三十話:地獄があった地下道
不安そうな返事を返した陽子の頭を撫でて、床板を踏み抜くと、緊急時に使われるであろう避難階段が隠されていた。
背後を振り返り、扉を見てみると、内側から鍵が開けれるような細工もあって、ここは中央の指揮所へと繋がっているのではないか。と、サイハテは考える。
階段を下りてみると、ドンピシャであった。
恐らく、武器庫から武器弾薬を運ぶ用の小さなレールと、朽ちたトロッコらしきものが鎮座している。
「……これって、トロッコ?」
物を入れる箱がなくなって、車輪と車軸だけになったそれを突きながら、陽子が尋ねてきた。
「そうだ。ここらがウイルスに包囲された時、自衛官達は籠城したようだな」
だが、それでは疑問が残る。
援軍は絶望的だったはずなのに、何故籠城策なんて選んだのだろうか。ここの指揮官がそんな事も分からないような蒙昧な人間だったとは考え難い。
現在の士官教育システムは、最低限度も出来ないような人間は弾かれる仕組みになっており、そんな人間が防衛大を卒業できたかとは、考えられる事じゃなかった。
「……そう、ここの人達、囮になったのね」
陽子が、珍しい事を言った。
囮になったと、それは一体なんの囮だろうか。
「あら、わかんない?」
「……ああ、わからん」
考えても答えが出ないサイハテに向けて、しょうがないわね、とでも言いたそうに首を振った陽子は口を開いた。
「ここらへんにも、沢山の人が住んでいたんだから、その人達が逃げる時間を稼ぐ為に、残ったんでしょ」
その答えを聞いて、感染変異体がさして頭のいい奴らではなかったのを思い出した。
「なるほどな、ここで派手に戦えば、音につられて奴らは寄ってくる。それはもう際限なく寄ってくるだろうな」
つまり、ここの飯岡受信所は英雄たちの墓所でもあるのだ。
墓所を守っていた番犬を破壊したのは、サイハテだ。ここは、ワンダラータウンから来たスカベンジャー達に荒らされて、跡形も無くなってしまうのだろうが、それでも、申し訳ないとは思わない。こう言った物資や廃材なんかでも、死者に残しておくより、生きている者が使う方が効果的だからだ。
前に進むにつれて、野戦服を纏った白骨死体と干からびたグールの遺体が増えていく。
「……別の場所にも、入口があったのか」
そして、そこを破られたのだろう、この有様は。
グールの遺体は比較的綺麗に残っている場合が多い、本体が生命活動を止めても、中で生きているウイルスが体の崩壊を防いでくれるのだと言う。
ウイルス一個体の寿命は百年ちょいもあるらしく、自然死を狙うのは難しいと言う事らしい。
「……地獄だったんでしょうね。ここ」
陽子が折り重なったグールの遺体を蹴飛ばして、そんな事を言った。
自衛官の遺体一つに対して、グールの遺体は数えきれない程ある。これだけ倒しても、ここが落ちたと言う事は、間違いなく、ここは地獄だったのだろう。
「国土が蹂躙されると言うのは、そう言う物だ」
死体を踏まないように、進みながら、サイハテは語る。
「ありとあらゆる時代で、こう言った惨劇は繰り返された」
誰かの大腿骨が転がって、寂しげな音を立て、それは地下道内に反響した。
「古代から今まで、こう言った惨劇が起きていない世紀は、地球上では存在しない」
踏みつぶしたグールの遺体が乾いた音を立てる。
「その度に犠牲になってきたのは弱い人間達、戦う術を持たない者ばかりだ」
銃口付近に取り付けられたライトが、暗い地下道の壁を照らす。
「戦争になったら、どっちかが必ずこうなる。君が国を作りたいと言うのなら、努々忘れるなよ。踏みつぶされるのは俺達じゃない、君の子か、敵の子だ」
そう言われては、陽子は俯くしかない。
人間は殺し合いをやめられない愚かな種族だ、言葉で語り合っても分かり合えないから、殺しあう愚かな知的種族だ。
「武器を捨てれば戦争にならないなんて、人殺しの言葉だからな」
武器を持たない国は悉く踏み潰された。
そして、この話を聞いた陽子は思ったのだ。
九条を守れば平和になる、武器を捨てれば戦争なんて起きない、そう語った大人達がサイハテを戦わせたのだと、それを避けてくれと、遠回しに言っているのではないか。と。
「うん、わかってる」
それに対する返事はこれだけでいい。
「そうか」
サイハテはいつも通りの返事を返して、先を急ぐ。
大分話し込んでしまった、いくらハルカが強い兵器だとしても、波状攻撃を受けてしまえば、流石に弾薬ももたないだろうから、急ぐ必要があったのだ。
しばらくお互い無言で進んでいると、大量の死体で通路が埋まっている場所があった。
「……この先だろうな」
司令部へと続く階段は崩れてしまっていた。崩落の様子を見て、爆破されたものだとサイハテは気が付き、恐らくこの先に引いたのだろう。
「死体を吹き飛ばす、下がっていろ」
少量の爆薬を引っ張り出して、陽子に言った。
話全然進んでない!




