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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
三章:新しい旅立ち
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二十四話:釈放

 朝七時、南雲洋子はワンダラータウンの中央街に出向いていた。

 理由は単純、怪盗パンツ小僧を引き取りにきたのだ。

 どうでもいい事だが、ルパンツ三世とも呼ばれていたらしい、本当にどうでもいい。

 スカートを翻して、陽子は暗い表情で留置所の中へと入っていく。中には、年を食ったやる気の無さそうな警備兵が一人と、彼に代わって猛然と仕事に打ち込んでいる若い兵士が居た。

 若い兵士の方が陽子に気が付いて、険しい表情を柔和な笑顔へと変え、近づいてくる。


「どんな御用でしょうか?」


 口から出たのは丁寧な言葉だった。

 この町に来て、いきなり路地裏に引っ張り込もうとした奴らの仲間とは思えない程、丁寧な口調である。


「西条疾風を引き取りに来ました……」


 故に、それに応対する陽子は恥ずかしくなってしまう。

 強盗致傷や、傷害致死の犯人を引き取りに来るよりかは幾分もマシだが、流石に窃盗犯、しかも、女性のショーツだけを狙った愉快犯を、引き取りにくる親族の気持ちはこうなのだろうと、くだらないことを考えていた。


「……あ、ああ、例の褌五右衛門さんですか」


 衝撃の事実だ、まだ西条疾風(やつ)には異名があった。しかも、蔑称のほうで。

 営業スマイルが引き攣った、若い兵士の前で頭を抱えるわけにも行かず、陽子は頬を朱に染めると、蚊の鳴くような声で返事をする。


「あ、案内しますよ! こちらです!」


 気を使わせてしまったのだろう。

 気を取り直すように大きな声を出した彼が、はきはきと先導してくれている。少々申し訳なく思いつつも、彼の好意に甘えて、彼の背を追いかけることにした。

 留置所は、いくつかの棟に分かれ、サイハテがいる牢はBブロックのようだった。電子錠によって施錠された鉄格子の向こうには、凶悪そうな人相の大男や、卑屈な雰囲気の抜けない貧しそうな男らが集団で押し込められた牢がずらりと並んでいる。

 誰も彼も、陽子に物珍しそうな視線を投げかけるか、獣のような性欲が滾った瞳を向ける位しかしてこない。

 直接、何かしようとする者は皆無で、声すらかけてこないのは、有り難かった。

 恐らく、彼らは陽子が何者かを知っているから、サイハテの女だと思われているから、何もされないだけなのだろう。


「この牢に、西条さんがいます。今、開けますね」


 一番奥まった、最も警備の厚い箇所まで案内され、そう言われた。

 彼はポケットから磁気カードを引っ張り出すと、それを読み込み機に通して、分厚くて頑丈そうな鉄の扉を開く。

 中には、他の凶悪そうな囚人達と仲良く缶詰を食べているサイハテが居た。


「……あんた、何やってんのよ」


 嘆息とともに、呟きが漏れると扉の近くにいた柄の悪い男が立ち上がろうとする。が、サイハテに手で制され、渋々と腰を下ろす。


「何者ですかい、西条さん」


 サイハテの隣に居る傷だらけの大男が口を開く。


「俺の家族だ」


 彼の様子はいつも通りだ、いつも通りの低くて落ち着いた声。


「へぇ! あんな綺麗な嬢ちゃんが家族たぁ……うらやましい限りでさぁ。うちの娘もあれっくらい器量がありゃ、嫁入りに困るなんてこともなかったんですが」

「スカー、それは昨日も聞いたよ」

「あ、そうでやしたか! こりゃ失礼!」


 楽しそうに笑うスカーと、その一派。

 つまるところアレだ、サイハテはぶち込まれてから一晩でここのボスになったのだ。カリスマだとか、王の資質とかそんなチャチなものじゃない事だけは、陽子にも理解できた。

 とうとう頭を抱えてしまった陽子を尻目に、サイハテは牢屋仲間との別れを惜しんでいる。結局、涙あり、笑いありのお別れ劇が繰り広げられて、サイハテは無事出所することができ、今は陽子と帰路を歩いている。


「あんたねぇ……」


 しばらく歩いていると、呆れかえったかのような声色で、陽子は言った。


「たった一晩であんな狂暴そうな連中と、どうやって仲良くなったのよ」

「どうって、隠して持ち込んだ酒で一杯やっただけだが……」


 それだけでどうやって仲良くなると言うのだろうか。

 石畳から砂利道へと変わった歩道を歩き、陽子は額を抑える。


「相手は人間なんだ。腹を割って話せば、分かり合う余地もある。それにだ」

「それに?」

「荒事専門の人間と知り合うのは、今後の為にもなる」


 今後の為、とはどう言う意味なのだろうか。

 それを問う前に、サイハテは理由を口にする。


「俺は四六時中、君達の傍に居られる訳じゃないからな」


 忙しくなる事を予感してか、それとも別行動を考えての言葉か、その両方だろう。

 足元の小石を蹴飛ばした時、ふと、サイハテが何故捕まったかを理解できた気がする。


「あんた、もしかしてあいつらに会うためにとっ捕まったの!?」


 素っ頓狂な声をあげた陽子に向かって、サイハテはにやりと笑った。


「拠点を手に入れた後、そこを防衛する戦力が必要不可欠だからな。奴らは候補の一つだ」


 一つ、と言う事はまだいくつかの候補があると言うことでもあり、明日の明朝には基地へ出発するのだから、もう候補達と話は着いているのだろう。


「……そ。もう準備は完了しているのね」


 わざわざ捕まる必要はないとは思うが、結果を出しているなら手段は問わないことにしよう。


「ああ、明日はいよいよ出発だ。基地で装備を整えて、俺達の家に向かうぞ」

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