二十七話:紫電の刃と空を裂く閃光
建造物の物陰に隠れつつ、サイハテは安堵の息を吐いていた。
ローリングタートルが建物ごと攻撃してこない保証なんてなかったのだ、周囲が散々均されていても、所詮それは今までの侵入者がここに辿りつけなかっただけなのかも知れないのだから。
そして、嬉しい誤算がもう一つあった。
恐らく、奴はどこかが故障しているのだろう、陽子の遠距離攻撃に対して反撃を行わなかった。いや、行えなかった。
バルカンを破壊したら、傍に掘った塹壕へ移動するように言い含めてあったが、ただの杞憂に終わったらしい。
「後は俺の仕事っと」
サイハテはレーダー機器に囲まれた鉄塔を見上げる。
侵入者を早期に発見する為か、大分大きな鉄塔を作ったらしい。
錆びて脆くはなっているが、質量兵器として使うなら十分な強度と質量だ。後はこれをあいつに叩き付けるだけでいい。
「楽な仕事だ」
とぼやいて、背嚢の中から爆薬を引っ張り出す。
今回、持ってきた装備はこれと拳銃位しかない、サイハテの最高速度を生かすためには軽装である必要があったからだ。
爆薬に信管と遠隔式爆破装置をセットして、背嚢に押し戻して、サイハテは拳銃を引き抜いた。
後は敷地内に感染変異体が残っていない事を祈るしかない、ポケットに押し込んだお守りを食しながら、ゆっくり慎重に進んでいく。
仄かな塩味と石鹸の香りに支配された口内から幸福と、興奮を感じるが、今はそんなことに集中している場合じゃない。
建物の間にある隙間や、砕けた窓から室内をクリアリングしつつ、慎重に進んでいく。
「……クリア」
三つ目の建物をクリアして、サイハテは額に浮いた汗を拭う。
戦場で最も恐ろしいのは、敵が潜んでいる事ではない。敵が居るか居ないか分からない場合だ。
敵が潜んでいる事がわかっているのなら、その辺り一帯を重点的に爆撃するなり、燃やすなり、毒ガスを撒き散らすなりで対処できる。
しかし、潜んでもいないのに爆撃しても、お金の無駄で、現代の軍隊、特に自衛隊にそんなお金はないのだ。
余談はさておいて、サイハテは数十分かけて慎重に進み、鉄塔の元までたどり着くことが出来た。
周囲には朽ちたフェンスの残骸と、欠落したレーダードームらしきものが散乱してはいるが、敵影はなく、先程のクリアリングは、ただの杞憂であったようだ。
「さてと」
背嚢を下ろして三つの爆薬を引っ張り出す。
二つは鉄塔の鉄骨でも破壊出来るように炸薬量を増やしたもの、一つは少しばかり弄り回して指向性を持たせた変わり物だ。
普通の爆薬を鉄塔の足に設置し、残りの爆弾を天辺に配置する為、サイハテは鉄塔を登り始める。
登っている最中に、ローリングタートルと目が合ったような気がしたが、攻撃が飛んでくる事はなかった。やはり、施設保全の命令も受けているようだ。
AIと言うのは、命令を絶対的に優先する。彼のような高度なAIを持つ機械は複数の命令を統合し、決断を下して行動する。
その行動はいつでも最善であり、彼らが迷うことはない。
ただし、融通が利かず、今のサイハテが行っている行動を妨害しようとすらしない事を見れば、機械の脆弱性は理解できるだろう。
「……」
受信所の周りを転がる奴を見て、ある事を考えていたが、実行できるかどうかはわからない。
そんな事よりも、今は爆弾を設置して、奴を撃滅する方が先決だろう。
天辺のことさら頑丈そうな所に爆弾をしっかりと設置して、奴をしり目に鉄塔から降りていく。
何はともあれ、準備は完了した。作戦が成功しなかった時の二次プランも用意しているし、陽子やレアは様々な事象に対処可能な優秀なメンバーだ。
後は彼女達便りになってしまうが、まぁ致し方ないだろうと、無線機のスイッチを入れた。
「こちら西条、準備完了だ。そっちは?」
『こっちも準備完了。いつでもいけるわよ』
