二十三話:カラマワリ・ナグモリン4
西条疾風、サイハテ、昔の名前はジークかα33。
騙った名前はこれ以外にもたくさんあるのだろう、複数の顔を持つが故に、素顔のない怪人百面相、それが陽子の慕う西条疾風と言う人間だ。
彼の者の逸話を聞いて、不謹慎だが胸が躍る。
麦穂の守護者曰く、その怪人はスラムを混沌の坩堝と成していた三つのマフィアを一つまでに減らし、悪しき人身売買者を粉々にしたりと様々な偉業を打ち立てたようだ。
その過程で多くの命を奪った。ここだけで百程の命が散っている、巻き込まれた理由は様々だが、全て自分の意思でやらかした辺りがサイハテらしいと納得する。
それでも、救われた者も多い。
目障りだから。
連れが危険だから。
敵になってしまったから。
こんな理由で命を奪われた者からしたらたまったものではない理由だが、それでも、救われた人が居た。
夫を奪われた若妻、一触即発のスラムで身を震わせていた孤児達、そして、体を売らされていた娼婦達。
彼らは口を揃えてサイハテの偉業を称える。
西の果てからやってきた兵士に救われたと。
だが、一部でも冷静な意見もあった。
何しろ、サイハテは自分自身の為にしかその猛威を振わない。手にかける相手は良き隣人にせよ、悪しき悪魔にせよ。敵になったら関係がないのだ。
陽子が無作為に時間を過ごしていた頃、サイハテはこんな事をやっていた。自身の為に闘争を繰り返していた。
胸が躍る英雄譚、それは間違いない。だが、陽子はそれこそが気に入らなかった。
自己の為に戦い、それで誰かを救えた。
夫を取り戻せた若妻は諸手を挙げて喜んだ、危険から遠ざけられた孤児達は元々の稼業である、靴磨きに精を出せた。
売られて、辛い目にあっていた娼婦達は家族の元へと帰れた。
万々歳、ハッピーエンドだ。
自分では敵わない仇を、届かない障害を、西からやってきた暴風が全て吹き飛ばした。
彼らは称える、暴風の偉業を唄い続ける。自分を救ってくれた英雄の詩を唄い続ける。
「ま、すんばらしいこった」
ミールがバカにするように言い放つ。
間違ってない、誰かを救うと言うのは素晴らしい事だ。でも、でもだ。それは間違っている。
だって、それだと、サイハテが救われない。
死に囚われ、鍛え上げた力を振るい続けるサイハテが救われない。その力を当てにした弱者が、サイハテを食い殺してしまう。
彼はいつか戦いの中で朽ち果てて、陽子の傍からいなくなってしまう。
そんな下らないハッピーエンドは認められない。
「……お嬢ちゃん?」
気が付いたら、俯いて涙を流していた。
顔を上げると、滲んだ視界の先でミールが心配そうな表情をしている。これはいけないと、陽子は袖で涙を拭って席から立ち上がる。
テーブルには多めにお金を置いておく。
「すみません、ちょっと目にゴミが入ってしまいまして」
嘘だ。
それはミールにだってお見通しの嘘だろう。だが、それ以上追及する事もなく、彼女は酒を呷ると。
「そうかい、それじゃ、気を付けて帰るんだよ」
こうやって助け舟を出してくれた。
有意義な話を聞かせてくれたミールに礼を言って、酒場を後にする。外では様々な人間が行き来している。
その後に裕福そうな商人が沢山の護衛を引き連れて陽子の前を通り過ぎた。
シティホールに繋がる大通り、この町で最も活気がある通り、そこを陽子は肩を落として歩く。
考えても見れば、今サイハテを食いつくそうとしている弱者の一人に陽子も含まれているからだ。
最も忌むべき人間に自分が成り果てる、自己嫌悪でこの胸が張り裂けるまで叫んでしまいたい。
大通りを抜け、門と橋を警備している警備隊の面々を一瞥して、スラムに入るとサイハテの姿が見えた。唐草模様のほっかむりを被り、同じく唐草模様の風呂敷一杯に女性用下着を詰め込んで、全速力で走っていた。
「あいつ、何やってんの?」
その背後からは鉈や包丁で武装したスラム在住の奥様方や、富裕街在住の娘さん方が殺気立ちながらも集団で追いかけている。
「また出たわ! 怪盗パンツ小僧よ!」
とんでもない異名で呼ばれていた。
今まで悩んでいた自分がバカバカしくなった陽子は、罰が悪そうに頭を掻いて、警備隊の人に話を聞きに行く。
「あの、すみません」
陽子に声をかけられた警備の人はきょとんとした表情を見せた、随分と若い警備員だ。
「はい、なんでしょう」
彼は真面目なのだろう、スラム住まいの子供など無視されて当然なのだが、丁寧に対応してくれる。
「怪盗パンツ小僧ってなんですか?」
その質問に、若い男はその怪盗を見て、言い淀んだ。
「あー。貧しき者に財を分け与える義賊らしいですよ」
「そ、そうですか……ありがとうございます」
「いいえ、またどうぞ」
随分、警備員の物腰も柔らかくなったものである。
怪盗はパンツをばらまきながら逃走していく、彼が通った後では歓声と罵声があがる、男達が声援を飛ばし、女達は更に怒り狂う。
「あの馬鹿は、人の気も知らないで何やってんのよ」
その馬鹿はパンツをばら撒きながら東へと消えて行く、まさしく暴風のような男なのだ、今回撒き散らしたのは災害ではなく、女物のパンツだったが。
救世主かと思った?
残念、自分の信念に従う正義の味方でした!
それはそうと、書き方を変えてみました。レアの会話文も変えようかと。




