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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
四章:かつての街で
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一話:ジークオリジン

 以前見た、夢の続きを見ていた。 

 結婚式を挙げて、半月程経過した頃合いだろうか。

 その頃はジークではなく、妻に付けて貰った名である、西条疾風を名乗るようになっていたが、日本情報局の呼び出しは相変わらず多かった。

 何しろ、その頃には中国系アメリカ人としてではなく、日本人として外務省に勤めていたのだから、ほぼ毎日、中華の大使館へと出向く必要があり、それはいつも呼び出されているのと同じだ。

 表向きはただの大使館職員だったらしいが、実の所は妻であるジルが体を使って引き出した情報を、日本へと伝えるための、伝書鳩でしかなかった。


「……くそったれ」


 サイハテが安全な仕事をしている中、妻が誰とも分からぬ男に抱かれているのは、非常に面白くなかったが、これも仕事である。

 悪態を吐くのは通勤途中の車の中にのみ収め、表面上は変わらないように、中華国内へと潜伏している、仲介人に情報を伝えに行く。

 今日の待ち合わせ場所は、北京郊外にあるカフェで、カウンター席でCIAの友人と会う手筈だった。

 駐車場に車を止めて、カフェに入り、カウンター席に座ると、隣の男が話しかけてくる。至って普通の新聞記者を装った、電子諜報(シギント)のみになったCIAには珍しい、現地工作員(アンダーカバー)の男だ。


「よう、ハヤテ」


 向こうは気さくに話しかけてくる。

 サイハテはさも今気づいたように振る舞って、男の肩を抱いた。ちなみに初対面である。


「おお、久しぶりじゃないか。今まで何してたんだ?」


 肩を抱いて、馴れ馴れしく話すように演技し、彼の懐に車のキーホルダーに偽装したメモリースティックを押し込んだ。


「ああ、中華の公害問題を追いかけててね。工場の方まで出向いていたんだが、まさか鉄パイプ持っておいかけられるとは、思わなかったよ」


 アメリカ人らしいリアクションは、自然な動作で疑われる事はまずないだろう。

 彼とはいくつか下らない談笑をして、さも話しすぎたと言わんばかりに腕時計見て解散の流れとなった。

 焦ったように会計を済ませて、車に飛び乗ると、少しスピード違反をしながら、サイハテは帰路に就く。彼の手にはメモリースティックを押し込んだ時にスリ取った、現地工作員のマイクロSDが握られている。

 中身はいつも通りの、暗号化された音声データだろう。

 この中に、次にサイハテがやるべき任務が記録されている。それは、彼女を手早く解放するための手段であり、平和への第一歩だった。

 大使館に帰還して、まず最初に向かうのは自分のオフィスである。

 何も知らない同僚達に白い眼で見られつつ、苦笑いで頭を下げながら、オフィスへと引っ込む。

 そして、スタンドアロンのノートパソコンを取り出して、音声データを再生した。


『任務ご苦労ジーク。こちらはアカギだ』


 しわがれた男の声が、PCより響いてくる。

 命令を下すコイツが誰なのかを、サイハテは知らない。


『今回の任務は至極単純。裏切った現地工作員を、貴様の手で仕留める事だ』


 その命令を聞いて、濃く入れたインスタントコーヒーを啜っていたサイハテの眉間に皺が寄る。裏切者なんて、いないからだ。

 残虐で狡猾なアルファナンバーズを受け入れる国は無く、ここで日本を裏切っても、共産党に使いつぶされるのは目に見えているのを、皆分かっている。

 この命令は結局、上の誰かがミスをして、その帳尻合わせに、仲間が消されると言っているような物だった。


『その相手はα77。手早く消せ、以上だ』


 誰が消されようとも、それは仕方ない事だと考えていたが、消される相手を聞いて、コーヒーを溢してしまう。

 既に、SDカード内のデータは自動的に削除されており、聞き直そうにも、聞き直す手段も無く、こう言った手法に慣れているサイハテ達が、聞き違える事なんてなかった。

 日本は間違いなく、自分の妻を殺せと、命令してきたのだ。

 この時の心境は覚えていない、それは夢の中の自分も覚えていなさそうだった。

 普段は残業なんてしないのに、今日は溜まりに溜まった仕事をおぼつかない手で片づけて、帰る頃には、大使館の中に誰もいない位には遅い時間まで働いてしまう。

 駐車場に留め置いた車に乗る頃には、やっと覚悟が決まったのだと思う。


「逃げよう。顔を変えて名を変えて、中東辺りに潜伏しよう」


 わざわざ、口に出す必要なんてなかったのに、口に出してしまった。

 それは、日本を裏切ると言う決断をより固く決める為の儀式だったのか、それとも、ただ単に自分を奮い立たせようとしただけなのか、今のサイハテにも分からない。

 だが、頭の中でプランは出来上がっていた。中東の石油王に、伝手があり、そこからアメリカかユーロ圏へ繋いでもらって、亡命するなんて難易度も高くて、凄まじく危険な手筈だったが、やらずにはいられなかった。

