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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
序章:傾いた総合病院
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八話

 廃墟と化した街を、三人の男女が走る。

 背後からは無限駆動が轟音を立てて迫っている、120mm砲が付いた戦車90式だ。恐らく時代的に博物館からでも引っ張り出してきた戦車なのだろう。それでも小銃や散弾銃、拳銃しか持たない三人には非常に脅威的だ。

 結局サイハテは陽子までも担いで走る事になってしまった、炎天下の中を重い装備を担いで走った事がなかったのだろう、逃げ出してから一キロ地点で陽子はへばった。

 サイハテの足は速い、少女二人分と食糧飲料水数十キロを担いで時速40キロにもなる速度で走りぬいている。


「ご、ごめんねサイハテ、ほんとにごめんね」


 バテて顔を真っ赤にし、息も絶え絶えになった陽子がそう耳元で囁くが、サイハテに返事をしている余裕はない。何しろレアを助ける危険を犯そうと判断したのは自分なのだ、陽子は悪くないとサイハテは思っている、しかし、今そんな気遣いを口にできる程に酸素に余剰がある訳じゃない。

 二人の少女と食糧飲料水を合わせれば大体重さは百キロ近くなる、それに加えて一時間程前から全力疾走だ。

 そろそろ酸素も足の筋肉も限界が近くなってしまっている。


「ひゃくめーとるさき、しんろみぎ」


 レアの抑揚のない声が耳元で囁かれる。

 サイハテは首だけ動かして返事をするとラストスパートをかける為に、自分に気合を入れては今にも圧し折れてしまいそうな両足へと活を入れる。

 爆発しそうな心臓を抑え、くじけそうな心と折れそうな足を必死に前に出す。そしてレアに教えられた十字路を勢いよく曲がるのだ。

 そうして見えたのは図書館の裏口と突き当りのT字路、なるほどなと心の中でサイハテは感心する。サイハテの足の速さなら確かにT字路をどちらかに曲がったかと錯覚させることが出来る。特に戦車は視界が悪い。

 サイハテはその勢いのまま図書館の裏口に体当たりすると、倒れるように内部へと転がり込み、担いでいた二人を放り出し、急いでドアを閉めるのだ。

 閉じたドアの先で戦車が通る音が聞こえる、しかし、サイハテの予想通り、戦車は通りすぎてくれた。どちらかに曲がったと勘違いしてくれたのだろう。


「…………ぶはっ! はーっ、はーっ、うぇっゲホゲホゲホッ!!」


 流石に過積載の10キロ全力疾走は答えたのか、サイハテは激しく咳き込むとそのまま床に倒れてしまう。滝のような汗が埃っぽい床に広がって、水溜りのような跡を作り出していく。


「さ、サイハテ! こ、これこれ! お水!」


 倒れ臥したサイハテを急いで仰向けにし、自身の膝を彼の頭の後ろに差し込むと、陽子は自分のバックパックから密閉容器に入った水をサイハテへと突き出してやる。

 サイハテは無言でそれを受け取ると、自分の口へと運んで水を飲むのだ。半分程飲むと、陽子にボトルを返して荒い呼吸を繰り返すだけとなる。


「さいじょーはやて、さすが、しじょーさいきょーのじんるいといわれたおとこ」


 100kgを担いで10kmを全力疾走してこんなもんで済んでいるのは、まずありえない事だ。そもそも10kmを全力疾走の時点で有り得ない、スピードを落とさずにあそこまで走り抜ける人間は他にはまずいないだろう。

 レアの興味は人類の終着と言われたサイハテの身体能力に夢中になりかけている。


「君は……何故俺達の事を知っている?」


 粘つく口を無理矢理開き、サイハテはレアへと尋ねる。

 レアには申し訳ないが、サイハテは陽子の膝枕を受けたまま、尋ねさせてもらっている。この世界は油断ならないと言うのは少ない経験からも推測できるものだ、今は質問しつつ、少しでも体力を回復させて、息を整え戦いに備えなくてはならない。


「ぷろじぇくとぎふとはぼくがけーかくしたから」

「Project GIFT? なんじゃそら」

「せいれきにせんにひゃくごじゅうねん、ぶんめいのほーかいがとめられなくなったから、ゆーしゅうなじんるいをせんべつしてみらいへとおくる」

「なるほどな、だから贈り物(GIFT)なのか」

「そーいうこと」


 会話の最中で息を整えたサイハテは陽子の膝から頭を上げて、その場に胡坐を掻く事にする。このまま横になっていると眠ってしまいそうだから座っている方がいい。


「……えっと、つまりマジで文明は終焉を迎えたって解釈でいいの?」


 少しばかり話についていけなかった陽子は、少なくともその情報だけは得たいと質問してみる。


「そー、せかいてきなぱんでみっくによってじんるいは、ひゃくにじゅうおくにんからさんじゅうおくにんまでへった」


 とんでもない減少具合である。


「ふむ……」


 その情報を得て、サイハテは陽子の膝枕から起き上がるとしばし思考する。

 あのグールと言うのが恐らくその病気にかかった人間なのだろう、しかし、この町の様子を見ろ。たった数十年でアスファルトが……しかも繁華街のアスファルトがだ。草原に変わる程の変化は起きるだろうか?

