さらば、森
カラン が なかまに くわわった ! ▼
こんな一文が脳裏に浮かぶ。な、なんていい人なんだ、カラン・ヴィノー!どう見ても厄介者でしかない人間を連れて旅をしようとは。いや、最初からいい人なんだろうなとは思っていたけれど、ここまでとは思わなかったぞ、君は伝説の勇者か。
なんて頭の片隅でふざけてみるが、実際は本当にいいの?本当に?と繰り返しながらカランに詰め寄っている。やっぱムリ、と言われたら立ち直れない。
「ああ。一度言ったことを撤回する気はない。それに、ここで別れたら君たちがどうなったか気が気でないだろうしな」
そういって照れくさそうに笑うカランの美しさよ! 不覚にもときめいてしまった。
そして、この世界に来て初めて心強い味方ができたこと、とりあえずの危機は去ったことがじわじわと心に沁みてくる。
「どっ、どうして今になって泣くんだ!? さっき耐えていたじゃないか! 」
「ごべん……!!」
とうとう泣いてしまった。いろいろとはりつめていた気が緩んだせいであろうか、涙が溢れる。鼻水も垂れる。
カランのキラキラのご尊顔の前でぐちゃぐちゃの顔で泣くのが恥ずかしくて、その場でしゃがみ俯く。
どんどん垂れてくる鼻水を汚いと思いつつ服の袖で拭う。緊急事態だ、仕方ない。頼りのポケットティッシュはとうの昔に使い果たした。
ぺたり。
そのとき涙の流れた頬に薄い手が触れる。
「……泣くの? 」
次いで、 小さく平坦な声。
「へぁっ? な、泣きます」
思わず敬語で返してしまう。え?今喋った?喋ったよねこの子。
「……」
きょとんとした顔。なんでそんなにびっくりしてるんだ、むしろびっくりしたのこっちだよ。涙も止まってしまったじゃないか。ていうか、喋れたのかい、ヨル君や。5日間一緒にいたけどお姉さん知らなかったぞ。
「全く喋らないから口がきけないのかと思っていた」
奇遇ですね、私もなんですよ。
「……君が泣いたから、心配しているのか? 魔族なのに」
どうなんだろう。まじまじと顔を見つめると、少しバツの悪そうな顔をした、気がする。それよりも、話せるならずっと聞きたかったことがある。
「ねぇ、君の名前は? なんていうの? 」
とりあえずヨルと呼んでいるが、本当の名前を呼べるならそれに越したことはない。
「……」
おっ、黙りか? 君また黙りこくるのか?
そうはさせないぞとばかりに右へ左へと動く視線を追い続ける。
「……ヨル」
しばらくそうしていると、観念したのかポツリと呟いた。いや、それは私がつけた名であってな?
納得していないような私の顔をちらりと見上げると、もう一度ゆっくりと呟いた。
「ぼくは、ヨル」
「……そっか」
よく分からないが、自分のことはヨルと呼べ、ということなのだろう。そんなに気に入ってくれたのか。なんとなく、鼻をつついてみると、また微かに眉間に皺を寄せられた。話すようになっても表情の変化は相変わらず乏しい。
「さて、それと戯れているところ悪いが、実は私はこの森の見回りを依頼されている。……最近この森で密猟者が出るらしい。ここに住むトワンカの角は好事家に高く売れるからな」
「あのシカモドキ、トワンカって言うの」
トレンカに似てる。
「シカモ……? 恐らく、それだろう。万が一密猟者と鉢合わせると危ない。私と一緒に来てくれ。森を見て回ってから、町へ行こう」
喋るまで こんなに時間 かかるとは。