七話
陽子の鋭いツッコミに、苦笑いしてしまう。
バックショットを弾倉に詰めたサイハテは、死体からライフルホルスターを剥ぐと、ショットガンと共に陽子に渡す。
ショットガンは多く手に入ったから、サイハテも持つ事にしている。使える銃器はどんどん使わないとダメなのだ。お互い装備品が足りてない身だ。少しばかり心許ない弾薬をポーチに詰めるとサイハテはショットガンをホルスターに差して、裏路地の方へと視線を向ける。
「……銃声、ショットシェルの物と、5.56mm弾の物か」
「急ぎましょ、早くしないと女の子がピンチよ」
急かすような陽子の言葉に、サイハテは強く頷くと裏路地の方へと身を躍らせる。敵を撃破しながら目標を確保すればいい、サイハテにとっては容易すぎる任務であった。
散弾が、ライフル弾が、対物理障壁にぶち当たっては火花を散らして反れて行く。
これで何度目の直撃であろうか、手元にある障壁発生装置が無ければ何度死んだであろうか、齢十歳になる少女、レア=アキヤマは考えていた。
対物理障壁は自分の周囲2メートル程に円錐形の反発力場を発生させる装置だ、病院から抜け出して、適当な廃材を集めてレアが自作したものであった。本来ならソフトボール大でキャリバーまでなら防げる一品になる予定であったのだが、如何せん、部品の劣化と大容量の小型バッテリーの用意が不可能であった為、彼らが携行する小火器相手でも不安な一品であった。
「おろか、おろかなおとなたち」
レアを囲んで銃撃を加えてくる、大の男達を見つめながら少女は呟く。
「かはんしんだけでかんがえて、しょくよくだけでこーどーする。ひじょーにふゆかい、めざわり」
散弾が障壁に当たって、障壁が放電音を出しながら弾丸を反らす。
「このぼくが、こいつらてーどにころされることはあってはならないこと、ぼくがぎふとゆいいつのかがくしゃなのに、こいつらはそれがわかってない」
ありとあらゆる知識を詰め込んだ少女は、抑揚のない声で語り続けるが目の前の男達にはそれが届かない。
レアにGIFTとして課せられた任務はそれもそのまま、科学技術によって滅んだ文明を再び隆起させることだ、他の科学者達も同じくGIFTによって眠りついているが、ありとあらゆる先端技術と知識を持っているのは唯一彼女だけであった。
故に、レアが死ぬ事はヒト目ヒト科の終焉に他ならない。
「むー……じょーきょーはこーてんのきざしがみえず、われ、ここにてじじんせざるをえず、じんるいにかつてのえーこうをもたらさんことをねがう。なんちゃって」
追い詰められている割には、レアは冗談を言う余裕がある。
何しろ、この対物理障壁は後三日間は連続して展開する事が可能なのだ、対して奴らは一体どれだけ弾薬を保持しているというのだろうか?
三日間ずっとレアを釘付けに出来るとでも思っているのだろうか、全く持って不可解な行動であった。
「畜生! あの雌餓鬼、変な武器をもってやがる! 横島の野郎に戦車持って来させろ!!」
粗野な男が叫んだ言葉に、レアは一筋の汗を流した。
流石に戦車相手ではこのシールドも紙切れ同然であるからだ。
分厚い装甲に、巨大な滑空砲、ハリネズミのようなミニガンを搭載した陸を走る戦艦とも呼ぶべき戦車、対戦車兵器を持たない歩兵からすると対応の仕様がない厄介な敵だ。
「ひきょーものー」
一応抗議の声だけは上げておく、どうしようもないが。
「サイハテ、戦車だって」
一方付近に潜んでいた陽子とサイハテは、バンデッドの上げた声を聞き取り、お互いに顔を見合わせている。隠れている場所は仁王立ちする少女レアの対面、射撃を繰り返しているバンデッドどもを挟んでの距離であった。
「……時間をかけて制圧は状況が悪くなるな。俺が突っ込むから援護を頼む」
そう言うや否や、サイハテは背中の荷物を下ろすと腰の日本刀を抜刀する。青みがかった刀身が陽子の唇を映しているのが見える。
サイハテはグリップに付いているボタンを押す、するとグリップ内に内臓されているバッテリーから高周波を発生させるモーターへと電流が流れて刀身が嘶く。左手には38口径リボルバー、右手には刀と言ったサムライウェスタンな出で立ちでサイハテは隠れていた瓦礫から躍り出るのだ。
「ちょっ、足早っ!」
陽子がライフルを構えるより早く、20メートルの距離をサイハテは音もなく詰めていく、まるで原付バイクのようなスピードだ。
少女に向かって射撃を行っているバンデッドの背後に立つと、高周波ブレードを一閃。男の首に刃がぞぶりと食い込んで、そのまま大動脈、筋肉、骨と切り裂いていき、最後には男の首を刎ね飛ばした。
男の体が、切り口から鮮血を巻き上げて、空飛ぶ首が大地に落ちる頃、銃声は止んだ。背後からの奇襲、一撃で首を刎ねると言った視覚効果、吹き上がる鮮血を影として、呆ける男へ突進するサイハテ、時を止めるには十二分に理解不能な状況であった。
最初の男が死んでから僅か二秒、二人目の男が腹を割られ、臓腑を零しながら地面へと臥す。そして別な男へと、サイハテはダブルタップを行う。
男が現れてからわずか数秒で、武装した三人が死ぬ。野盗と呼ばれる彼らだ、攻撃し、蹂躙するのは常に彼らの側にあったに違いない。弱いものを集団で狙って狩り、女は浚って犯し、肉にして、男はそのまま肉にする彼らは常に強者であったはずだ。
だが目の前の男はなんだ?
