三十三話:朽ちた戦士2
一度距離を取り、奴の動きを見切る他ないと、サイハテは直感で感じていた。
技の冴えも抜群で、身体能力はおおよそ全てが負けている。となればだ、後は自身の優っている部分で勝負を仕掛けるしかない。
その為には、まず奴の動きを見て、ある程度予想出来るようにならなければいけない。
サイボーグの剣劇は鋭く重い、ナイフの耐久性に問題があって、そう何度も捌ける物ではなく、もう六合打ち合えば、このナイフはへし折れてしまうだろう。
「くっ、新型の感染変異体か……厄介だな」
ハウリングのかかった、聞き取りづらい音で奴は喋った。
「違う、俺は感染していないし。変異体じゃなくて変態だ!」
サイハテが怒鳴る。
それはもうどうでもいい事を怒鳴った。
サイボーグは案の定スルーして、油断なくサイハテの周りを回っている。
「……どうした、ツッコミとか、そう言うのはないのか? 正直、俺はお前と戦いたくない。退けと言うなら退こう、武器を捨てろと言うのならば、捨ててもいい。どうだ?」
冗談が通じていないかと思い、そう語りかける。
しかし、奴の反応はない。
無視しているとか、そう言った反応ではなく、こちらの言葉が一切聞こえていないようだった。
「もしかして、お前さん。故障しているのか?」
反応はない。
確定だ、コイツは本物の自衛官で、ここにウイルスが上陸した時よりずっと戦い続けている人間なのだろう。
道理で、受信所内に敵が一切いなかったはずだ。
「……そうか、お前も戦い続けているのか。逃がさなくてはいけないのは、避難民なんだな?」
だったら、サイハテに出来る手向け等初めから決まっている。
奴の戦いに終止符を打ってやらねばならない、奴の戦いはとうに終わっていて、お前はもう眠らなくてはいけないのだと教えてやらなくてはならない。
「ずぇあっ!」
サイボーグが踏み込んでくる。
サイハテが受け流せる、四歩の間合いを一瞬で詰めており、瞬きする余裕すらない、した瞬間に、サイハテの首に奴の刃が食い込むだろう。
刃を受け流して、奴のボディに焼夷散弾を打ち込んでやるが、やはり効果がない。衝撃でよろける位の効果しかなく、せっかくの焼夷効果も、奴には効いていないようだ。
「後、五合……」
その内に、奴の動きを見切らなくてはならない。さもなければ、サイハテは死ぬ。死んだら死んだで、あいつらが煩そうだから、それはなるだけ避けたい、なんて考えながら、再び踏み込んできたサイボーグを受け流して、額に一筋の汗を流した。
その頃陽子は地下道を必死な思いで走っていた。
今の陽子に、足元に転がる遺骸を気にする余裕はない、踏み潰そうが蹴飛ばそうが、お構いなしに走っている。
警戒しながら歩いて十分位の道のりなので、全速力で走ればそう長い距離ではないが、帰り道だってあるのだ。急がない理由にはならない。
「レア! そっちはどうなってるの!?」
無線機を作動させて、向こうの様子を尋ねてみるが返答はなく、どうやら向こうも切羽詰まっているようだ。
「ああ、もうっ!」
煩わしそうな声と裏腹に陽子は冷静だった。
猟銃のスリングを肩にかけて、拳銃を引っ張り出し、スライドを引いて残弾を確認する。いつもは弾倉を抜いてあるので、たまに弾の入れ忘れがあるのだ。
それを警戒したが、弾薬は装填されており、このまま戦闘に映っても問題なかった。
「……大丈夫、大丈夫。私がなんとかしなきゃ、ガウスライフルなら、あのサイボーグも」
油を取ってこいと、サイハテに頼まれたのは、別に油を持ってくる事を頼まれたわけじゃない。あれは暗号だ。
近くに潜んでいる奴が居るから、援軍を連れて来て欲しいと言う意味であり、詰まる所、急がなくてはサイハテが死んでしまう可能性がある。
「急がなきゃ!」
武器を捨てるわけにはいかないし、弾薬もそうだ。
だから代わりに、いざと言う時の食糧や水を入れた背嚢を投げ捨てて、少しでも軽くなって、走る事にした。
急がなくてはならない。
20mm機関銃が、うねりを上げて、突進してくるスカベンジャーを粉々にした。
57mm機関砲が、咆哮のような轟音を立てて、迫る装甲車両を爆散させる。
左腕に20mm、右肩に57mmを担いだハルカは、武器庫の前に陣取って迫り来る無法者の群れを相手に、鬼神のような働きをしていた。
「レア様、あまりご無理をなさらぬヨウニ」
背後では空になった弾倉へ、必死の思いで弾薬を詰めているレアが居る。
「だ、だいじょーぶ……」
無理をするなと伝えても、息も絶え絶えになりながら、弾薬を装填し続けており、大分あの二人に毒されているように思えた。
ハルカにとって、レアは最も守らなくてはならない守護対象であり、あんな無理をさせていると、自身のAIに刻まれた保護プログラムがさっさと後退しろと叫びまくる。
だが、ハルカのプログラムは特別性だ。
ハルカは矛盾する、非効率だと分かっていても、己の領分を飛び越えていると判断しても、ココロと呼ばれる思考プログラムに従ってしまう事がある。
「では、頑張ってくだサイマセ。あたしにも、余裕ありまセン」
全く持って、非効率であると機械の部分が文句を垂れるが、うるせぇと返事をしておく。
「が、がんばるー」
20mmで、再び接近して来ていた奴らを粉みじんにしつつ、頑張ると返ってきた言葉に、口角を僅かに上げた。
本来ならさっさと退くべき案件であり、今の状況ならサイハテと合流する事が正しい答えだ。それでも、連絡の途絶えた彼らを信じて、ここで踏みとどまる事を選択してしまう。
状況
地下道先の森:サイハテVSサイボーグ
地下道:陽子疾走中
受信所内の武器庫:レア&ハルカ奮闘中
頑張れ陽子! 君次第だぞ! 割とマジで!