 なんだったら、スンニ派のボスでも手土産と、共産党が開発していたウイルス兵器でもにすればいいのだから。

 どこか悲観そうな面で、彼は家に帰る。

 もう、零時を過ぎて明日になってしまうと言うのに、家には明かりがついていた。仕事道具を詰め込んだ鞄を持って、家の前で生唾を飲み込んだ。

 日本と、アルファを裏切る。成功したら九死に一生を得るレベルの難易度であり、下手をしなくても、死亡率は九割より多かった。

 扉を開けると、奥の方から小走りで駆けてくる気配があり、寝室でも整えていたのであろう彼女が、ひょっこりと顔を出して、嬉しそうにほほ笑んだ。


「ハヤテ。おかえり」


 西条琴音(さいじょうことのね)、サイハテが初めて自分の意思で好いた女であり、自分で考えて結婚した。言わば初めて手に入れたもの、と言っても過言でない少女だ。


「……ただいま」


 いつもは、同じように笑顔で返事をするはずのサイハテが、今日は暗い顔をしているので、琴音はどうもおかしいと思ったようだ。


「どしたの? なんか嫌なことでもあった? 頭なでなでしてあげよっか?」


 鞄を受け取った彼女は、サイハテの周りをくるくる回りながら、そんな事をまくしたてる。


「……君を殺せと言われた」


 ネクタイを外し、地面に叩き付けて、サイハテはリビングのソファに身を沈み込ませる、琴音が大喜びで買ってきたものだが、いい物だと、サイハテも思っていた。


「……そっかぁ。次は私の番かぁ」


 彼女の言葉には、少しだけ、残念そうな含みが持たされている。

 そこには、自身の人生が終わる悲しみだけではなく、この生活を終わらせたくないと言う、感情も込められていた。

 琴音は死ぬ気だった、そう命令されたのだから死ぬしかないと思っている、アルファらしい答えだ。

 逃げようと言っても、無駄かも知れないが、言うしかなかった。言わずにはいられなかった。


「俺は君を殺したくない、だから……一緒に逃げよう」


 もっと気の利いた台詞はなかったのか、そう自問自答したが、これ以上の台詞なんて出てくるわけないのである。


「………………………………」


 琴音は、深く考え始めた。

 左手に鞄を、右手を頬に当てて、逃げだした場合どうなるかを、考え込んでいる。

 そして、答えが出たのか、ゆっくりと首を左右に振った。


「……何故だ」


 拒否の答えを聞いて、頭が真っ白になった気がする。

 カラカラに乾いた喉からは、掠れ声しか出ないのに、その声はよく響いた。


「だってさ、二人で一緒に死んだら、どっちも消えちゃうじゃない」


 彼女はいつも通りの、サイハテが好きな顔で笑って見せる。

 どこまでも幸福そうに、私は幸福だと言わんばかりの笑顔が、好きで好きでたまらなかった。


「この生活も、ハヤテの気持ちも、私の気持ちも、全部時間の流れから消えちゃうし、私達がここにあったと言う証明も出来なくなっちゃうでしょ?」


 それにさ、と琴音は続ける。


「貴方は私を殺したら、すっごく苦しんでくれるでしょ? それはもう、一生忘れられないでしょ? それってさ、一生ハヤテが私の旦那様(もの)になるって事じゃない。素敵じゃない?」


 ニコニコ笑って、そんな恐ろしい事を宣う。


「ハヤテは生きなくちゃいけないの、私の為に。ハヤテは苦しまなくちゃいけないの、私のせいで。だってこんなにも私は愛されているんだもの。だから、私が貴方に一生の傷痕(思い出)を刻んであげる」


 愛を知った女の執念は、何よりも恐ろしい。


「だから、鉄砲なんて無粋な武器で殺さないで、刃物なんてつまらない武器で私を殺さないで、貴方の手で、私を絞め殺してよ。私の事を本当に愛しているのなら」


 もっと深く説得すれば着いてきてくれる、なんて言葉は幻想だ。

 こうなった琴音は意固地でもサイハテに殺されようとするだろう、彼女は愛情深く、嫉妬深い。どうあっても、傷痕を残すつもりなのだ。


「……苦しいぞ、その死に方は」


 故に、こんな事しか言えない。


「ハヤテがくれるものなら、苦しみでも私は嬉しい」


 彼女は、幸福そうだった。

 最も殺したくない人間を、一番嫌な殺し方で始末する。これを悪夢と言わずになんと言うのか。

 サイハテは細くて白い首筋に、己の武骨な手を当てがって、ゆっくりと絞めた。

 すぐに死なないように、気絶しないように気を使って、彼女に死の時間をくれてやった。琴音はサイハテを裏切った、彼の気持ちを裏切って、死を望んだ。

 彼女の顔から、血の気が抜けていく。

 彼女の口が、酸素を求めて喘いでいる。

 琴音が死んでしまう。

 視界が滲んだ。

 サイハテの頬に、細く長い指を這わせて、死の間際、妻はこう言った。


「これで貴方は、未来永劫私の物」


 呪縛を残して、琴音は死ぬ。










「ふぁ!?」


 素っ頓狂な声を上げて、サイハテは目覚めた。

 周囲を見渡すと、どうやら車の中に居るようで、後部座席で眠りこける陽子とレアが居て、銃座から顔を出してこちらを見つめているハルカが居た。


「どうなさいまシタ?」


 心配されているのだろうか。


「……ちょっと、夢見が悪かっただけだ。気にするな」


 頭を掻いて、サイハテはハンドルを握った。

 まさか昔の夢を連続で見るとは、ついてないとぼやいて、車を発進させる。

 もう少し進めば、千葉の街だ。

 頭を切り替えなくてはならない。

作中内に出てきたサイハテモデルの小説と名前が違うのは、正しく伝わっていないから。

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