四十一話:サイハテ死す(大嘘)
「百二十度の方向から、剣戟らしき音が聞こえマス」
ハルカの指示に従って、レアは車を走らせる。
細い木位ならぶつかっても、向こうがへし折れるだけでこちらにはなんの被害もないが、レアが抱えきれない位大きな木に、ぶつかってしまっては行軍が不可能となる為、大変気を使っていた。
それも気になるが、陽子の状態も心配だ。
魂が抜けたように一点を見つめて、膝を抱えたままの体勢で微動だにしない彼女は、まるで屍のようであった。
「大分、音が大きくなって参りまシタ。レア様、戦闘準備ヲ」
しばらく走っていると、大分近づいたらしい。
ハルカにそう言われて、自分なりに心構えを持つが、役に立つことはないだろう。サイハテが苦戦するような相手だ、研究者である事以外は、なんの特徴もない幼女であるレアが何か出来るとは思えない。
そして、熱源探知の映像に、サイハテと、その戦っている相手が映し出される。
よろけながら逃げ回る人物に輝く敵味方識別信号と、それを集団で追い詰めようとする、人間に比べて低い体温反応。
「いっ!?」
驚愕の声と共に、急停車させるレア。
衝撃で倒れた陽子が何があったのか尋ねるように、運転席のレアへと視線を向ける。
「さいじょーのあいて、せんとーよーさいぼーぐ?」
後ろの陽子を見つつ、尋ねた。
「……そうよ」
その返事にレアは絶望する。
戦闘用サイボーグと言うのは、頑強な電磁結着装甲と、小型核融合炉によって生み出される莫大なエネルギーをパワーに変えた怪物兵器だ。
単騎で戦車に匹敵する歩兵と言った方が解りやすいだろうか。
映像の影から見る限り、崩壊前の時代末期に生産された軽サイボーグのようだが、それでも一個人が対抗するには不可能だと言われる性能なのだ。
「レア様、アタシの57mmでは破壊は不可能デス。西条様を回収して、逃走しまショウ」
EMP系の武装があれば話が別なのだが、そんなものここにはない。
レアの頭脳は、この場の最適を素早くはじき出す。館山に向かうのは大幅に遅れてしまうが、サイハテを失うよりはずっとマシであり、ここは撤退するべきなのだ。
「……はるか。えーあいの、ばっくあっぷ」
「とうに済ませておりマス。後部座席にまっさらなAIを置いてありマスノデ、あたしは殿を」
そう言って、銃座から笑顔を見せてくるハルカを見て、レアは唇を強く噛んだ。
「あなたのしは、むだにしない」
「人の為に壊れるのが、アタシ達の誉れにてございマス。レア様、どうか、心穏やかに」
そう言って、ハルカは跳躍して戦場へと向かって行った。
レアは何か考えているのか、後頭部を掻き毟っている。
道具の矜持を聞かされて、何か思うところでもあったのだろうか、涙を流すまでは行かなかったが、何かに堪えるように、唇を噛んでいた。
そのやり取りをじっと見つめていた陽子が、唐突に口を開く。
「あれを壊せばいいの? どうやって壊すの?」
映像では、サイハテとハルカが背中合わせになって飛び交うサイボーグの嵐の中で堪えていた。
「……れーるがんなら、そーこーのうすい、わきばらにめいちゅーすれば、なんとか」
しかし、そんな事は不可能だ。
距離は七百メートルもあり、サイボーグ達は時速三百キロメートルで三次元軌道を行って二人を攪乱している。
あれに、弾丸を当てるなんて不可能なのだ。
「そっか、簡単じゃない」
夢遊病患者のようになった陽子が、ガウスライフルを持って銃座へと昇っていく。
その姿を唖然としたような表情で、見つめるレアは、声をかける事なんてできなかった。不可能だと言いたくなったが、そもそも陽子は人類の次に現れた支配者、新人類の原点である可能が高い。
「もしかしたら」
出来るかも知れない。
レアは銃座から目を外して、食い入るように熱源探知装置の映像を見つめる事にした。
ハルカが空を飛んできた。
全裸でボロボロのサイハテを見て、随分驚いたようだったが、そこは機械である、優先事項に従ってサイハテの援護に入ってくれる。
「ここはアタシが時間を稼ぎマスノデ、西条様は撤退ヲ」
背中合わせになりながら、サイボーグ達の剣劇を防ぐ。これで大分死角が減ったと言ってもいいだろう。この命が持つまでは耐えきれそうだ。
「ああ、そりゃ不可能だ」
しかし、サイハテはハルカの撤退具申を却下する。
「足を斬られた、走れん。立っているだけでやっとだ」
その言葉の通りに、彼の足を見てみると腿がばっくりと割れていた、溢れる血の奥に白い大腿骨が見えている程の重傷で、立っているのがやっとと言う言葉通りの意味だ。
「……そうデスカ。申し訳ありマセン。死出の旅路にはお供致シマス」
せめてもの餞たる言葉だったが、言われた本人が怪訝な表情をしている。
「あぁ? 何言ってんだテメェ。俺はここじゃ死なねぇぞ?」
血を流しすぎて、普段の優し気な声色ではなく、戦士らしい粗野な口調になったサイハテの言葉に、今度はハルカがプログラムに従って怪訝な表情をする番だった。
「どう考えても死にマスヨ?」
「いいや、死なねぇな。陽子とレアが来てるんだろ?」
陽子とレア、なんて言われても彼女達がこの状況で役に立つとは思えない。
「彼女達に何かを期待するのは、酷デス」
二人がここに来ても死体が増えるだけだ。
「見てりゃ解るさ。なるべくそこから動くなよ」
その言葉と同時に、空間に紫電と閃光が走った。
閃光は地形や樹木を利用して飛び回るサイボーグのわき腹に突き刺さり、粉々にしてしまう。
それを皮切りに次々と紫電の矢が降り注いで、一瞬で撤退を判断したサイボーグ達を撃ち抜いていく。全て一撃必殺であり、こんな事を出来る狙撃手を、サイハテもハルカも一人しか知らない。
「ま、陽子ならこんなもんだろ」
刀を鞘に収めて、嬉しそうなサイハテが語る。
前後左右にふらつきながら、笑みを形作って、彼は天を仰いだ。
「後で……褒めて……やらな……くちゃ……な」
そのまま彼は倒れ伏した。
随分酷い失血をしていたのだ、仕方ない事なのだろう。気絶しても、どこか嬉しそうな彼に、今の陽子の状態を伝えるのは少し、気が引けた。
サイボーグはもう出さないを決めた。強すぎる。
かと言って、その内また出てきそうなんですけどね。