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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
三章:新しい旅立ち
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三十五話:朽ちた戦士4

 瞳を閉じる。

 この状況で、奴の手にかかり、ここで朽ちる事はサイハテの望みとは少し違う。彼は己の死を託せる相手を探している、より強い相手に、己が理想を託す、戦士の誉れだろう。

 だが、このサイボーグは違う。ここでサイハテを倒そうが倒すまいが、彼は朽ちてしまい、先には繋がらない。奴は過去の戦場に魂を囚われているだけの、朽ちた戦士だ。


「……よう、そっちは地獄だったか?」


 鷺足(さぎあし)立ちをして見せ、奴に問いかけてみるが答えは帰ってこない。

 しかし、この構えが持つ意味は体が理解しているようで、サイボーグが踏み込んでくる事はない。鷺足立ちは変幻自在の立ち方だ。片足で立つ事からバランスが悪いのだが、胸のあたりに構えた両腕と、折り曲げた状態で維持された片足は様々な動きを可能とする。


「いい加減、あんたも疲れただろう。そろそろ、終わってもいいはずだ」


 不安定な構えをしていると言うのに、サイハテは微動だにしない。砕けた拳はもう使えない、掌底位なら打てるのだろうが、拳を作ったり、相手を掴んだりは不可能だ。


「あんたの死は無駄にはならない、いつか、あんた達の屍が平和への道しるべになる。だから……来いっ! 殺してやる!!」


 サイハテの気勢で、大地と樹木が揺れる。

 それに誘われるように、サイボーグが踏み込んでくる目測で時速百キロ近い竜巻のような男だ。ぶつかっただけで、サイハテには致命傷であり、 奴は無傷だ。

 だが、奴は正常な判断力を失っている。それが唯一の、サイハテが奴に勝利する為のウィークポイント、彼が正常だったら、サイハテに勝ち目なんてなかったのだから。

 大上段に構えられる刀、そこから繰り出されるのはなんの変哲もない唐竹割り、変哲もない割には一撃必殺の危険な攻撃だ。

 だから、退き過ぎない程度にサイハテは下がった。


「ぐぅっ……」


 刃の切先がサイハテの胸を抉り、鮮血が噴き出す。

 肋が二本程切り裂かれたが、今は気にしている余裕はない。ピンチとは絶好の反撃チャンスでもある、奴の刃は振り切って、大地に突き立つ寸前で止まっている。

 ほんの僅かな隙、誰も気にせず、活用しないような小さな隙が、サイハテにとっての最初で最大の攻撃を叩きこむチャンスだった。

 刀の鍔を掴んで、そのまま前に倒れるように体重を乗せて、サイボーグの胸を打った。これだけでは終わらない、溜めに溜め切った力を、肘がぶつかった瞬間に全て乗せる。

 膝の爆発力に、腰の回転、両腕の力に、己の体重全てをぶつけられたサイボーグの体が浮き上がる。


「これで」


 肘に貰った反発力をそのまま己の力へと変換し、鍔を握った手を全力で捻りあげる。人の関節が決して曲がらぬ方向に、最も力が入らない方向へと折り曲げた。

 弾かれるように、刀がサイボーグの手から離れてサイハテの手に渡される。


「俺の」


 浮き上がったサイボーグへと肉薄し、刀を水平に構えた。


「勝ちだっ!」


 そのまま一閃し、奴の首を跳ね飛ばす。

 皮一枚なんてことを考えている余裕など無く、断ち切られた首は反動でどこかへと飛んで行ってしまう。持ち主を失ってしまった体は、そのまま重力に引かれて大地に落ちる。

 彼の体から、刀を収めていた鞘を奪い、刃を収めた。


「……あんた、強すぎだぜ」


 刀を腰に結わえて、サイハテは肩で息をする。

 胸の傷口からはとめどない鮮血があふれているがそんな事を気にしている余裕はない、再び刀を引き抜いて構えると、何もない空間に紫電が走って、にじみ出るように同型のサイボーグが三人湧きだした。

 何かを言いたそうに顔を歪めた後、サイハテはため息を吐いていつもの表情に戻って、奴らを睨みつける。


「おかわりとかいらないんだが……」


 もう悪態も出てこない。








 拳銃の連射音が響く。

 まるで、とにかく銃を撃つことを目的としたかのような連続発砲音。それが止む頃には、


「大丈夫?」


 陽子が傍に立っていた。

 手にはまだ排煙の終わってない拳銃を持っていて、先程まで迫ってきていたスカベンジャー達をそれで一掃したのだと、一目でわかるような出で立ちだった。


「い、いでぇぇ……」


 何よりも驚く事は、向かってきていたスカベンジャー達が誰一人として死んでいない事だ。誰もが腿と両肩を撃たれて悶絶しており、今すぐ死にそうな人間はどこにもいない。

 貫通力の高い9mm弾だからと言うのもあるのだろうが、飛び込んですぐさまそれを実行する陽子の腕前も恐るべきものだった。


「ねーちゃ! きてくれたの?」


 ハルカの下で、レアが歓喜の声をあげる。


「ええ、そして喜びなさい。サイハテがピンチよ」


 そして、喜ぶレアを親指を立てた一言で黙らせる辺り流石としか言いようがない。

 ハルカは苦笑いしつつ、レアを助け起こして、スカベンジャー達が持っていた武装を回収する。鉄パイプと木材で作られた簡素な半自動ライフル、ガス圧でレバーを後退させて排莢するタイプではなく、銃弾が発射された衝撃で後退させる、なんとも安っぽく扱いづらそうな武器だ。

 銃口が跳ね上がる上に、ライフリングも掘られていなく、銃弾の口径に対して口腔内が大きすぎるので、命中率も悪いだろう。


「よくもまぁ、こんな武器デ」


 ハルカが呆れる。


「敵の武器はどうでもいいのよ。とにかく、サイハテがピンチだわ。レア、走れる?」

「うん、まだまだ、げんき」


 力瘤でも作りたかったのか、両腕を曲げるレア、流石にその細腕で力瘤は出来ないと思う。


「ハルカ、車まで走って、サイハテを助けに行くわよ!」

「……ここを突破するのデスカ!? 危険すぎマスヨ!」

「危険は百も承知! だけど」


 ここに置いてあった荷物の一つ、MP5を引っ張り出して、マガジンを叩きこむ。


「ここでやんなきゃ、サイハテが死んじゃうもの!」


 どこか、サイハテに似てきた陽子を見て、ハルカは大きく頷いた。


「かしこまりマシタ。ではまず、持ってきた手榴弾を全て、彼らにごちそうしてさしあげマショウ」

陽子「サイハテがピンチよ」

陽子(やっぱりサイハテは人間よ! 英雄なんかじゃない!)

レア「ぐぬぬ」


 レアが落ち込んだ理由。

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