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終末世界を変態が行く  作者: 亜細万
三章:新しい旅立ち
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二十話:カラマワリ・ナグモリオン1

 サクラが去り、サイハテも用事があるのか、出かけていった。

 こうなってしまうと、陽子にやる事なんてない。部屋の掃除はとうに済ませたし、食料の小分けなども既に済んでいる。

 敢てやるなら武器磨きだが、それは既にサイハテが済ませてしまっている。即ち、今は何もすることがない。


「暇ね」


 と言う訳で、今日はダラダラする事に決めた。

 夕飯の準備には早いし、お昼ご飯はお弁当を用意した。夕方になるまで、やる事がないならダラダラ位許されるだろう。

 ここの所、考える事が多くて、少しばかり疲れてしまったのもある。出かける、と言うのも悪くない選択肢だが、生憎と陽子はこの世界が好きじゃない。出歩けば嫌でも人間の弱さや醜さが目に入ってしまう世界だ、出かけるのは憚られる。


「んー……」


 大きく伸びをして椅子に凭れかかる、サイハテが好んで座っている、窓辺の席だ。燦々と降り注ぐ太陽の元、コーヒー片手に微睡んでいる事も多い。

 それが彼の過ごす専らの休日だ。

 陽子と違い、ただ無作為に時間を過ごすのではなく、休む時は休む、働く時は働くでオンオフがきっちりしていると言うべきだろう。

 いつぞや、ストレスを溜めきって、爆発しそうになった事がある。大本の原因はサイハテだったのだが、奴が救いようのない変態だと言う事は百も承知だったはずだ。


「ストレス解消、ねぇ」


 陽子の趣味は意外にもテレビゲームだ。

 彼女が生きていた時代では、ゲーム市場は衰退しきってしまい、コンシューマ版のゲームが発売される事など異常事態とも言えるべき事だった。

 そのかわり、彼女が嵌ったのは古い時代のゲーム。ソニーの黄金時代に発売されたゲームばかりであった。


(アイドル活動もしてたもんねぇ)


 陽子は射撃の記録保持者としても、アイドルとしても忙しかった。恵まれた才能は人を孤独にする。陽子に友達と呼べる人間なんていない。誰も彼も、中学生南雲陽子ではなく、アイドルとしての彼女か、射撃の達人以外見ようともしなかった。

 望んで選んだ道だ、後悔はない。あるとすれば哀愁位だろうか、もう少し、マシな青春を送る事も出来たはずなのだ。

 我ながら寂しい人生だったと思い返す。


「かがくは、ばくはつだーーー」


 レアの間の抜けた雄叫びらしきものが発せられると同時に、家が揺れる。

宣言通りに科学は爆発した。

家の片隅に用意された、レア専用の空間、平仮名で『れあのこうぼう』と書かれたあそこは、今、燃えている。


「消火しマス」


 それを由々しき事態と判断したハルカが、炎の中に立ち尽くすレアに向けて、容赦なく白い消火剤をぶっ掛けている。


「にゃーーーーーーーー!!」


 悲鳴が響く、無論、消火剤を頭から被った科学者の悲鳴だ。白粉での化粧をすっかり施されたレアが、工房のど真ん中で呆然としているのが見える。

 彼女が咳き込む度に、口から白い粉が煙のように飛び出している姿は、あまりにもシュールだ。

 掃除は後でいいやと、陽子は寝返りを打って背を向けた。レアの助けを求めるような視線が、背中に突き刺さる。


「お風呂沸いてるから入っちゃいなさい」


 本来は出かけて埃塗れになって帰ってくる、あの男の為に用意したものだが、あんな姿は見るに忍びない。


「……よごして、ごめんなさい」


 雪化粧を施された工房の中心で、申し訳無さそうな声が響く。抑揚はない。


「怒ってないわよ。大丈夫、後で掃除しとくわ」


 仕事は出来たが、やる気が出ない。後でやればいいのだし、今はのんびりさせて貰おう。

 もう一度寝返りを打って、レアが浴場まで歩いている姿を見送る。

 あの子はどうなのだろうか。あの千葉の残骸で、サイハテに命を救われて、彼をどう思っているのだろう。

 レアの目には、サイハテに対する強い憧れの光が灯っているのを確認した事がある。絶体絶命のピンチから自分を救い出したヒーロー、命を惜しむ事を知らない、戦う事でしか死ねない英雄をみた彼女は、何と言うか、西条疾風と言う人間を見ている気がしない。


「レア」


 浴場の扉に手をかけた少女を呼び止める。聞かねばなるまい。


「あんた、サイハテ(人間の方)が好きなの? ジーク(英雄の方)が好きなの?」


 レアが振り返る、なんの感情も持たない瞳で陽子を見据え、言葉を穿つ。


「じーく」


 その返事に、陽子は瞼を閉じる。


「そう、わかったわ」


 少しだけ、悲しくなった。

 サイハテは、サイハテとして見られていない。レアの目には小説から飛び出て来た人物として映っているのだ。

 英雄ではなく、人として私を愛せと男に言う少女と、人ではなく、英雄として皆の為に戦えと言う少女、お互い、解り合う事はないのかも知れない。


「……でも、こじんとしてみても、さいじょーのことはきらいじゃない」


 そう言うと薄紅色に頬を染め、レアは浴場の奥へと消えていった。思わず目が開いてしまったが、そんな事より、あの反応はなんだ。

 あの変態のどこにそれを言わせる器量とか、フラグ建築能力があると言うのだろうか。


「……サイハテ、もしかして、あんたって、モテるの?」


 ここには居ない変態へと問いかけるが、答えは返ってこない。

 こうしてはいられないと、陽子はベッドから飛び起きて自身の装備を身に着ける。


「おや、南雲さま。お出かけでございマスカ?」

「うん、そう。悪いけど掃除やっといて」

「かしこまりマシタ」


 恭しく頭を下げるハルカを尻目に、陽子は拳銃と散弾銃をひっつかんで家を飛び出して行く。

 聞かねばなるまい、この町の知り合いに。


 陽子が飛び出した頃、西条さんは子供の掘った落とし穴に落ちていた。

 考え事をしながら歩くのはやめましょう。

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