十九話
嵐のように来て、嵐のようにサクラは去って行った。そしてサイハテは疲れていた。
元々何をやらかすか油断も信用もならない奴ではあるが、そいつが齎す物は普通では手に入らない物ばかりの上、その場で欲しい物を持ってくる厄介極まりない奴なのだ。
商人としての才覚は天性の物を持っているだけに、始末するか、しないなら徹底的に利用するしかない。敵になるか、味方になるか、どちらかしか無いと言う両極端な奴、それがアイツだ。
だが。
「生きていたんだな」
どこか、ホッとしていて、思わずこんな言葉が出てしまっていた。
嬉しいと言う感情と、面倒臭いと言う感情が入り混じった不思議な感覚だが、悪くはない感覚に、思わず頬が吊り上がる。
かつて、アイツ含めて駆け抜けた中華の思い出に思考を馳せて、碌な思い出じゃないなと頭を振る。
「……随分、嬉しそうね」
随分とラフな格好でベッドの上に寝転がっている陽子が言う。随分と長い距離を歩いているのに、豆一つ出来てない素足が、ゆっくりと揺れる。
「まぁな、あんな奴でも、家族だったんだ」
家族だった。
随分と冷たい言葉だが、ジークは死んでいるのだ。死人に話しかけているアイツを家族として認める訳にはいかない。
「そう、随分変な人だったね」
「ああ」
どことなく嬉しそうなサイハテは、今まで見た事ない位には穏やかだ。嬉しいなら素直に嬉しいと言えばいいのに、とも思わないでもないが、そこは意地があるのだろうと、陽子は黙っておく。
「………………ふーん」
ジッとサイハテの横顔を見る。
あんな表情をこうして見ると、伝説の諜報員なんて肩書は嘘に見える。机に腰かけ、柔らかな表情で冷めた茶を啜るサイハテは、至って普通の男に見えた。
「なんだ?」
見つめていたら、怪訝な表情をされてしまう。
「別に」
ふいっと顔を背けると、困ったように唸られた。
「犬っぽいわよ、あんた」
「い、犬っぽいて……」
そして、本格的に困らせてしまう。
片隅では憎悪を滾らせて、機械を弄っているレアが居ると言うのに、サイハテは気にしていない。
つまり、それを気にする事もない位に嬉しかったか、憎悪の源を知っているからこそ、スルーしているか、どちらかなのだ。陽子にとってはどちらも気に入らない、前々から二人でこそこそと何かを計画しているのは知っているのだ。仲間はずれにされて、不貞腐れる位は許されると思う。
「……別に、ただそう思っただけ、あんたら二人でこそこそ何計画しているかとか、全然気になってないんだからね」
決して、横顔にドキッとした訳じゃない、自分はちょろくない、不貞腐れているだけなのだ。だから、照れ隠しなんかじゃない。
「ああ、あの計画か。別に隠し立てした訳じゃない。俺はただ、自分達の身を守るだけの力が欲しいだけだ。それはレアの夢にも、君の夢にも繋がる。だが……黙っていてすまなかったな。君にも話しておくべきだった」
サイハテが語ったのは、自分達を守れるだけの軍事力を得ようと言った至って普通の計画だった、そして、最後に謝られては、なんだか、自分が小さくなってしまったような感覚に陥ってしまう。
「べーつーにー、謝ってほしい訳じゃないもーん。ふーんだ」
故に、子供らしく不貞腐れるしか道はない。
ベッドの上でゴロゴロゴロ、サイハテは更に困ってしまう。何しろ、陽子はサイハテが困ると解り切ってこの行動をしている。
こう言った、無邪気、と言うか、子供本来の行動に対して、西条疾風が出来る行動などない。子供らしい子供時代を送って来なかったので、どうやって対応していいか、さっぱり解らないのだ。
子供と触れ合う事が出来なかったのも多い。
「……………………」
ピタリと、ベッドの上で転がるのを止める。
困って、眉尻を下げてしまっているサイハテを再び見つめる。彼は視線を合わせて、陽子の思惑を見ようと努力している。
だから、言わなくちゃならない。
「自分達って、言ってくれたのは、嬉しいわ。私もレアも、これで名実共にあんたの仲間ね」
そう言うと、サイハテは自分の発言に気が付いたようで、諦めたように軽く笑った。口で息を小さく吹く程度の、小さな小さな笑顔だが、それは本心から出た物で陽子は無性に嬉しくなってしまう。
「戦友だと言ったのは君だろう」
だが、素直ではないようでそう言うなり、茶を啜る作業へ戻ってしまう。だが、中身はなかったようで、サイハテは罰が悪そうな表情で、湯呑を逆さまにする。
「くひひひひ」
頬杖を突きながら、陽子は笑う。
泣いた子がすぐ笑うと言う訳じゃないが、コロコロと表情を変える陽子に、サイハテは敗北を喫してばかりだ。
「……今日は体を休めておけよ。明日は大型自動機械との戦いだ。君にも力を貸して貰うのだからな」
顔を背けながら、サイハテはそう言い放つ。
頼りにされる、これも大きな変化だ。あの町から、陽子はずっと足手纏いだった。と言うか、サイハテとしては頼りにしているのだが、これまでの状況ではどうしても、一人で何とかなる、若しくは何とかしなくてはならない状況ばかりだった。
だから、今度の戦いが、チームとして初めての戦闘だ。
「うん、任せて」
陽子は親指を立てて返事をする。
そんな少女を見て、男は鼻を鳴らすのだった。
筆が乗ったので連続