持っている武装は刃物一振りと拳銃一丁、それで三人を殺して退けた。
「こ、殺せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
錆びついていた恐怖が鎌首を擡げる、蛇のように体に纏わり付き、耳障りな音を立てるそれは、言葉となってバンデッドの口から飛び出す。
サイハテへと火線が集中する、男はそれが解っていたかの如く、すでに放置された乗用車の後ろへと退避してしまっている。だが温い、バンデッドの仕切り屋は勝利を確信する。
乗用車は決して弾を防ぐ壁にはならないのだ、散弾は弾いてくれるだろう、スポンジの座席にめり込んで奴には届かない、しかし、猟銃の弾は容易く貫通して、撃ち続けていればその内、奴の腸を犯すはずであった。
乗用車が浮く、そして、バンデッドの仕切り屋の所へと真っ直ぐに落ちてきた。
「は?」
思わず呆けてしまう、何で乗用車が浮いて落ちてくるかは理由は解っている。サイハテが乗用車を持ち上げて投げつけてきたのだ。
軽自動車だから600キロはあるだろう、そんなものを持ち上げて、投げつけてくる。まるでアメコミに出てくるキャラクターのような攻撃方法だ。
仕切り屋は潰れた。
陽子の射撃が容赦なくバンデッドたちの銃器を貫き、破壊していく。少女の方へと銃を突きつけた者は引き金を引く前にその銃口へと、体からぶら下げている手榴弾へと弾丸が命中して爆発を起こす。
少女を狩る為に、30人は動員したバンデッドの部隊は、男一人と女の子一人を前にして残り17人まで減らされていた。
「う、うぎゃあああああああああああ!!」
「ば、ばけもんだ、ばけもんが居るぞぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉ!!」
どこからか悲鳴が上がる、バンデッドたちは武装を放棄して逃げ出してしまう。
その背中に、サイハテの容赦ない追撃が加わり、更に混乱は加速する。腕を切り落とされたり、拳銃で肩を撃ち抜かれたり、逃げ出した誰も彼もが負傷しつつも撤退を成功させる。
「……終わったな」
返り血すら浴びてないサイハテはそんな事を言いつつ、逃げ出したバンデッド達を適当に負傷させて戻ってくる。銃撃を受けていたレアは憮然とした表情でサイハテを見つめ、援護を行った陽子は、人を撃った恐怖からか、猟銃のアイアンサイトを覗いたまま微動だにしていない。
サイハテは陽子に近寄ると、優しく肩を叩くと耳元で、
「よくやった、君がやってくれなかったら俺は死んでいた。無理をさせてすまない」
と宣った。
「う、うん、でも私、ひ、人を、人を……!」
陽子は体を大きく震わせながら、アイアンサイトから視線を外す。
「落ち着け、状況的に仕方なかったんだ。ほら、落ち着いてゆっくりと深呼吸して」
陽子の目を見ながら、ゆっくりと深呼吸をさせる。
訓練を受けていない、善良な人間を自分の意思で殺人させると大抵こうなる、こう言った時の対処方は君は悪くない、仕方なかったと状況や自分に責任転嫁させて落ち着かせる方針で会話するのがいいだろう。
たっぷり三分囁き続け、呼吸を合わせて、陽子はようやく落ち着いた。
「サイハテ、ごめん。迷惑かけたわ……」
落ち着いた陽子は弾が切れた猟銃をホルスターに戻し、代わりにショットガンを引っ張り出しながらそう頭を下げた。
「いや、仕方ないことさ」
あくまでも、仕方ない事と言うスタンスは崩さないサイハテはそう言った。そんな二人の間にレアが立っている。
「もういい?」
「ああ、待たせたな」
レアに話しかけられても、サイハテは先程の雰囲気を崩さない。
「きゅーえんかんしゃする、ありがと」
レアはそう言って、ちょこんと頭を下げた。緩やかにウェーブのかかった長い金髪がそれに合わせて揺れた。顔を上げた少女の瞳を見てみると、綺麗な緑色をしている。しかし、少女の瞳はどことなく眠そうな様子を見せている、恐らく元々眠そうな目をしているのだろう。
「ぼくはれあ=あきやま。でっかいほーはさいじょーはやてで、ちっこいほーはなぐもよーこであってる?」
レアと自己紹介した少女、その後に続いた言葉に、二人は顔を見合わせる。
「ああ、それであっている。しかし君は何故俺達の名前を……!」
質問しようとした直後、バンデッド達が逃げて行った方向から無限駆動が地面を削る音が響く。
「戦車だ、走れ!」
サイハテはレアを抱き上げると、陽子と共にどこに繋がっているかとも解らない路地へと駆けだしていくのだ。
終末TIPS
バンデッドの主食は人肉。