが目にしたのは、下着姿の痴女が男児の服を剥いている場面であった。
「君は一体何を考えているんだ!? そんな格好で、破廉恥な!! 大体部屋の鍵はきちんと閉めておけ! 何かあったらどうする! 」
「いや、まったくおっしゃる通りで……」
「ふ、く、を、き、ろ!! 」
物凄い勢いで言われて、慌てて汚れた服をもう一度身につける。うへぇ、汚い。
「……イノリはやることなすこと突拍子がない。何をしようとしていたか、説明してくれ」
さっきと打って変わって弱々しい声。ごめんね、突拍子のない阿呆で。
「えーとですねぇ……」
かくかくしかじかで説明する。私のこの行動にも歴とした理由があったという辺りはかなり熱を入れて語っておく。
「うむ。……君、前から思っていたのだが、その魔族に対する態度、少しおかしくないか。
小柄な方だが、10歳かそこらに見えるぞ。その歳になればいい加減、その……男女の性差のようなものも出てくるしな、古い東方の国には男女七歳にして席を同じくせずということわざもあるらしいし、そのむやみやたらと触ったり、肌を見せるのはだな……」
しどろもどろに諭される。なるほど、その言葉には一理ある。だがしかし、私にも言い分はあるのだ。ヨルが少しでも恥じらう様子などを見せてくれれば私だってまずいと思う。でも、別に嫌がる様子ないし。そんな心配する必要ないのでは、なんて少し意見してみるが、カランは頑として受け付けなかった。
なるほど、カランがわざわざ2人部屋をとった理由も分かった。
「とにかく、これからはもう少し、よく、考えて行動するように!
あぁ、無駄に体力を使ったな。この話はこれで終わりだ。これからのことを話そうじゃないか」
ーー本日正午、〇〇領タダノ町にて、下着姿の地球人女性が男児の服を脱がそうとする事案が発生。女は「いやらしい気持ちはなかった」などと供述しーー