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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
三章:新しい旅立ち
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三十八話:鮮血の魔女

 弾が切れた。

 予備の弾薬は車の中であり、もう陽子の手元には拳銃にこめられた分しか弾が残っていない。

 それに対して、敵の銃撃は苛烈であり、物陰から出る事も出来なくなってしまった。


「……ふぅ」


 興奮して荒くなった息を落ち着かせる為に、軽く深呼吸をするが、対して意味がない。

 弾薬の掠った腿や肩口、頬や二の腕が熱を持っていて、陽子が熱を冷まそうとしても、余計に体を火照らせる結果となっていた。

 唯一の救いは、興奮して痛みを感じない事だろうか。

 頭の中で脳内麻薬が弾けて、陽子のテンションは今までにない位、高くなっている。サイハテが居たのなら、陽子の状態を戦闘中毒によるものであると教えてくれていたのだろうが、彼女はそれを知らず、心の奥底から無限に湧き上がってくるような高揚感に、少し恐れを抱いていた。


「……ふっ、ふふふ」


 自然に口角が吊り上がり、笑みを形作る。

 先程まで感じていた疲れも、照り付ける日差しから与えられた厚さも、敵から発せられる恐怖も、何もかもが無くなっていた。

 胸元から一枚のガムを取り出して、陽子は戦いの最中にそれを食べ始める。

 糖分の多いチューイングガムで、それは少し噛んだだけで柔らかくなる奴だ。


「ペッ」


 それを吐き出して、ナイフの切先に着ける。ポシェットから鏡の破片を引っ張り出してナイフに着けると、手製の手鏡となった。

 これを物陰から突き出して、敵の様子を伺う。

 今までに感じた事のない高揚だと言うのに、頭の中は清流でも流れているのではないか、と思える位には澄んでいる。


「……囮作戦」

『よーこ、なにかいった?』

「独り言」


 呟いた言葉を無線機が拾って、レアの質問が入ってきたが、にべもなく一蹴して、陽子は自身の服に手をかける。

 なんでこんな事に気が付かなかったのだろうと、陽子は愚かだった先程までの自分を殴りつけてやりたい気分だった。

 弾薬がないなら拾えばいいのだ、落ちてないなら奪えばいいのだ。敵はやっつければ問題ないし、銃弾は当たらなければ意味がないのだから、囮を立てている隙に敵をやっつけて、別の遮蔽物に飛び込めばいい。

 こんな事も考えつかないなんて、自分はどうかしていると、陽子は自身の頬を張った。


「ふふふっ、ふっ」


 胸と下半身を隠すだけのバトルインナー姿になって、先程まで自身が着ていた服に、空になったリュックなどを詰めて、人っぽく仕立て上げる。

 ブーツを脱いで、靴下も詰めておく。

 敵からの銃弾はまだ止んでない、まだ時間がある。

 ブーツの靴紐を解いて、囮に縛り付け、門柱に固定する。これで陽子は下着に素足、戦場では狂気以外感じえない格好になっていた。

 ついさっきまでは、あんなに怖かったのが、今は凄く楽しいと感じるようになっているが、あまり問題とは思えなかった。

 拳銃を額に着けて、目を閉じる。


「さぁ、行きましょうか」


 この世界で目覚めた頃から使っていた9mm拳銃、シグに微笑みかけて、囮を押した。

 紐につながった囮は、まるで覗きこんでいるかのような状態で静止する。服の首筋から飛び出したリュックは、まるで頭のように見えるから、敵も誤認してくれるだろう。

 案の定、囮の方に射線が傾いた。

 陽子は口元に笑みを浮かばせて、遮蔽物の外へと飛び出し、拳銃の有効射程まで一気に駆け抜ける。

 被弾面積を小さくする為に腰を屈ませて、膝も曲げて、ひび割れたコンクリートの大地を疾走する、足の皮は破けて、飛んできた銃弾が皮膚を裂くが気にしない。


「……く、狂ってやがる」


 敵の誰かがそんな事を陽子に言ったが、気にせず撃つ。弾丸は肩口を貫通して、その誰かは悶絶しながら倒れ、銃を落とした。

 パイプと木材を組み合わせて作った、手製のサブマシンガンを、そいつが居た遮蔽に飛び込みながら拾って、未だ射撃を続ける連中へと乱射する。


「がぁ!」


 誰かが弾に当たって、悲鳴をあげながら倒れた。

 命中率の悪い銃だが、陽子にそんな事は関係ない。十発放って、十発とも命中したのを確認し、銃の弾が切れたので、投げ捨てる。

 銃を持って狙いをつければ、弾丸がどこに飛んでいくかなど、陽子には解るのだから、命中率の良し悪しは関係ない。関係あるのは威力と飛距離だ。

 踊るように次の銃まで歩いていき、二丁を拾う。

 転がっているドラム缶に片足を載せて、仁王立ち、弾丸を乱射する。

 遮蔽物に隠れていない奴を撃ち倒し、遮蔽物に隠れている奴には制圧射撃をお見舞いする。陽子が立っている場所には、沢山の銃と呻いている敵が転がっているが、これは全て陽子が倒した奴らだ。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……はぁ!」


 撃てば撃つほど、陽子は高揚していく。

 弾が切れたら、落ちている銃を蹴り上げて、掴んで射撃する。

 それを繰り返すだけで、敵は面白いように倒れていく、足の傷からは鮮血が溢れ、わき腹を銃弾が抜けても、よろけるだけで、陽子の戦闘能力は全く落ちない。

 むしろ、血を流す分、傷を覆うごとに銃撃の苛烈さと、体を見せたスカベンジャーが撃ち抜かれるスピードが上がっていく。

 スカベンジャーの一人は、そんな怪物を見て、陽子をこう評した。


「……鮮血の魔女」

女子中学生に戦争のストレスを与えたら、壊れるか、たぶんこうなる

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