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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
三章:新しい旅立ち
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三十九話:折れかけ陽子と死にかけサイハテ

 スカベンジャーの智弘はある賭けに出た。

 武器を捨て、両手を上げて、遮蔽物から身を乗り出し、陽子相手に交渉する事にしたのだ。

 仲間の損耗は限界に達し、撃てども撃てども倒れない魔女を見て、士気が崩壊寸前なのもあるし、何よりも撃たれたくなかった。

 彼女の射撃は寸分の狂いもなく命中し、仲間を戦闘不能にする。次、自分がああなると考えたら、智弘としても、もうやっていられないのだ。


「お、お嬢さん! 話をしよう!!」


 両手を上げたまま、彼女の眼前まで歩んでいき、そこで膝をつく。

 銃を向けられたら回避運動も出来ないし、射線の関係で、銃撃戦になったら、仲間と陽子の銃撃を浴びてしまう位置だ。

 どうか答えてくれと、額から冷や汗を流して、陽子を見つめる。


「………………いいわよ。何かしら」


 未だ興奮冷めやらぬと言った様子の少女が、息を荒くしながら返答した。

 智弘は思わずホッとする、すぐに撃たれて背後からハチの巣にされる事だけは避けれたようだ。


「お、俺達はもうあんた達と戦わない!」


 紅く輝く瞳が智弘をとらえている。

 どこまでも紅い、感染変異体を思わせるような輝きに、スカベンジャーは身震いした。

 特殊な技能を持たない、至って普通のスカベンジャーにとって、あの輝きを見ると言う事は死を意味する、隠密技能が無ければ昼間のぼんやりとした紅い光は見る事はできない。見える位置まで近づくと言う事は、感染変異体にこちらの位置を知られる事なのだ。


「だ、だから……見逃しちゃぁくれねぇか?」


 陽子は思案している。

 見逃すかどうかではない、他に伏兵がいないか、目線だけで探っているのだ。

 答えを返さない少女に、智弘は勝手に焦り始める。


「家族が居るんだ! 妻と、娘。俺ぁ、あいつらに春を売らせるような真似だけはしたくねぇ!! だから、頼む! 見逃してくれ!」


 自分で言っておいて、随分と身勝手な言い分だと、智弘は思った。

 他のスカベンジャーが攻略した遺跡に手を出すのは、ご法度である。特に明文化された法がある訳でもないが、他人の上前を撥ねようとする人間は死んで然るべきなのが、この世界のルールだ。

 文字通り、ぶち殺されても、世間は欲の皮が張った馬鹿が馬鹿を見ただけの話、と、聞き流してしまう。


「なぁ、頼むよ。街角で見知らぬ汚ぇ男に、妻と娘が媚売るのはイヤだ。見逃してくれよぉ」


 自分勝手な言い分でも、生き残らなくちゃ話にならんのだ。

 智弘は地面に伏せると、大声でおいおい泣き出した。生きる為なら、家族の為ならプライドなんて犬か魔女に食わせてしまえばいい。

 彼はどこまでも正しかった。


「…………いいわよ、見逃してあげる。武器を捨てて早く逃げなさい。弾までは取らないから、十分生きていけるでしょ?」


 その正しさは、陽子の琴線に触れる。

 家族の為に、地面に突っ伏して泣き出すと言うのは、十分に憐憫を誘う姿だったのだ。智弘は返答を聞くと同時に、身に着けていた武器類を全て投棄して走り出す。


「あ、ありがてぇ! この恩は忘れねぇ! てめぇら! 帰るぞ!!」


 彼の号令が響くと、受信所内の遮蔽物からワラワラと武器を捨てた男達が現れて、撃たれても未だ生き残っている仲間達へと集っていく。

 そして、苦しむ仲間を石や角材などの鈍器でトドメを刺して、彼らの持つ物資を奪って退散して行った。


「……はっ?」


 思わず唖然としてしまう。

 一連の出来事は、一切介入できない位、手際もよくて唐突な出来事だったからだ。

 カーニバル状態の脳から、脳内麻薬が引き潮のように引いていき、陽子は痛みを思い出して、貫かれたわき腹を抑えて、蹲った。


「なんなの?」


 だくだくと流れ続ける血液が、妙に温かく、視界が涙でにじみ始める。

 もう訳がわからない。自分も、彼らも、なんの為に大怪我をして、なんの為に仲間を殺したのか、陽子には一切理解できなかった。

 頭を叩き割られて、大脳が溢れた死体の眼が、陽子を睨んでいる。

 瞼を押しのけて、眼孔から飛び出した死体の眼が、無数に陽子を見つめていた。


「訳、わかんない。わかんないよう」


 飛び出さなければ、その内弾が切れて、殺されていた。

 もしかしなくても、犯される位はされただろう。自身の身を守る為に、飛び出して、負傷者を増やし、結果として、その負傷者達は殺されてしまう。

 本当にこれが正しい事なのか、陽子には理解できなかった。

 あの時の高揚感に任せて、自分は死を振りまいただけじゃないのか。無理に飛び出して、敵を逃亡させるより、もっといい手段があったんじゃないかと、後悔に堪えない。

 敵から与えられた恐怖による巨大なストレスと、銃弾を発射した時に感じる爽快感。炸薬の炸裂する轟音に、ストックを通して伝わる衝撃。それを感じている内に、どうしようもない万能感と、思考の鈍化。胸の奥底から湧き上がる戦う本能に、どうしても抗えなかった。

 それでも、一線は超えずに敵を殺す事だけは避けた、サイハテから教えられた、決して致命傷にはならず、されど行動できなくなる部分を狙って撃った。

 陽子は誰一人として殺していない、しかし、逃げた奴らが殺した事は、ある意味、自分のせいなのではないか。と考えていた。


「わかんないよ……」


 呟きの後に、嗚咽を漏らす。

 彼女の背後からは一台のジープが接近してきていた。







「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!? らんめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 森の奥底で、男の嬌声が響き渡った。

 正確に言うならば、嬌声に似た悲鳴だ。

 迫り来る多数の刃を、捌いて躱し、時には切られつつもなんとか生き残っており、サイハテは全身に裂傷を負って、たくましい肉体を真っ赤に染めている。

 砕けた手で無理矢理握った刀は既に取り落とし、なんとか片手で、三次元軌道を弾丸のように駆け回るサイボーグの集団を相手にしていた。

 だが、多勢に無勢な上、サイハテが動ける範囲は二次元軌道である。

 なんども追いつかれては刃が突き刺さっている。今も、尻の右頬に切先が突き刺さった。


「んほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!? いたぁい!!」


 これ以上深く刺さる前に弾くが、いい加減、死にそうである。


「刺しすぎィ! 逝く逝く逝く逝くぅ!」


 奇声をあげながら切りかかってみるが、容易く躱されてしまい、代わりに複数の刃がおかわりされた。それすらも捌いて、距離を取る辺り、ふざけていてもサイハテだ。


「……くそぅ。奇声をあげたらなんとかならないかな大作戦も失敗か」


 ここに至るまで、様々な作戦を結構したが、こんなにも運頼みかつ、破れかぶれな策なんて今までになかった。


「よし、次は全裸で悩殺うっふん作戦だっ!!」


 布の切れ端同様になった服を脱ぎ去り、サイボーグ集団へと飛びかかるが、彼らは動揺する事無くサイハテに対応する。


「くそぅ」

くそぅじゃねーよ

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