我が姉が異世界で××するとか言いだしたけど、どういう病院がいいと思うか。
旬?に乗ったタイトルものを書いてみようと思った結果。
なんて、寒いんだ。暖房つけろ。
私はぐちぐち文句を言いながら、足をコタツにつっこみ手にはみかんをとった。
今日は姉から重大発表があるというので、わざわざバイトを早めに終わらせてもらって三時間もバスに揺られ一時間ほど前に帰ってきたところだ。
口に放り込んで噛み締めたところで、あまりのすっぱさに眉を顰める。
(結婚? でも彼氏いるとか聞いてないし)
テレビでは丁度結婚したばかりのカップルが嬉しそうに指輪を見せる姿が映し出されていた。その姿に『重大発表』の内容を予想する。確かに姉ももう24歳。結婚するといっても可笑しくはない歳だ。
あの姉が結婚かと、感慨深くもなる。
新しいみかんをとり、りんごの皮をむくようにくるくると細長くむく。途中で切れてしまったところで母の声が聞こえた。
「ねえ、あーちゃん。買い物行って来てくれない?」
「やだ。寒いじゃん、それって今から買いに行く必要あんの?」
即答した私に居間の方から顔を出した母は、「だって」と続ける。
「明日はもっと降るんですって。異常気象よね。私が生きてるこの何十年、雪が積もるなんてなかったのに………ということで三日連休なのに外に出れそうもないからってことよ。ねえあーちゃん、お願い」
「ひささん、私が行ってこよう。あきは帰って来たばかりで疲れてるんだ」
「いいえ! 俊也さんには明日雪かきを頑張ってもらわなきゃいけないかもでしょう? あーちゃん、行って来なさい!」
ついには命令系になった母の言葉を聞いて、私は重い腰を上げた。決して折れたわけではない。私はこの後の光景を見たくなかっただけだ。
我が両親は今現在もとても仲が良い。……良すぎると言ってもいい。どこかへ出かければさり気なく手を繋ぎ、レストランに行けば「はい、アーン」が始まる。小学生の時はそれが普通だと思っていても、中学に入り違うことを知る。
今頃部屋の中では再び茶番のようなラブラブ劇が行われているのだろう。考えるだけで疲労感を覚える。
残されている自分の部屋からマフラーにマスク、帽子を手に取り鞄を肩からかける。こうなったら母の金でプリンの一つでも買ってもらわねばならない。
外に出ると、確かにここ近年で稀に見ないほどの雪が降っていた。マフラーを首に回しマスクをつけてから私は歩き出す。
近所のスーパーまでは徒歩10分。この雪の中を自転車で行くメリットがないので徒歩だけど、下手すれば10分よりも時間がかかるかもしれない。手袋も持ってくるんだったと後悔しても引き返す気はなく、冷たい指先をこすりあわせながら目的地へと足を進める。
到着したスーパーには人がまばらにしか居なかったけれど、暖房はきちんときいていた。ほっと息をついて鞄からメモを取り出す。幸いだったのは重い物が買い物リストに入っていなかったことくらいか。その代わりに量は多い。
「なんでこんな…」
三連休の間でどれだけ消費するつもりなのか。
ぶつぶつと文句を言いながらも籠に入れていく。勿論、自分の分も忘れない。便乗して少し高い物を買った。
テンションが少し上がったところでレジで支払いをする。外に出ると先ほどと変わらず降っていて、またこの雪の中を帰るのかと上がったテンションが底まで落ちた。
だから母の財布を取り出しスーパーで安い手袋も買った。後で文句言われようが関係ない。私は私の身が可愛い。
再びレジをとおして手袋を装着し外に出る。やっぱりあるのと無いのでは暖かさが断然違う。
中で見ていたよりも雪の降る量が増えている。
歩いていると分かる情報に有難みを感じないが、両手が塞がっている以上携帯もいじれない。何か考えて気を紛らわせようと足を止めると、どこからか救急車のサイレンの音が聞こえてきた。
(そういえば、この間の健康診断……再検査とか言ってたような)
突然、不安になってきた。
一ヵ月ほど前の、再検査が面倒とかメールで聞いていたけど、それがどんな再検査かとは聞いていなかった。もし、重大発表がそういう類のものであれば…。
居ても立っても居られなくて足早に歩きだす。
家に帰り着いたとき、玄関には靴が一つ増えていて姉が帰っていることを知った。
「ただいま」
「あ、お帰り亜紀。寒かったでしょ? 熱いものいれようか?」
コタツには自分を呼び出した姉が座っていて、私を見るなり笑いながらそう言ってくれる。
その笑顔にもたげていた不安はあっという間に消え去り、私はみっともなく慌ててしまったことを恥じた。
普段の自分らしくない。柄にでもない行動だったと反省する。
「亜紀、大丈夫?」
姉が首を傾げながらも再び私に問い掛けてくる。
姉は可愛い。茶色から黒色に戻したふわふわのパーマの髪、ぱっちり二重の薄化粧。母と顔立ちが似ているこの女性は私の唯一の姉であり、私から対極にいる人物。
ただ対極にいるとは言っても、仲が悪いという事は決してない。物の考え方や捉え方が百八十度違うだけである。
例えば、姉はサンタの存在を信じていたけど、私は逆に全く信じていなかった。あとは幽霊の存在の有無であったり、運命の出会いについて等、私と姉の考えの違いは結構ある。
夢見がちな姉と、現実的な妹。私達を説明するとそう言われることが多い。
そんな姉の好意を丁重に断り、冷蔵庫に入れなければならないものを袋から取り出した。プリンのパッケージには自分の名を書き込んでおくことも忘れない。あとの荷物は母に渡した。
