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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
序章:傾いた総合病院
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九話

 国に忠を尽くしたのは間違いない、危険な中国へと赴いて、一年間の諜報活動やパルチザン支援、挙句の果てには虐殺や他国へのテロを中国の仕業として見せかけた事だってある。その結果として中国は瓦解し、日本は戦争の危機を回避したはずだ。

 病気で滅んだのなら、まぁしゃーない。

 しかし、最後の任務が女の子を孕ませる事なんて、あんまりではないだろうか……?


(あれか、諜報員から種馬への降格って奴か……)


 なんだか、埃塗れの天井がゆっくりと滲んでいく。


(これが涙か、泣いたの十年ぶり位じゃないか)


 袖で、ぐりっと目を拭うと、サイハテは諦めたかのようにボイスレコーダーの続きを再生する。


『――――――と言うのは、半分冗談だ』


 流れてきた言葉に、サイハテは半分だけホッとする。

 この言葉回しは、任務じゃないけど、やってくれると嬉しいと言っているのだ。つまりはお願いレベルの話だった訳だ。


『君の遺伝子は貴重だし、子孫を増やしてほしいとは本当に思っている。だがこの音声記録の目的は別にある。我々は君に再び重荷を背負わそうとしていた、しかし、君は過去に全てを我々に捧げてくれた。故に最早君から何かを奪う事は出来ないと判断して、君に辞令を渡そうと思う』


 突如雰囲気の変わったボイスレコーダーに向かって、サイハテは首を傾げる。


『君は定年退職だ、何せ何百年も経過しているからね。我々(NIA)と言えど、日本の法律は守らなくてはなるまい。君から貰った全てを、今君に帰そう』


 ボイスレコーダーを聞いていた陽子が、ちらりとサイハテの表情を見る。彼の表情はなんとも言えない表情をしていた、まるで、思い出に浸っている老人のような表情とでも言えばいいのだろうか。


『忠義、感謝する。自由に生きろ。西条疾風』


 ボイスレコーダーからの言葉にサイハテは静かに頷いた。


『―――――追伸』


 これで終わりかと思っていた過去からのボイスレターからにはまだ続きがあった、もうちっとだけ続くんじゃ。


『退職金は物品で支給する事にした、ギフトボックスに入っている女の子全てだ。喜ぶといい』


 サイハテはボイスレコーダーを振りかぶると、思い切り地面へと叩きつけた。

 最早これ以上話を聞く必要はない、というか、聞きたくない。しかし、それを予想されてかボイスレコーダーは頑丈に作られており、まだ声を発し続けている。


『それと、君が眠っていた病院から西に7キロある工場に行くといい、そこには君の助けになるものがあるはずだ。以上。このボイスレコーダーは自動的に消滅する』


 ぽしゅっと間抜けな音を立てて、レコーダーは煙をあげると動かなくなった。恐らく過電圧によって回路を焼き切ったのだろう、無駄な拘りように、サイハテは大きく溜め息を吐く。呆れたような眼差しをレコーダーに向けてから、ゆっくりと立ち上がった。