『コンディションオールグリーン、問題ありマセン』
『いけるー』
三者三様の答えが返ってきて、サイハテは大きく頷いて安っぽく笑った。
「大変結構。諸君、ロックンロールだ」
そう言い放ち、サイハテは一つ目の起爆スイッチを押す。
鉄塔の脚部に設置されていた爆薬が轟音を立てて爆発し、脚を吹き飛ばした。鉄塔は四本の足で支えるように設計されている、その内の日本が吹き飛ばされてしまうと、最早自重で立っているのは困難となる。
即ち、鉄塔は耳障りな金属音を立てて、ゆっくりと傾いていく事になるのだ。
重力に引っ張られ、首を垂れる先は転がっているローリングタートル。しかし、倒れる速度はあまり早くない、容易くかわされてしまうだろう。
「だから、こいつが必要になる」
もう一つの起爆装置を作動させる。
指向性を持たせた爆薬で作った、簡易ロケットブースターによる加速は、ローリングタートルの判断能力を上回っていた。
速度と質量を持って倒れる鉄塔は、まるで巨人の振るうこん棒だ。
そんな大質量で叩かれてしまっては、精密機械たる変形機構は容易く故障してしまう。
ローリングタートルのAIは大幅な戦力減を確認したが、それでも負けるとは思っていなかった。何しろ、奴等にはこちらの装甲を撃ち抜く武器を持っていなかったからだ。
先程の武器を撃ち抜いた武器でも、己の装甲を撃ち抜く事は出来ないと判断していた。
「確かに、陽子のガウスライフルじゃお前の装甲は撃ち抜けない。そして、俺の持っている爆薬でも、お前は破壊出来ないだろうな」
鉄骨の茨に囚われてもがくローリングタートルを見ながら、サイハテは語る。
「お前の移動機能は頑丈だな、あんな衝撃を与えても、まだお前は動こうとしている。その鋼鉄の茨から抜け出せればお前の勝ち……だけど俺の作戦がそんな物だと思っているのか? なぁ、自律兵器よ」
森の中から樹木を吹き飛ばしながら、一台の装甲ジープが躍り出た。
随分と荒々しく危ない運転ではあるが、仕方ない、運転手はまだ十歳の少女なのだから。
「だが、お前の装甲を傷つけない兵器を持っていない訳じゃない」
ローリングタートルの傍にドリフトして停止したジープの銃座から、汎用戦闘メイドロボたるハルカが飛び出し、紫電を纏う日本刀を鞘から抜き放った。
高周波ブレード、自律兵器としては旧型に属するローリングタートルの装甲は、高周波処理がされていないが、それでも、あんな短い射程の武器では破壊するには事足りない。車載機銃の二十ミリでも、ローリングタートルの破壊は不可能だ。
そして、その傷口に爆薬を放り込もうにも、サイハテの居る位置からでは到底間に合わない、ローリングタートルが鋼の茨から抜け出す方が早い。
AIは勝利を確信した。
「お前は陽子の攻撃を感知出来なかった。俺がここから動かない意味を考えなかった」
数キロ先の山では、対戦車砲のように変形した陽子のガウスライフルが、ローリングタートルを狙っている。
ハルカの刃が装甲を深く傷つけるのと、ローリングタートルが茨を抜け出して動き出そうとするのはほぼ同時だった。
「一秒の差、そして仲間の有り無し。ほんと、紙一重だったな。お前は優秀な兵器だよ」
寸分の狂いもなく、装甲についた小さな穴に空を切り裂く雷が走り、鈍色の球体は黒煙を上げて、沈黙する。
しばらく様子を見ても、装甲の隙間から漏れ出る黒煙が増えるだけで奴が動く事はない。
懐から煙草を取り出して、少しよれてしまったそれに火を付ける。
「イギリス製の癖にやるじゃないか」
自分で想像したより厄介だったローリングタートルさん
スペック
装甲材チタン合金
装甲厚230mm(全周囲)
最高速度72km/h
武装:30mmバルカン二門
16連対地榴弾ロケット二門
対戦車ミサイル複数
こりゃ強いわ




