四十話:サイハテの元へ
門を超えた少し向こうで、蹲る陽子を拾った。
何故に下着姿で虚ろな目をしているのか、レアには想像できない出来事があったに違いないと、彼女に麻酔を投与して縫合を始める。
貫通銃傷を負ったわき腹も酷いが、細かい瓦礫やガラスが散乱した大地を走った足の損傷も酷いものだった。幸いだったのは、わき腹に弾丸を受けたとき、彼女は下着姿だった事位だろうか。
銃傷で恐ろしいのは、残された弾丸と、体内に入り込んでしまった繊維だ。弾丸は金属なので金属中毒を起こすし、入り込んだ繊維は腐敗して菌のコロニーとなる。
「いたくない?」
そう言った要素を排除する為に、一度切開してみたが、大丈夫そうだった。
切り開いた場所を糸で縫いつつ、麻酔が効いているのかと尋ねてみた。
「……大丈夫」
何かを見ているようで見ていない瞳が、外を見ている。
今の陽子は、魂ここに在らずと言った具合で、何を聞いても上の空な返事しか帰ってこないだろう。
離れている間に何かがあって、心ここに在らずだが、とにかく、体の事はレアが居る限り大丈夫だ。さして重傷でもないし、細胞増活剤を使えば一週間で完治するだろう。
傷跡は一年位残ったままになるだろうが、その内消えてなくなる、いつも通りの綺麗な肌に戻れる。
「きずあと、のこんないから、だいじょぶ」
「……うん」
返答はやはり上の空だった。
レアは悲しそうに眉尻を下げた後、自分のポシェットから取り出した、貴重な増活剤をアンプルガンにセットする。
これ一本、赤い円で三百円の値段だ。サイハテにおねだりして買ってもらったものであり、陽子に投与すれば二本しか残らない。
カップラーメンより安いはずの増活剤が、まさかこんな高い値段になっているとは思いもよらず、レアは困った覚えがある。
「うつよー」
アンプルガンを陽子に突き付けて、引き金を引く。
ガス圧で発射するので、大きな音は出ないが、射程距離が異様に短い治療道具である。
発射されたアンプルが陽子の肌に突き刺さり、薬剤を注入し始めた。刺さったアンプルを一瞥しただけで、陽子は特に反応を返す事もない。
「……ほんとに、じゅーしょー」
それは傷の事なのか、心の事なのか。
「では、お車にお運びシマス」
心配そうなレアを尻目に、ハルカは任された仕事をこなしていく。
陽子を抱えあげて、車の後部座席にまで運び、自身は銃座へと戻る。
運転するのはレアの役目だ、陽子はとてもじゃないが、銃撃に堪えられるような傷じゃないし、これ以上戦わせたら彼女の精神はどこへ行くかわからない。
精神科は専門じゃないので、治療法なんてわからないし、こう言った症例は、実際に戦場で過ごしていたサイハテに頼る他ない。
「むー」
運転席に上って、ハンドルを握りながら、呻く。
戦いの中で、陽子もレアも少しずつおかしくなっていっている自覚がある。以前のレアだったら、銃弾飛び交う戦場で、震えている事しかできなかったはずなのに、今日は率先して協力していた。
「とにかく、さいじょーをむかえにいく。よーこは、あんせーにしてて」
傷が開いたら、今までの治療がやり直しになる。
これ以上、余計な時間を食う訳にはいかないのだ。陽子曰く、サイハテがピンチらしいので、急いで向かわなくてはならないだろう。
「……うん」
肝心の陽子はまだ上の空だが、サイハテがどこに居るかなんて、大体目星はついている。
サイハテのジープには航空レーダーも搭載されており、そのレーダーが妨害される場所があるのだ。恐らく、そこで戦闘をしているのだろう。
彼から通信が来なかったのも頷ける。
「それじゃー、はっしーん」
クラッチを踏んで、ギアをローに入れて、半クラで出発する。
MT車と言うのは、本当に度し難いとレアは思った。
とにかく急がないといけないが、これから走る場所は未整地な上、森だ。
どこかにぶつけて車が故障しました、なんて事態になったら冗談抜きでサイハテが死んでしまうだろう。私人としての想いや、公人としての想いからも、それだけは避けなくてはならない。
彼には、これから作る国の中枢を担う人物になってもらわねば困るのだ。
こんな場末の戦場で死んでいい男じゃない。死ぬにしても、それなりにドラマチックに死んで貰わねば困るのだから、なるべく急いで迎えにいく。
「はるか、しゅーおんで、たんち」
「心得ておりマス」
妨害電波の出ている方向では、電子的な索敵は役に立たない。狭い範囲ではあるが、かなり強い妨害電波が確認されているのだ。
ハルカの集音機能で方向を予測し、車に搭載された熱源探知で索敵するしかないだろう。
全く持って、厄介な戦場に連れてこられたものである。
後三話位で、章の終話が書けそうです。
な、長かった……