「もう夕方だ、この図書館で夜を明かそう」


 サイハテの提案に、陽子は思い切り身を竦ませる。


「あ、あの、えっちなのはいけないと思うわ!」

「それでもなぐもはさいじょーのもの」

「ひぃ!」


 一体全体、人の事をなんだと思っているんだ、と言いそうになったが、サイハテは陽子との出会いが最悪だったことを思い出す。

 その場のノリに身を任すと碌な事にはならないな、と思いながらも変態行動は自己表現なのでやめる気にはなれない。


「手を出したりしねーよ」


 口に出しても、信用と言うものは得られない。

 陽子は言葉で騙されるような少女ではないのはなんとなくサイハテも理解できている。それに最初から騙す気分なら、もっと別の人間を演じると言うものだ。


「とにかく、夜の移動は危険だ。俺一人なら未だしも、君達は体力だって消耗しているし、それに感染変異体どもは夜行性らしいからな。数百のグールに囲まれるのはごめんだ」


 グールと聞いて、陽子が身を震わせる。


「ばりけーどでにかいをほきょー、いっしつにこもってよるがあけるまでまつ。ぞんびさばいばるのきほん」


 ゾンビサバイバルじゃなくて、終末サバイバルなんだけどな。なんてツッコミは控えておく。


「そういう事だ。陽子だって腹減っただろ?」

「……うん、お腹空いた」


 お互い昼飯を食べ損ねているのだし、缶詰とはいえ、あったかい食事が恋しい時分でもあるだろう。温かい食事は士気に直結するし、サイハテの頭の中ではすでに脱出プランが組み上がっているのだ。

 明日はかなり無茶してもらう予定になっている。

 そこで一旦別れ、陽子とレアは夕食作り、サイハテはバリケードを作る為に周囲の本棚なんかを動かして階段にワイヤーで固定している。

 陽子は豆の缶詰とトマト缶、更には鶏肉の水煮缶、食堂で手に入れた調味料類を使って料理を始めている。


「なぐも、りょーりじょーず、なんで?」


 その手際を見つめていたレアが疑問を上げる。


「うちはお母さんが早くに死んじゃったから、弟達の面倒見るのは一番お姉ちゃんな私だからね。自然と覚えたの、そこそこ裕福な家庭だったから苦労したことないけどね」


 陽子はお姉ちゃんだったのである。

 家事をしつつ学校に通って、射撃の練習をし、オリンピックに出場した努力する天才なのだから。


「今はこんな物しか作れないけど、食材が揃ったら美味しい物作ってあげるからね」

「たのしみ」


 底の深いフライパンに熱され、内容物がコトコトと気泡を立てはじめる。陽子はそれを見て、飲料水を加え、胡椒を振ってからカセットコンロを弱火にすると、ハードカバーの本を蓋代わりにフライパンの上に置く。


「後は20分弱火で煮込むだけ」

「おおー」


 家庭的な少女に向かって、科学者な少女が手を叩く異様な光景が広がっている。


「ほんとは鰹節とか、丸鳥とか、出汁になるものが欲しかったんだけどね。それか香辛料がもっと欲しかったわ……贅沢を言えば玉ねぎとか、水が出る野菜ね。それがあれば飲料水を使わずに済んだのになぁ……」