「ありがと、あーちゃん」
「寒かっただろう。早くこたつに入るといい。今日は鍋にしたんだ」
「……父さんの料理なら安心だな」
「ちょっと、亜紀。せめて母さんの居ない所で…」
各々が茶碗や皿を持ってきて準備はすぐ終わる。狭いこたつに入ると誰かの足が必ず当たるけれど、文句も言わずに皆で両手を合わせた。
「いただきます」
「召し上がれ」
父の声を聞いてから、はふはふと熱い具材を口に含む。口の中に広がる味に小さな幸せを噛み締める。
この寒い季節といったらやはり鍋だ。野菜が沢山入っていて、それに味が滲み込むまで煮込まれたもの。それも父が作るのであれば、の話であるが。
ここだけの話、我が家の母は料理が苦手だ。目分量で作るのが悪いのか、色んな食材をごちゃ混ぜにするのが悪いのかは知らないが、とても不味い。一番悪いのは本人が不味いと思っていないところかもしれない。そういうこともあり、いつからか食事だけは父が担当している。
お菓子のようなきちんと計ってつくるものは成功するのに。
素晴らしく胃に染み渡った美食をいち早く食べ終わって箸を置くと、食べながらもチラチラと時計に目をやる姉の姿に気付いた。このあと出かけるのだろうか。
「姉さん、何か予定あるの?」
「え?」
「さっきから時計気にしてるから」
時間を気にするということはそういうことだろう。
「ええっと、……ご飯食べた後に皆に話があるの」
「今じゃなくて?」
普段ならご飯を食べながらでも話したいことがあれば話すのに、今日の姉は本当に重大な発表をするつもりらしい。
――なんか、あるな。
滅多に笑顔を崩すことのない姉の笑みがぎこちなく、どこか緊張を含むものだった。不安が再び押し寄せてくる。だけど私はそんなことを表情に決して出さないようにし、緊張する姉を横目に、食後のお茶をいれることにした。
姉は紅茶、私と父はコーヒー、母は緑茶。
全員が座ったところで、姉はこたつから一歩外に出て、私達に向かって深々とおじぎを言いながら話し始めた。
「私……異世界の王様のお嫁さんになります」
最初の言葉がそれだ。
顔をあげた姉は私達が誰も口を挟まなかったのを確かめてから、流れるように話を進める。姉が話す内容のうち、私が理解できたところで要約すると
半年前の仕事の飲み会の帰りに、マンホールに落ちたと思ったら姉は異世界にいたという。目の前にいた王らしき男に『神に祈り国を救わねば、お前の命はない』と脅され、泣く泣く慣れない祈りを神殿で行うこととなる。
異世界生活三日目。姉が庭の隅で泣いていると、塔の上から声をかけられたのだという。姉はそこで一人の男性と出会い、恋に落ちた。ただ、その男性は傾きかけた国の唯一の王子であり、父である王に幽閉されていたのだ。
姉も国の荒れように胸を痛め、王子とその仲間たちに手を貸し王を討つことを決意する。そして表で王の言う通り神への祈りを捧げながらも、裏で反旗を掲げる仲間を募っていく。
そして姉が異世界に呼ばれ五年もの月日が経った年、ついに王子は王を討ち新たな王となった。
そして結婚して欲しい。と王になったその人に言われ、異世界への永住を決めたのだと言う。今回、この世界に戻って来たのは家族である私達にそれを言っておきたかったからだとか。
簡単に言ってしまえば確かそんな内容だった気がする。
だけど、その時の空気をなんといえばいいのだろう。分かってほしい。
ちなみに母はぽかんと姉を見て、父は持っていたカップを机の上に落とした。そして私は余命申告とかの『深刻』な事態では無かったことに内心安堵したが、別の意味で『深刻』な事態であったことに頭を抱えたくなった。
そんななかでも時は過ぎる。それはちょっとの時間であった気もするし、一時間以上だった気もするが――何時までもこうしているわけにもいかない。
のろのろと突然の発表に、言葉が出ない両親の代わりに姉に向かってこう言った。
「姉さん……、…頭打った?」
ああ、明日から三連休だったか。この状態なら何にせよ医者に診せねばならない。病院に行くなら早く行かなくては。
呆然としたまま動かない両親はあてにはなりそうもなく、仕方なしに私が頭を働かせる。連休を楽しむ余裕はないようだ。
私は溜息をつきたくなって、止めた。私の言葉を聞いて姉が複雑そうな顔をしていたからだ。
姉は確かに昔から、恋愛に対して両親と同様に夢を見ている感があるとは思っていたけれど……まさか妄想が突っ走るまで現実から逃避したいとは思いもしなかった。
確かに仕事は大変だと言っていた。でも、どうしてこんな風になる前に私に相談の一つもしてくれなかったのか。私はそんなに頼りない妹だっただろうか。ぐるぐると考え込んでしまいそうになる。
「亜紀、信じ…」
「―――姉さん、聞いていい? そんなに辛かった?」
「え、ええ。最初はとても辛かったわ…」
「そう。気付いてあげられなくてごめん。私は姉さんの味方だから」
私の言葉に姉さんが涙ぐむ。それにつられて私の涙腺も緩んでしまった。
涙をひとつ流しながら、触れ合った手の温もりを感じる。
こういう時って……どういう病院がいいんだろうか。
考えを巡らせるこの時の私は知らない。いや、知る由もないだろう。
この後、イケメンが突如我が家の二階から現れ姉の婚約者を名乗ったり、長い長い話し合いの末に何故か一家で異世界へと移住することになることを、この時は微塵も予想していなかったのである。
姉がこういうこと言いだしたら絶対こうなると思いながら。