お前も道連れ
「…なに言ってるんですか、カラン。急に、そんなこと。今までヨルと一緒にいたけれど、ヨルは危ないことなんかしてない。カランだって全然危険だと思っていないでしょう?」
「魔力凝固症の症状が出ているということは、魔術を未だ上手く使えないことの証でもある。現時点で危険はないと判断した。…無理矢理連れて行くことも考えたが、乱暴な真似はなるべくしたくはない。君にも危険を理解してもらって、その上で連れて行こうと思った」
「然るべきところってどこ?ヨルはどうなるの…?」
「それは…」
カランが言葉を詰まらせる。
本当に、何を言っているんだろう。ヨルが危険だなんて。第一、そのヨルの前でこんな話普通するべきじゃない。彼は尊重されるべき個人であって、その意思も何もかもを無視してもののように扱うなんておかしい。おかしいじゃないか。
カランが善良で、高潔な人間だということは、少しの間接しただけでもよく分かった。だからこそ、今までの振る舞いとヨルをもののように扱う今の態度との落差に衝撃を受ける。
価値観の違い。元の世界でもよく耳にしたありふれた言葉である。しかし、それがここまで大きな違いをもたらすことを私は知らなかった。
…ヨルは、この会話をどう感じたのだろう。少し顔を歪めて、悲しみや怒りを表しているのだろうか。
どうすればいいのか分からなくて、ヨルの気持ちが知りたくて、縋るように顔を見る。
ーーそこに表情はない。
悲しみも怒りもない、ひたすら透き通った眼差しが私に向けられている。まるで何事もなかったかのように。
それが悲しい。こんな扱いを受けても、何の気持ちも湧かないのか。どうして平然としていられるのか。そうならざるを得ない何かがヨルにあったのか。
鼻の奥がツーンとして、何だか無性に泣きたくなった。が、耐える。
「私には、この子が普通の子どもにしか思えない。魔族なんて知らない。
短い間だけど、一緒にいたの。だからカランよりもヨル自身のことを知ってるよ。私と何も変わらないニンゲンだよ。…お願い、連れて行かないで」
時折裏返る情けない声で訴える。
「…っ!もし、それが人を傷つけたら?君は責任が取れるのか」
泣き出しそうな様子を察したのか、カランの問う声に少しの動揺が伺える。
「恐ろしい力があっても、きっと使う人次第だよ。魔法を使う人だってたくさんいて、問題なく暮らしているんでしょう?ヨルだってきっと…」
責任という言葉はあまりに重い。この世界で確固たる拠り所のない私には、答えられない。しかし、ヨルを諦めることもできず、言葉を重ねる。
「ここでは魔族は暮らせない」
頑是ない子どもを優しく諭すような言い方だった。
「じゃあ、ここじゃないどこかに行く。もしかしたら人間と魔族が一緒に暮らしてる場所があるかもしれない。それができないなら、ヨルを魔族が住んでる場所まで連れて行くよ、私が」
「…本気か?」
「うん」
「常識もないくせに?魔族を連れて旅ができるとでも思っているのか?」
「…うん」
そう言ってカランをじんわりとぼやけた視界で見る。私のこの熱い想いよ、届けとばかりにじっと見つめるが、気分は捨てられた子犬である。助けてくれ、頼むから。
「うぐっ…!そんな目でみないでくれ。
分かった、君の想いはよく分かった。分かったから」
すいっとカランが目をそらす。か、勝ったか…!?
「現時点ではそれに危険はないし、魔族の売買には罰が設けてあるが、保護をしているだけなら問題はあるまい。…恐らく、だが」
「おおっ!」
「だが、君とそれだけで旅ができるとは到底思えない!!だれか、その魔族を見張る意味でも同行者が必要だ」
「おおっ…?」
「ここであったのも何かの縁、だ。私が共に行こう。元々あてのない旅をしていたのだ。…連れがいた方が賑やかでいい」