 陽子は今加えた材料と調味料で何が出来るか、大体予想がついているらしい。豆と鶏肉のトマトソース煮込みである。香りづけに胡椒を加えただけの簡素な料理だ。

 料理に使った飲料水の余りを、レアと陽子のコップにわけると、二人して喉を潤わせる。


「まるでしゅふ」

「まさか!」


 レアの褒め言葉に陽子は笑ってみせる。

 レアが座っている間でも、陽子はてきぱきと動いて簡素な寝床まで用意し始めている、寧ろ主婦と言うよりおかんと言った方が近いのであろう。


「あ、サイハテ。おかえり。ごはんはもうちょっと待ってね。今煮込んでる最中だから」

「おう、ただいま。まさかここで煮込み料理が食えるとは思わんかったぞ」


 そう挨拶をかわすや否や、サイハテはどかりと床へ座り込んでしまう。

 どうやら大分体力を消耗しているようで、サイハテにとって大した運動でもないバリケード作りでも息が乱れ始めている。


「サイハテ、その……大分疲れているみたいだけど、大丈夫?」


 寝床を作り終えた陽子が、煮込み中のフライパンを気にしつつサイハテに声をかけている。


「ああ、大丈夫だ。どうやら俺の体は鈍っていたらしいな」


 500年の眠りだ。冷凍睡眠と言えど鈍ってしまうのは仕方ないないだろう。


「あれで鈍ったって、あんた眠る前はどんな人間だったのよ」


 陽子の呆れたような質問に、レアが割り込んでくる。


「なぐもは、さいじょーのことしらない?」

「ええ、知らないわ」

「ぼくのじだいだと、さいじょーのかつやくはほんになって、えいがになって、あにめになってる。にほんのこくみんてきえーゆー」

「うっそ!? え、サイハテが? ……あ、ほんとだわ。ここに本がある」


 語られない戦争なんて書かれた小説だ。

 表紙にどこかの山で、アサルトライフルを手に持って夕陽に黄昏ているサイハテが乗っている……陽子は不覚にもかっこいいと思ってしまった。


「……へー、こんな事してたんだ」


 話題の中心である人物の表情は複雑そうだ。まさか実在のスパイがスパイ小説の主人公になるとはお笑い種である、しかもサイハテがモデルではなく、そのままサイハテが出演してるのだから。


「ふーん……名も無き英雄、その人生の一端をここに記す。ねぇ」


 本を持ち上げて、陽子はニヨニヨした表情をサイハテに見せている。

 話題の人物は複雑そうな表情である。そんなサイハテの表情に満足した陽子は本の内容へと目を通し始める。

 物語の中でサイハテは苦悩し、引き金を引くシーンなんかが存在している。


「これほんと?」


 そこまで読んでから、陽子はサイハテに本の内容を告げて、本当かどうかを尋ねてみる。


「いや、人を殺す時にそんな難しい事は考えない。じゃなきゃ俺がやられる」


 どうやら内容はフィクション半分であったようだ。


「ふーん……あ、そろそろ出来たわね」


 少しばかり残念な表情になった陽子は、本をバックパックに突っ込むと、じゅうじゅうと吹き始めたフライパンの元へと寄っていく。

 蓋代わりの本をどけて、何度か中身を掻き回してから、お皿代わりの空き缶へと内容物を注いでいく。


「はい、サイハテ」


 一番最初に渡されたのは功労者のサイハテだ。


「おう、サンキュ」


 プラスチックのスプーンを突っ込まれた缶詰の空き缶を受け取り、サイハテは礼を言う。


「はい、レア」

「ありがとー」


 二番手はレア、子供らしく、受け取っている。

 最後に自分の分を注ぐと、三人は手を合わせ、日本人らしい挨拶をして食事に取り掛かる。フライパンの内容物はまだ半分ほど残っている。おかわりは自由なのであろう。

 赤いソースに沈み込んだ豆を、掬うとトマトの香りが漂ってくる。それと胡椒と塩の香りが程よいアクセントとなっている。サイハテは掬った豆をそのまま口に運ぶ。

 柔らかく煮込まれた豆は口の中でほろほろと崩れ、缶詰だと言うのに豆の風味が感じられる。


「……うまいな」


 贅沢を言えば二味位足りない品ではあるが、ここには調理器具もフライパン位しかない場所だ。それでもこの味が出せるのは上等と言うものだ。


「そう?」


 陽子は自分の作品に不満そうだ。

 しかし、与えられた状況でこの成果を出せるのは素晴らしいと言わざるを得ない。それ以上は高望みと言うものだ。

 柔らかい豆ばかりでなく、弾力のある鶏肉もいい感じだ。


「ああ、この材料でこれだけの味なら文句をつけるのは愚か者だけだ。料理人(コック)だって文句をつけられないさ」


 何せ、作ったのは14歳の少女だ。

 与えられた状況で最高の結果を出したのだ、文句のつけようはない。


「……そう」


 陽子は少しだけ、嬉しそうにはにかんだ。

 この料理はサイハテの体を気遣ったものだとよくわかる、炭水化物とタンパク質を程よく取れる豆類に、脂質の少ない鶏肉と共に、腹に入れやすいようにトマトで風味づけ、煮込む事によって消化吸収を助ける料理だと見抜ける。

 食事を終える頃には、みんな満足していた。

早く脱出しろよ!(マジギレ)

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