 サイハテの答えは否だ。

 数百年単位で経過して居る事は間違いなく、そしてあのグールが元人間であるなら、そんな年月はどう頑張っても生きられない、地球には一定数の放射能が常に降り注いでいる。放射能はある程度なら浴びても問題はない、地球上に降り注ぐ放射能程度だったら人間は百二十年程浴びても平気だと言う。

 ただし、それ以降は遺伝子が破壊されて、人間として再生が不可能になる。放射能とは大抵遺伝子に作用する程に強い光線のはずだ。


「あのグール、数百年物では有り得なさそうだが、そこんとこどうなんだ?」

「ぐーるはいっかげつでじゅーばいにふえる」

「ああ、繁殖するのか……」


 陽子を見た瞬間、危険度も何も見計ろうとせずに真正面から襲ってくるような生き物が繁殖する。それが一ヶ月で十倍、人類が大きく数を減らすのも道理だ。


「すまん、それで君は何者なんだ?」


 わっしょいわっしょいと東京の町を埋め尽くしているグールを想像して、少しばかり頭の痛くなったサイハテは気を取り直すかのように、レアへと問いかける。


「れあ=あきやま、どいつじんとにっぽんじんのはーふ。いちおー、はーばーどをごさいでそつぎょーしてる、にほんごがふじゆーなのはあめりかそだちだから。ぼくはいしゃであり、かがくしゃであり、けんちくかでもある。だけどせんもんは、ろぼっとこうがく。いわゆるてんさいびしょーじょー」


 自分で言うかと、サイハテは思わず半眼になってしまう。

 しかし、今の情報でサイハテに与えられた役割はなんとなくわかってきた。贈り物計画(プロジェクトギフト)は優秀な人間を未来へと送り出す計画だとレアは言っていた。


「俺が目覚めた理由は君たちの護衛でいいのか?」


 サイハテの問いに、レアは首を左右に振って答える。違うというのだろうか。


「そんなさいじょーはやてに、れあはかせからぷれぜんとがあります」


 そう言って渡されたのはボイスレコーダー、サイハテはそれを見て思い切り顔を顰めた。

 なにせこのボイスレコーダー、


「うんこ臭い」


 のだ。

 強烈な香りではなく、仄かにうんこ臭いのがムカついてくる。


「ぎふとぼっくすにはいるにはぜんらじゃないといけないから、おしりのあなにいれてた」


 とんでもない幼女もいたもんである。

 サイハテは思い切りがっくりと項垂れる。


「ちょ、レア。そんな事しちゃだめよ……」


 会話に混ざれなかった陽子は小さな声で注意を促す、しっかりツッコミをいれてくれる陽子に、サイハテは恋をしそうになってしまった。


「だいじょーぶ、ようじょのおしりのにおいはごほーびだって、どーりょーがいってた」


 新事実発覚の瞬間だった。

 終末を迎える前に日本はオワっていたのだ、これにはサイハテもびっくりだ。ましてや人類を救済する為の精鋭チームがその体たらくなら、この終末は約束されたものだったのかも知れない。


「喜ぶのはごく一部の人間だけだぜ……俺とか」

「あんたもか!!」


 サイハテの何気ない一言に、陽子が激しいツッコミを入れる。サイハテの頭を平手で強打したのである。安定のツッコミは大事だ、心が安らぐ。


「……とにかく、これを聞けばいいんだな?」


 しかし、ずっとボケっぱなしだと陽子が疲れ切ってしまう、そう判断したサイハテは後ろ髪を木星の重力に引かれる想いで、会話を先に進める。

 サイハテの問いに、レアは頷く。

 青いボイスレコーダーは少し茶色がかって見える、しかしそれは幻覚であり、サイハテの脳内が勝手に映し出しているものだ。トレースオンなんて呟きながら、サイハテはボイスレコーダーのスイッチを入れた。


『ジーク、こちらアカギ。これを君が聞いている頃にはすでに日本はなくなっているだろう』


 ボイスレコーダーからは壮年の男性、それも特にしわがれた声が響き渡ってくる。


「ジークって誰?」


 聞こえた内容から陽子が口を開く。


「ジーク・ワン。俺のコードネームだ、中国系アメリカ人って設定になっている」


 それに対して、律儀に答えるサイハテ。

 二人の会話の間でも、ボイスレコーダーからは言葉が流れ続けている。


『君が文字通り命を捧げ、守った国は、我々のせいでなくなってしまった。本当に申し訳ない。だが恥を忍んで君に任務を頼みたい。史上最強の人類、中国軍の核発射を一人で止めた君にしか出来ない任務だ』


 流れてくる言葉に、サイハテは僅かに微笑んだ。陽子はその様子を見てギョッとする、何しろ、すごく優しい、何と言うかサイハテ本来の微笑みだったのだから。


『君に託す任務はただ一つ、心して聞いてほしい……準備はいいか?』


 サイハテより夢中になっている陽子が、隣でごくりと唾を飲み込んでいる。


『君の任務は、女の子を孕ませる事だ』


 サイハテは思わずボイスレコーダーを停止させてしまった。

 待て待て、こちらアカギって名乗った事は間違いなくNIAからの任務って訳だ。それがなんだ、何百年後に目覚めた諜報員に対して託す任務なのか、これは。

 隣を見ると陽子もあんぐりと口を開けて驚いている。


(……どうしたもんかな、これは)


 サイハテは埃塗れの天井を見上げると、心の中で悩むのであった。

終末TIPS


建物は数百年ももたない

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