三十一話:泰平の世で光り輝く
炸裂音と共に、閃光が狭い地下道に響き渡る。
タンパク質が解けてくっついてしまった死体を引きはがすのに、かなりの無茶をしたとは思うが、こちらには時間がないのだ。
崩落の危険性はあったが、それよりも向こうが心配だった。
「ちょっと、サイハテ。重い」
サイハテに覆い被された陽子が呻く。
爆破の瞬間に、一部が崩壊する可能性もあったので、自身の体の下に陽子を隠したのだ。
「すまんすまん」
謝りながら上からどいてやると、
「もうっ!」
なんて言いながら、彼女は立ち上がる。
彼女用に誂えた野戦服についた埃を叩きながら、吹き飛んだ遺体の壁を眺めており、その眼差しはどこか悲しそうだ。
「死者を憐れむのは後にしよう。今は生きる為に進まなくてはいけない」
そんな陽子を見ても、サイハテが変わることはない。
いつも通りの低く落ち着いた声で諭して、先に進むことを促すのだ。
「……分かってるわよ」
死者より生者が優先される。
それはいつの時代だって変わりはしない、死者は腐るばかりで何かを食べるでも、言うでもなく、そこにあるだけの存在だ。
彼らに義務はなく、ただそこで眠る事が許されているだけの存在だ。
対して生者は生きているだけで義務が伴う、それは人が決めた納税や労働の義務なんかではなく、ただ生きる事が義務なのだ。
「だったら、行こう。彼らに墓標は必要ない、俺達が出来ることなんて、何もない」
それがサイハテの言い分だった。
陽子はカッとなって言い返そうとしたが、かつては彼もその一人であった事を思い出して、口を噤んだ。ありとあらゆる記録から一度は消された男、人々の記憶の中で生き続けた、ジークと言う象徴の答えがそれだった。
「……わかってるってば」
陽子と言う少女は善性の塊だ。
己の心が赴くままに正しくあろうとしている、善き少女であり、相手の心を思いやるからこそ、己が正義を口に出して、誰かに押し付ける事なんかしない。
彼女は知っているのだ、己が正しい事を。故に、誰かに認めて貰う必要なんてなく、彼女は善性が導くままに行動を起こすだろう。
「君が善人である事は知っているが、それとこれとは別だ。とっとと気持ちを切り替えろ、善性が導くままに死んでしまったら、それはただの愚か者だぞ」
「だから、わかってるってば!」
今にも泣きそうな表情で怒鳴られても、切り替えられていないと言うのが丸分かりだ。
その感受性の高さと、心の善性は泰平の世ならば誰にも劣らぬ美徳だが、今の時世では足枷にしかなっていない。
(危うい)
サイハテは、そんな陽子の善性を危険だと判断する。
彼女は正義の赴くままに行動して、いつか命を落とすと確信した。
それと同時に、まだ女子中学生なのだから、心の切り替えが出来ないのも、また当然だろうと感じている。
故に、今の陽子は危ういのだった。
「しつこくして悪かったな。もう言わないよ」
今、彼女にしてやれることはないと感じ、謝罪して前に向き直ろうとすると、陽子はなんだか申し訳無さそうな表情をした。
こっちこそごめんなさいと言いたそうに、口をもごもご動かすが、結局子猫のような唸り声が聞こえてくるだけだ。
論理的にはサイハテが正しいと分かってはいるが、心が感じた他者の痛みを、間違っているとは認めたくない、なんて感じだろうか。
「……君が感じた事は正しい。だが、それは心の奥底にしまっておくべきの物だ」
歩き出したサイハテに、渋々と言った様子でついてきていた陽子に、サイハテは少しだけレクチャーしてやる。
「君は自分に酔う女じゃない。自身がこうなったらと想像して、悲しむふりをする酔っぱらいじゃないのは知っている。君は他者を思って泣ける、えらい子だ。だが、今の時世はそれを許さない。君が善い子でいてくれるのを、許してはくれないんだ」
陽子は黙って聞いている、視線はサイハテの大きな背中へと注がれて、次の言葉を待っていた。
「だから、その気持ちは俺達が新しい世の中を作るまで取っておけばいい。君の優しさと強さは、そんな世界でこそ光り輝く」
明らかな励ましに、陽子は何度も瞬きをする。
口説いているんじゃないか、と思う位には詩的な言葉だったし、あのサイハテが明らかに気を使い、言葉を選んで励ましてくれた事に、陽子は面食らう。
それでも。うれしいのは事実で、僅かに上がる口角を隠さずに、穏やかな口調で、一言だけ返事をした。
「……うん」
くっさ!




