君の名は
とりあえずこの子どもが目を覚ますまでは一緒にいよう。本人が起きてからいろいろと聞けばいいじゃない。
この決断に問題を先送りにするという私の悪癖が出てしまっている気がしないでもない気がする。仕方ないじゃないか、何もわからないんだもの。性別すら未だに判然としない。下を脱がせて確認するのは…マズイかな。
「へっくしょい!!!…うぅ、寒い」
当面の行動の指針が決まってホッとしたからか、忘れかけていた寒さが急に身に染みる。とりあえず身を寄せ合って暖を取ろうと近くにあった木にもたれ、膝の上へと意識のない体を抱き上げてみた。この際臭いとか汚れは気にしない。年の頃は分からないが、大分軽いほうなのではなかろうか。心許ない重さになんだか切なくなって少し強く抱きしめる。すると、身動ぎをする気配。
「……っ。」
微かな声とも呻きとも判断のつかない音が聞こえた直後に、私の目に映ったものは、鮮やかな蜂蜜色であった。
夜の森の中にあってもとろりと輝くその瞳が長い前髪から覗く。普通ではありえないその尋常ならざる美しい色。不気味だと感じたあの瘡蓋さえも気にならないほどに…
「綺麗…」
思わず口から言葉がこぼれ落ちる。美しい瞳が怪訝そうに細められるのを見てはっと我に返った。
「あっあのああのあの!私は別に怪しいモノではなくてですねっ!?その、気づいたらここにいたと言いますか!ちょっと心細かったのと、寒さから勝手に君で暖を取ろうと…いや、違う!!そう、君が心配で!やましいことなんて最初から微塵もなかった!と言ったら嘘になりますが!!そのあのあの…!
…あの、言葉って通じてる?」
動揺のあまりにまくし立ててしまったが、至近距離で喚いてしまったにも関わらず、いまいち反応の薄い子どもに不安になる。
「……。」
その答えは沈黙である。わ、分かっているのか…?膝に乗せたまま、その顔を窺い見る。美しいと感じた蜂蜜色をしているのは右目だけで、左目は暗く深い青色をしている。黒い髪、赤黒く変色した皮膚、黒に近い青の左目。全体的に暗い印象の中で暖かな色を宿す甘ささえ感じそうな右目が異質であった。
「あー…。いのり。い、の、り」
とりあえず言葉が分かっていないと仮定して、自己紹介を試みる。自分の胸に手を当てながら名前を繰り返す。次に子どもを指差して仕草で名前を尋ねてみるが、その子どもはじっとこちらを見つめるだけであった。
「名前ないと不便だし、とりあえず愛称的な感じで付けちゃおうかな。んーっと…」
勝手に名前つけてしまうのはあまり良くないのかもしれないが、ないと都合が悪いのだ。いつまでも子ども、とか君、とか呼びたくない。
さて、一時的な呼び名でも名前を付けるとなると、なかなかに難しいものである。変な名前にはしたくない。もう一度、その顔をまじまじとみる。光を集めて輝くかのような蜂蜜色の瞳、闇色の髪、左目…
「…君の名前は、ヨルにしよう。君はまるで、明るい月の夜みたいな子だから」
この世界の月は赤いけれど、私の世界の月は黄色いのだ。